(2012第15回)ぽんどの本場 8日間の旅−最終回−

 ぽんどの本場への旅も、いよいよ最終回。ロンドン市内の観光を終えて、ホテルに向かう。明日は、もう帰国の途につく。名残惜しい英国の旅の最後に、予想外の試練が・・・。

【第7日目 10月14日(日)ロンドン】

学習効果のない・・・


バス車中から見たロンドンの観覧車 ロンドン市内のレストランでフィッシュ&チップスを賞味した後、いい気分でバスに戻り、ホテルへと向かう。 「どうせホテルまで1時間弱だからトイレには行かなくても大丈夫だろう」とビールで膨れたお腹のままバスに乗った私。

 バス乗車早々、女性添乗員の藤田さんが、
「予定にはありませんが、少し回り道をして夜のロンドンを回ってみましょう」と言う。ありがたいご配慮である。

 車窓にエリザベスタワー(旧名ビッグベン)、観覧車などがライトアップに浮かび上がる。
「ちょっと回り道」のタワーブリッジに回った。このあたりから尿意を覚え始めた私。

 ご承知のとおり、タワーブリッジは、テムズ川にかかる跳ね橋である。なんと、私たちがそのタワーブリッジを
通過する直前に、跳ね上がり始めた。大型船がテムズ川を通過するのである。もちろん、ライトアップされたタワーブリッジ。ここを通過する直前に・・・橋の手前でバスは停車する。そして、ずっと待たされる。うーーーん、なかなか元に戻らない。待たされる。早く元に戻って進行してくれぇ!早くトイレに行きたい!と心の中で叫ぶ私。

 どれほどの間、停車しただろうか、やっと走り出した後も、市内が混雑しており、ノロノロ運転が続く。
た・た・頼むから早く動いてくれぇぇぇ。バス車中で、ただひたすらじっと我慢の私である。やっとホテルに着くやいなや、一目散にトイレへ駆け込んだ。

 この旅でも湖水地方への往路で経験したばかりだし、これまでの国内外への団体旅行で、何度
この苦しみを味わったことか。同じネタを繰り返すようで恐縮だが、なんとも学習効果のないオジサンである。

 いつも親切で丁寧な添乗員の藤田さんだが、この時だけは、
少々恨んでしまった

【第8日目 10月15日(月)ヒースロー空港→羽田】

 お別れの朝が来た。今日はもう観光などはなし。ホテルから直接ヒースロー空港に向かい、一路、羽田へと飛ぶ。

 出発便はAM9:05発。このため、モーニングコールが4:30、ホテル発が5:30という早朝行動になる。朝食は、弁当箱のようなボックスである。

 ゴソゴソと起き出して、旅装を整え、忘れ物がないことを確認してからロビーに集合。英国とも、もう間もなくお別れかと思うと少し寂しいが、
早く自宅の畳の上で横になりたいという気持ちも湧いている。複雑である

出発遅れ


我々の搭乗便は9:05発の予定なのにゲートオープンが10:50と表示されていた 早朝のロンドン郊外を抜けて、ヒースーロー空港に到着。世界一厳しいと言われるセキュリティチェックを38人全員が通り抜けるまで、かなり時間がかかった。

 そして、全員が再集合した時、藤田さんが
「すみません!」と一言。私たちの搭乗予定便が、3時間出発遅延という表示が出ていたのである。藤田さんがB航空に問い合わせると、インドから飛んでくる機体の、到着が遅れているのだという。

 なんと3時間遅れ!それなら朝4:30に起きる必要もなかった・・・と言っても、それは結果論であって、ホテルを出る時点では藤田さんも分からなかったことだ。

 「ごめんなさい。B航空がお詫びにミールクーポンをくれるそうですから、もらってきます。多分お一人10ポンドくらいのものでしょうけど」
と藤田さん。

高飛車な航空会社

ウンザリした表情で搭乗アナウンスを待つ そう言ってB航空のカウンターに向かった藤田さんがなかなか帰ってこない。やがて戻ってきた彼女は、少なからずむくれている。


 「もう!窓口たらい回しなんですよ。自分の会社が迷惑を掛けているのに、向こうへ行ってこの書類にサインをもらって来いだの、乗客全員のチケットを見せろだの、本当に高飛車なんです。すみません、皆さんのEチケットを一旦預からせてください」


 そして、やっともらったクーポンは、一人10ポンドどころか5ポンドだった。この日のレートで630円ほどである。

 
「B航空って、荷物が行方不明になる率が世界一とか噂されて、とかく評判が芳しくない会社やけど、ナショナルフラッグの横柄なところ丸出し!とむくれる私。

 B航空には直接関係ないが、空港内で付加価値税(VAT)の還付請求の列に並んだ際にも、窓口のお姉さんたちの事務処理が遅くて、イライラさせられた。

 
「なんぜよ、こりゃ。この国のペースにゃ、みょうに肌が合わんちや」八つ当たり気味のぽんどである。

寿司

 このままでは、羽田着が遅れて、私たちが搭乗予定の高知行き始発便には間に合いそうにない。実家には、心配性の老親がいるので、その旨、携帯メールで娘と妹に連絡する。
本当に迷惑な話である。

 ともあれ、時間が余っている。私たちは、出発ロビー内のセルフサービスによるレストランへ入った。ここで僅かなミールクーポンと残りのポンドを使い切って、足りなければカードで、という算段である。

日本で撮影したのではありません。ヒースロー空港で賞味した寿司です。 レストランには、
日本のビールや寿司が置いてあった。外国で「寿司」というと、本物の寿司とは「似て非なる」ものか「似ても似つかぬ」ものが並べられていることが多いものだが、このレストランのものは、本物である。

 早速、賞味したら、味の方もなかなかのものだった。
現金なもので、たちまち機嫌が良くなる私

地獄で仏


やっと出発準備が整った搭乗便 結局、3時間どころか4時間遅れで、やっと搭乗案内が流れて、機内へと進む。

 機体は往路と同じ機種なので、座席の配置も同じく3−3−3である。そして、私たちの座席は、またしても
3人掛けの真ん中と窓側。なんとか、通路側が空席のままでいて欲しい、と思っていたが、ビジネスマン風の日本人青年がノートパソコンを抱えて座り込んだ。ああ!これでまた12時間も、窮屈な座席でトイレに行くにも遠慮しながら、ということになるのか、と絶望的な気持ちになった。

 藤田さんが着席確認のため、通りかかったので
「通路側の席に移ることはできませんか?」と尋ねた。彼女が「ごめんなさい。今日は満席なので、変更は・・・」と言いかけると、パソコン青年が「ああ、僕、窓側が好きだから、席、替わってもいいですよと一言。ありがたい!大袈裟かと思われるだろうが、「地獄で仏」とは、こういうこと、と本気で思った。パソコン青年に、「ありがとうございます。助かります」と礼を言って、席を替わってもらった。

帰国便2度目の機内食 4時間遅れで大空へ舞い上がった機内では、当然のことながら、視聴できる映画などは往路と全く同じ。
退屈極まりない中、狭いエコノミー席で復路約12時間を過ごした。

 明治の頃、汽船と陸路を乗り継いで、はるばるロンドンまで往復した夏目漱石など留学生たちが聞いたら、
「何を贅沢な」と言われるかも知れないが。

【第9日目 10月16日(火)羽田着 高知へ】


一便遅れで高知へ


 私たちの搭乗便は、早朝4:55到着の予定だった。
 それが羽田に着陸したのは、既に9時過ぎ。成田着でないことだけは便利だが、それでも、当初予定の高知行き始発便には到底間に合わない。今、分かっていることは、「本日中の」高知行きの座席は確保してもらえる、ということだけである。

 入国審査の列に並んで、
「どうなるがやろ?」とかみさん。
 
「まあ、日本まで帰ってきたからには、どうにかなるわと私。

 荷物を受け取るベルトコンベアのある部屋に出ると、JALの制服を着た女性地上職員が私たち2人の名前を書いた紙を持っていた。
 
「ぽんどです」と名乗ると、「到着が遅れて申し訳ございません。本日の第2便に振り替えるようにしております。あまりお時間がありませんが、お荷物はすぐに分かりますでしょうか?ピックアップできましたら、私に声をお掛けください」という。広い羽田空港内を荷物ともども、出発便の搭乗口まで送ってくれるらしい。よかった

バゲッジロス?

 私のスーツケースは、比較的早くコンベアに乗って出てきた。だが、かみさんのものがなかなか出てこない。同時に預けたのに、なぜ?
 B航空お得意?のバゲッジロスかと思いかけた時、やっとかみさんのスーツケースが現れた。

 
「荷物が出てきました」と例の女性地上職員に告げたところ、「では、この部屋を出て右側にカウンターがありますので、そこで乗り継ぎ手続きをして、国内線ロビーに向かって下さい」という。なぁんだ、自分でバスに乗って、この広い羽田空港内を移動しなければならないのだ。あまり時間がないというのに。

羽田発高知行き航空便から見えた浜名湖 ブツブツ言いながらも、手続を済ませて、連絡バスに乗り、国内線の方へ移動した。高知行きの搭乗口は、空港ビルの端に近い場所にある。建物の中を延々と歩かねばならない。自然に早足となる。

 なんとか無事、羽田発高知行き第2便に間に合い、機内に腰を下ろした時には、ほっとした。それとともに、ドタバタの中で、この道中、ずっと一緒にいて、仲良くなった皆さんや添乗員の藤田さんと、
お別れの挨拶が全然出来なかったことに気づいた。うーーん、心残りだが仕方ない。

 窓の下には、もう銀色に輝く浜名湖が見えていた。


 長い間の夢だった英国への旅が終わった。本当は、スコットランドの方にも回りたかったが、それは、アイルランドなども含めて、次の楽しみにおいておくことにしよう。

 目を閉じると、イングランドの田舎の風景が走馬灯のように瞼に浮かぶ。緑の丘陵地帯、悠然と草を食む羊や牛たち、清らかな小川の流れ、水面に遊ぶアヒルやカモたち。どこか、子供の頃に遊んだふるさとの田畑やせせらぎにも似た、のどかな野山。

 英国といえば、産業革命に象徴される工業国であり、煤煙が覆う国というイメージがあったが、それは、決してこの国のすべてではないことがよく分かった。また、世界各地に植民地を拡げていった精悍な国、支配者の国というイメージも、この国の一面ではあってもすべてではないという印象を持った。

 そして、今回の旅で何よりもありがたかったことは、人の和に恵まれたことである。今まで、海外旅行の際には、旅先で出会った人、つまり同じツァーの参加者や土産物店と結託した現地ガイド、たまたま目的地ですれ違った日本人などに不愉快な思いをさせられることが少なくなかった。今回は38人という定員一杯のツァーだったが、そういう不快なことがなく、添乗員の藤田さんはじめ、同行の皆さん、現地の人たちと和やかに交流しながら旅を続けることかできた。旅の常で、トイレ騒動など何かとドタバタがあって「百点満点」とまではいかないにしても、今まで体験したツァーでは、断然上位。ありがたいことである。

 数々の美しい民謡のふるさとであり、かつて文明開化のお手本となった国、ユーモアとウィットを大切にする大人の国、英国。いつかまた、機会があれば、そして健康が許せば是非、再訪してみたい。今度はもっと広範囲に、かつゆっくりと。

 その日まで、See you again! 英国。 


ぽんどの本場 8日間の旅 −完−

(2013/05/18)





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