働ケドモ働ケドモ我ガ暮ラシ楽ニナラズ


 私の周りに起こる色々なことを、つれづれなるままに記録しています。
 そこはかとなくものぐるおしけれ。

3月31日(土)晴れ
 車検のため高知市に出る。実家に妹一家も来ていたのでちょっと寄った。花粉症の薬のせいで眠くて眠くてしようがない。実家で仮眠。しかし、明日から4月なのに寒い、梼原では雪が舞っていた。

3月29日(木)晴れ
 異動のシーズンであるため、送別会が続いている。今日で送別会4連投である。今日で一応終わりなのであるが、今日は松原区主催の松原診療所医師の送別会、「M崎先生、I井先生感謝の夕べ」である。松原区は宴会好きで飲酒量がひときわ多い事で有名な地区である。当然、ビールなどなく、日本酒でかんぱーい、の後、いきなりトップギアで飛ばして宴会が始まる。簡単に玉砕した。

3月27日(火)晴れ
 社会福祉法人Kルスト会の人事異動が発表になった。特別養護老人ホームFじの家の園長は、スーパー人事により、T崎看護婦になった。(ホントです。) この事実の驚いた人は、ここへメールを。何通メールが来たかは、後日発表します。

3月26日(月)晴れ
 今日は、沖の島診療所に赴任するM崎医師の送別会である。4月からM崎医師の後任に就任するO川医師と、代診に来てもらっているS田医師もスペシャルゲストとして参加してもらった。一生懸命働いた人は、送別会も盛り上がる。M崎医師の送別の宴は、異常な盛り上がりを見せた。M崎医師はエプロン姿になっていた(なぜだ?)。O川医師は、急性アルコール中毒で、病院にかつぎ込まれ点滴を受けた。ゲロを吐きかけて当直ナースに怒られていたと後日、支援センター職員から情報を得た。

3月24日(土)曇りのち雨
 昨晩、帰ってきたと思えば、今日から当直である。平和な当直を信じていたが、午後から救急車が鳴る。来院した患者さんが重篤であることが判明し、一緒に救急車に乗って市立U和島病院まで搬送となる。救急入り口に着いたとき、徒歩で来院された、頭からら血を流している婦人に行き会う。付き添っておられた男性が「テレビが落ちてきて当たった。」と言われていた。何でテレビが落ちてくるの?と疑問には思いつつ、こちらの患者さんをお願いして病院をあとにする。帰りの車中で携帯電話で病院に電話すると、「地震大丈夫でした?」と聞かれた。へ?聞くと震度5の地震があったとのこと。あ、そうか!テレビも落ちるはずだ。地震発生の時間は丁度救急車内だったはずだった。まったく気がつかなかった・・・。

3月23日(金)曇り
 朝6時半に家を出て、K知県立中央病院院長室に8時半に到着する。4月からの代診のお願いをして、理解をして頂いて、一安心。そのまま、高知空港に向かい、11時前の飛行機で東京へ。2時半から5時まで紀尾井町で会議をして7時の飛行機に飛び乗って、家に帰り着くのは午後10時。ここ3ヶ月間毎月1回この出張である。おかげで交通機関の乗り換えを最短距離と時間でする技術を身につけた。加えていうなら、有楽町駅のガード下にある牛丼Y野屋での昼御飯、羽田空港18番ゲート前の食堂で札幌ラーメン(ミソ)を食べるのもおきまりである。

3月21日(水)晴れ
 花粉症はひどいし、外来は忙しい。薬屋からアレルギーの新薬であるAレロックをもらって内服している。こういう薬は臨床試用薬品と言って製品と全く同じものだが、保険請求はできない、もちろんタダである。
 最近、SMAPの中居の主演の医者ドラマ、白い影というのがあった。中居は、多発性骨髄腫という悪性の血液病を隠して仕事をする腕利きの医師で、製薬会社から秘密の新薬をもらって、自分に注射していた。うめき声をあげながら、その薬を注射すると楽になるらしい。竹内結子扮する美人ナースと恋に落ちちゃう、最終的に自ら命を絶つという結末だった。やっぱり、花粉症の新薬を苦しみながら内服する医者じゃあドラマにならんでしょうねえ。恋に落ちちゃったりしても、肝心のところで鼻水がずるってでたら格好悪いもんね。

3月19日(月)晴れ
 M崎医師は4月から沖の島診療所に赴任が決まっている。梼原病院での勤務もあと少しになった。彼はこの1年、ホントによく働いた。ここでの仕事に一区切りつけなくてはならないのだが、その中に、ハクビシンによるネコひっかき病の一例の論文作成がある。今日の勉強会で、その荒原稿が披露された。彼が、どうしてこの論文を書くことになったかは、ここを参照。

3月17日(土)曇り時々雨
 2人の病院職員に一足はやく春が来た。寿。

3月16日(金)曇り
 きょうは、事務のストレス解消のための焼き肉パーティーであった。この1ヶ月半というもの、一人の事務員が病休をしており、残されたものたちの負担はかなりなものであったのだ。勿論、焼き肉をしたくらいで、疲労が回復するわけではないが、気は心である。

3月14日(水)晴れ
 このシーズン、当然のごとく、花粉症が最盛期である。薬屋も、書き入れ時とあって、内服の抗アレルギー剤の販売攻勢をかけてきている。アレルギーのグランドチャンピオンという意味らしいAレグラ、アレルギーをブロックするという意味らしいAレロック、よく分からないちょっと間の抜けた名前のTリオンなど、新製品ラッシュである。私は、数年来、この時期にはJルテックを好んで服用している。多少は改善されるのだが、やはり、完全にすっきり爽やかとは行かない。薬屋は、自分の所の薬は非常によく効き、他の薬はあんまり効かないと口を揃えていう。だから、この手の薬は自分で飲んでみて、効く薬を選んで採用している。Jルテックも、こうした経緯でAレジオン、Eバステルなどを凌駕してきたのである。
 どれでもいいから、この苦しいのを止めてくれたら採用しちゃうよ。

3月13日(火)晴れ
 今日は、3月議会の予算委員会に乗り込んでいくことになった。病院に対する議員さんたちの認識のずれを修正しに行くのである。梼原病院のあるべき姿について、大論陣をした。こんなことをしなくてはならない状況が情けない。もっと、レベルの高い話がしたい。

3月10日(土)晴れ
 昨日の雪も溶けたので、今日は、午後から宇和島市に玉転がしに出かけた。3ゲーム転がして、その後、帰ってくる途中、焼き肉屋で宴会。宴会をしながら、なぜかもう一度転がす話になり、再び戻り、2ゲーム転がす。明日は体が痛いに違いない。

3月9日(金)大雪
 今日も雪がどんどん降っている。積雪20cmだそうである。本来ならば、今日は朝5時起きで東京に出張の予定であったが、議会のため出張をU田次長に代わってもらっていた。U田次長はこの雪の中、無事に着いたであろうか?
 それはそうと、議会に出ることになってしまったお陰で、議案書もろもろが、電話帳2冊分くらい来た。これ全部、見とかなきゃいけないんだろうな・・・
 夜は、高級居酒屋Iとりどりで雪見酒。

3月8日(木)雪
 なごり雪が降っている。もう、春はそこまで来てるのに。これだから梼原は油断できない。

3月7日(水)晴れ
 今日は、高校の同級生と酒を飲む。彼は、梼原中学校の理科の教師をしている。赴任して3年らしいが、つい最近までお互いの存在を知らなかったのである。高級居酒屋Iとりどりで午後6時から閉店まで貸し切り状態。私と別れてから、彼は梼原中学校のPTA会長宅で午前0時まで飲んだらしい。実は、会長夫人はうちの看護婦さんなのでバレバレなのである。

3月6日(火)晴れ
 M総理大臣の内閣不信任決議案がhi否決された。某法務大臣曰く、「M総理には人気はないが、任期がある。」 あなたに座布団一枚あげましょう。

3月5日(月)雪
 もう3月だというのに、梼原は雪である。診療放射線技師のY本さんは、先日、車のタイヤをノーマルに戻したらしいが、今朝6時に起きてスタッドレスにまた戻したらしい。ご苦労様である。

3月3日(土)晴れ
 今日は、高知諸診医会の勉強会で高知に行く。梼原と違って、高知は春の陽気である。スギの花粉がひどい。くしゅんっ。

3月1日(木)晴れ
 インフルエンザが蔓延している。病院もインフルエンザの患者さんだらけである。今日は梼原中学校の校長先生より電話があり、全校生徒の半数以上がインフルエンザに罹患し、その半数が欠席しているとのことである。私は中学生の味方なので、臨時休校を勧めた。今週一杯、休みになるはずである。


に戻る  ホームページに戻る