天童春樹の人相術
 
 
 姓名学の本

 一口に姓名学と言っても、熊崎式、霊理学派、哲理姓名学、桑野式などの流派のようなものがある。最近は人真似流の横暴が目だっておる有り様じゃ。幾つか流派のようなものがあって、初心者はどれから始めたら良いか迷うことが多いのではなかろうか。内容もマチマチじゃからのう。
 例えば、画数の吉凶は大体同じだが、画数の取り方が違うのじゃよ。それでも、それぞれが当たるというのだから、わしには訳が分からんが、しかし、そこは活断に掛かっておるのかも知れん。
 但、わしが思うのは、どんな数にも吉凶両面の作用があるのではなかろうかということじゃ。そこでじゃ。「十九画は大凶! と、決めつけるのは如何なものか」と、わしゃ言いたい。
 それに、この手の本は、他の本を真似て出すのは誰にでも簡単にできるから、本屋の棚にようけ並んでおるが、果たして本当に姓名と運命を研究してから出した著者が何人いることやら。

 大体がじゃ。名付けというものは、生まれた後に付けるのが相場じゃ。そういう訳で、生まれた生年月日時による運命を見るのが先決じゃなかろうか。先ず、四柱推命や九星などで生まれた時による運命を見て、その運命の強弱を補い助け強める名前を付けるのが理想のように思うが、皆の衆はどう思うかの。
 しかし、そうなるとヤヤコシイぞ。まずは推命をマスタ―せんといかんからのう。そんなことを言っとったら、姓名判断とか名付けの先生の数は、今の百分の一以下になるじゃろう。
 ただ、わしは、「姓名判断の本を一、二冊買って来て、それを丸覚えして、早速人様の運命を云々したり、名付けをしたり、改名をしたり、印鑑を売るための手段に用いたりするな!」と言いたいのじゃよ。この間まで、あっちこっちの占い師に見てもらっていた者が、今度会うたら姓名判断の先生になっておる有り様じゃ。訳が分からんが、相手から金を貰う貰わんに関わらず、もうちょっと考えてもらいたいのう。
 占い師になるのには、国家試験とか、ややこしい試験が無いから誰でも簡単に始めることができるのだが、それだけ余程しっかりしておらんといかんのじゃよ。

 わしの知り合いが大阪の何とかいう姓名判断の、自称大先生に見てもらった時のことだが、会うなり、「声が悪い、顔が悪い、家相が悪い、名前が悪い」と散々言われて、五百万から十万まである改名料金表を指して、「エイッ! 三十万円じゃ」と決められたらしい。馬鹿馬鹿しい金額も金額だが、どうして改名をするかどうかを決める前に料金を決めるのかのう。それも、エイッと。金次第で名前も違うのかのう。一体どうなっていることやら。訳が分からん。その大先生は本もようけ出しておるそうじゃ。
 占い師にはこの手合いが多いから充分注意してくれよ。その知り合いは、「阿呆らしい」と、取り合わずにオサラバしたから良かったものの、可愛い乙女や、悩みに悩んだ女子連中は一たまりもないからのう。わしゃ心配で夜も寝られんわい。しかし、オバタリアンは大丈夫じゃ。心配せんでええぞ。この天童が保証する。

 この間、久しぶりに別の知り合いに会うたら、いつの間にか姓名判断を始めていたが、わしに、「先生、どうして天童春樹という名前にしたのですか?」と言うから、どうしたのかと聞くと、「名前が悪い」と言うのじゃよ。どんなに悪いのかと聞くと、「いつかドンと来ますよ」と言うのじゃ。思わず、「ハア?」と言うてしもうたわい。訳が分からん。 判断するからには少なくとも、いつ頃、どのような事があるか位は分からんことには、手の打ちようが無い。もし、それが本当だとしても改善の仕様も無いわい。そうじゃ、宝くじがドンと当たるかも知れんから、今度は十枚買うておくとするか。皆の衆、本当にドンと大金が当たる時には人相に現れるぞ。しかし、そんなことは滅多にないのじゃよ。

 ここで、参考までに、わしがやっている【運命鑑定】の項目をざっと上げておくから参考にしてもらいたい。わしの場合は、黙って座れば、勝手に次のことをペラペラ喋るのじゃよ。三千円入れたら、勝手に喋る販売機のようなものじゃ。舌が乾いて疲れるから、時々アルコ―ルで湿してやらんといかんのじゃよ。
 @家系と本人の因縁。A先祖の加護の厚薄と供養の義務の有無。B親兄弟との縁の厚薄。家庭環境。C健康面の弱点とその改善法。D結婚の時期と吉凶。相手の相貌と運命の大略。一婚か多婚か。子供の多少と縁の厚薄。E適職。F一代の運命の大略(出世するかしないか、裕福か貧乏か、長生きするか早死にか、家庭的に恵まれるか孤独か等)
 G現在の運命を具体的に指摘して、その成り行きの吉凶を予言する。思いがけない災難の有無。僥倖運の有無。開運法を指示。と、大体こんなところじゃ。
 Gには、恋愛とか仕事とか、その他ありとあらゆる当面の運命に関する事が含まれておる。人相を見たままを、わしが一方的に喋るから、ものの五分もあれば済むのだが、それではあっけなくて三千円を貰いにくいから、あれこれ織り混ぜて話すのじゃよ。大体が十五分くらいが相場じゃ。
 一通り一方的に判断したら、「判断は以上ですが、質問があればどうぞ」というと、大抵の客は、「ありません」というか、一言二言質問して終わりとなる次第だが、たまには長々と質問する客もおる。この客は大抵はわしの判断をよく聞いていないのじゃよ。判断で答えを出しているのに何度も同じ質問するから、時間が経つだけで一向に埒が明かんのじゃ。たまには、時間があるから一服しながら、判断は別として、神様のことやら開運法をあれこれ話すこともあるが、唯、チンタラと時間をかけて問答をしても埒が明かんということなのじゃ。
 それと、折角来たからには、金も払うことだし、素直に聞いてもらわんと話にならんのじゃ。一体、何をしに来たのか、訳の分からん客が時々おるからのう。わしの所へ来るのも縁じゃ。来たからには話を聞いて実行したらどうじゃ、と言いたい。

 姓名と運命の研究を真剣にしているというよりも、丸覚えの姓名学の信者のような姓名判断屋が多いというのが、わしの正直な思いだが、それだけの占い師にしか縁が無いというのも実状じゃ。それでは、そのややこしい姓名学か術かの本だが、

○武田考玄著【四柱推命による姓名学入門】(新)は、四柱推命で運命を把握して、それに合う良い名前の付け方を解説した面白い本じゃ。姓名判断をやっている連中は一読すべきではあるまいか。この本は、武田理論による四柱推命学をマスタ―しないと役には立たんからそのつもりでのう。字画の吉凶等だけで充分という者には無縁の本じゃ。

 ○熊崎健翁著【姓名の神秘】(新)は、熊崎式姓名学の普及版で、昭和の姓名学ブ―ムの元になった本だと思うが、画数の吉凶の説明などは断定的で暗示的じゃ。素人が丸覚えして、ペラペラそのまま相手に言うのは止めておいたほうがよかろう。
 【神秘姓名学決定編】(古)は、熊崎式姓名学の総まとめのようなものじゃ。本は分厚いが、付録の名付け漢字表が三分の一位はあるじゃろう。 
 ○熊崎一乃著【新・姓名の神秘】(新)は、健翁先生の娘さんの本で、内容も新しいし、値も安いからお勧めじゃ。

 ○山口純一郎著【決定版 幸運姓名判断】(新)も熊崎式だが、多数の有名人の姓名を挙げて、画数の吉凶両面の作用を言っているのは面白い。それと、巻末の画数表が五十音順だから使い易い。
 この本でもそうだが、画数の吉凶だけで言うと、「松下幸之助氏の名前は、良いのかいな、悪いのかいな」と言いたくなるが、どうであろうか。そうなると、姓名学は簡単そうで、ややこしいのう。

 ○桑野燿齋著【桑野式 内画法姓名判断】(新・古)は、画数の合わせ方の種類が多くて、判断するには面白いが、いざ名付けとなると難儀しそうじゃ。わしが二十歳くらいの時に初版が出たように覚えているが、姓名学界に新風を吹き込んだ観があった。