4章 31〜44節
郷里のナザレの町の人たちは、イエスさまに怒りを燃やして殺してしまおうとまでしましたが、このカペナウムの町の人たちは、イエスさまが自分たちのところを離れていかないようにと引き止めました。
それはおそらく、イエスさまの奇蹟を見たからだと思われます。だれだって病気はイヤだし、イエスさまのような名医は近所にいてほしいにきまっています。
ところがイエスさまは、この大歓迎のカペナウムの町もナザレの町と同様に、何の迷いもなくさっさと立ち去ってしまいます。
そのわけは、イエスさまは奇蹟を行ない、注目されて尊敬を受けるために来たのではなくて、神の国の福音を宣べ伝えるために来たからでした。
自分たちにとって都合の良いことをしてくれなかったので、ナザレの町の人たちはイエスさまを追い出そうとし、都合の良いことをしてくれたので、カペナウムの人たちはイエスさまを引き止めようとします。
両者とも、イエスさまを自分たちの都合に合わせて考えているということでは、あまり変わりがないのだということがわかります。