魔法使いの弟子 第一話

 

 12月19日(木)

 今日は生涯で一番精神的に疲れた日だった。
 過程はどうあれ既に決定したのだからそれに逆らう訳にはいかないだろう。
 …逆らう気なんて毛頭ないけど。

 

 今日は学校の追試日。
 高校二年の中間試験までなんとか踏ん張ってきた僕――元谷武弘の数学テストの点数も
 ついに一線を越えてしまいますた。

 「…しまいますたって文法が変だろ」

 追試が終わった&初めての追試で疲れているみたいだ。
 他の追試者は直に帰ってしまったみたいだけど僕は少し一息入れる事にした。

 学校内の自動販売機で何を飲もうか、少し考える。

 とそこで冷たい風が身体を縮ませる。
 冬は温かい飲み物に限る。

 「温かいコーヒーは、っと…」

 経済状況が芳しくない財布から90円を取り出して入れる。
 ボタンが点いたのを確認してから微糖入りのコーヒーを選ぶ。
 そして紙コップが落ち…

  「…って紙コップ出てねェよ!」

 扉の中を見ると無残にもコーヒーが落ちていく。
 僕には止められる術もなく数秒後コーヒーの香りだけが残り風と共に去っていった。

 「(´・ω・`)ショボーン」

 頭が真っ白になって思わず妙な顔をしてしまった。
 思わずそのまま立ち尽くしてしまった。

 「折角のCoffee Breakが…」

 やけに流暢な発音でがっくりとついて自動販売機を睨み付ける。
 理不尽の余りスラッシュキックをしたくなるが痛いのは僕なのでやめておこう。

 しかし…このまま帰るのも何故か悔しい。

 この自動販売機はやめて隣の缶コーヒーを買おう。
 ここまで来たらコーヒーを飲まないで帰るのは負けた事になる。

 最初っから負けてる気もしない訳ではないが。

 更に厳しくなった財布から120円を取り出して自動販売機に入れる。
 やっぱり微糖入りの缶コーヒーを確認してから押す。

 取り出し口に落ちる音を聞きながら

 「当たり前の事って素晴らしい」

 なんて思ってしまった。
 温かい缶が僕の冷たくなった心を(色んな意味で)暖めてくれる。
 プルタブを開けようとした瞬間、妙な感じがしたので確認してみた。

 「コカコーラかよ!」

 もうダメかもしれない。
 よりによってホットかよ…。
 熱いアクエリアスと並ぶぐらいやばいよ。

 「せめて冷たかったら…って寒くて飲めねぇよ!」

 客観的に見たら僕はものすごく変な人ではないのだろうか。
 自動販売機の前で叫んだりしているし。

 きょろきょろと辺りを見回して誰も居ない事を確認…

 「あら、元谷君。こんにちは」
 「!」

 び、びっくりした。
 振り返ってみると後ろにうちのクラスの委員長である川中さんが存在感なく立っていた。
 も、もしかして…

 「なかなか興味深い行動するわね」
 「あ、い、いや…あれは不可抗力であって…」

 川中さんは笑ったままだ。
 って…完全にからかわれている。

 あまりにびっくりしてようやく今思い出したのだが
 川中さんとは同じクラスと言う事しか共通点がない。
 今まで話したことは数度しかないんだが…。 

 川中さんはクラスのリーダー的存在で勉強もでき人気もいい。
 改めて僕とは正反対の人間である。
 しかし…なんで今日学校にいるんだろうか。

 「ちょっと用事があってね」
 「うん、そうだったんだ…」

 あまり異性と話したことがない僕にとってこの緊張は耐え難い。
 用事というのも気になるが早々に退散することにしよう。

 「元谷君は暇かな?」
 「え!?」

 何故か、何故か雲行きが怪しくなった気がする。
 この場合の雲行きは川中さんの表情ではなく実際の空だ。
 多分…北風のせいだろう。

 「あ…一応…暇ですよ」

 慌ててそう答えた時は既に遅し。
 夕方でもないのに鴉が嫌な声で鳴くのを聞いた。

 「じゃ今からお昼でも一緒にどう?」

 周りの様子とは打って変わって川中さんの表情は明るい。
 何か企んでいそうと思って逃げ出したい気分ではあるが情けない話、足が動かなかった。

 なんとか冷静を装おうとして持っていたホットコーラ
 のプルタブを開けて一気に喉に流し込む。

 「おいしそうね」
 「…な、なかなか、ね」

 げ、げふっ…。
 は…はははは…ホットコーラも案外いけるね。

 川中さんは企みのある笑い、
 そして僕は乾いた笑い、
 そこで話は途切れた。

 「じゃ、ちょっと付き合ってね」
 「…念の為聞くけど…拒否権…」

 「行くわよ〜」

 人の話を聞いてないよ、この人!
 もうついていくしか道は残されていなかったのである。

 

 川中さんについていく事10分程。
 どうやらその昼食を取るらしき喫茶店に入った。

 植物の蔓が建物を覆う怪しげなお店。
 一見しただけでは喫茶店とは誰も思わないだろう。
 入り口らしきところに看板『Exorcism』とある。

 …エクソシズムと読むのかな。
 なんか…悪魔祓いとかそういったイメージを受けるんですが。

 入り口に入ると雰囲気は中世ヨーロッパのような雰囲気になる。
 所々に魔女がかき混ぜるような釜とかやたら大きい水晶玉が邪魔にならないが
 無造作に並べられている。

 最近の流行なのかな…。

 喋ると何か言われそうなので余計なことは言わないようにする。
 一番、賢い選択だと…思う。

 川中さんは迷うことなく奥の席に座る。
 その向かい側に僕も座る…が雰囲気に呑まれて何も言えない。

 ウェイトレスさん(人はまっとうだ)が水を持ってきて注文を聞く。
 メニューを見ようとしたけどそれより先に

 「ランチ二つお願いね」

 なんて言われた。
 こっちがメニューを見ないまま勝手に決める強引さはある意味感心する。

 「ふぅ、やっぱり落ち着くわね」
 「そうッスか(これで落ち着くのか)」

 どうも…思っている事は迂闊に口に出せないよね。
 僕は弱い人間なのだ。

 そしてすぐにランチが運ばれてきた。
 この雰囲気から言ってイモリの串焼きとかそんなんが出ると思ったけど全然違っていた。

 バターロール
 色鮮やかなピーマンが入ったサラダ
 白身魚を軽くフライしたもの
 コーンポタージュ 

 「いただきます」
 「い、いただきます」

 お腹が減っているせいかやけに美味しそうに見える。
 食べても…大丈夫だよな。

 「料理には何も入ってないから大丈夫よ」
 「!…い、いや…あ、あはは〜」

 思考が読まれたのかと思った。
 そんなに顔に出てたかな…。
 ともあれお腹が減っていた僕は恐る恐るこれらの料理を口に含んで…

 「美味しい…」

 その言葉が嬉しかったのか川中さんは笑みを浮かべて同意してくれた。
 …本当に…美味しい。
 なんだか妙なところで安心する僕であった。

 そして食後のコーヒーを頂いている時に川中さんが唐突に話を切り出した。

 「助手を探しているのね」

 思わず口につけていたコーヒーカップが止まる。
 この人は何を言ったのだろう。
 僕の聞き間違えでなければ「助手を探しているのね」と言ったはずだ。

 「助手…ッスか」
 「うん、そう」

 助手って何?って聞こうとして川中さんの眼を見る。
 …この人はマジメに話している。

 「でね、元谷君に才能があるからその助手になってもらいたいのよ」
 「…才能…ってなんの取り柄もないんだけど、僕」

 実際そうなのだ。
 今まで何をやっても普通…まあ今回のテストは運が悪かったと。
 運動能力にしても可もなく不可もなく状態だし…何の才能なんだか。

 「魔術の才能よ」

 

 

 

  この世に存在する訳がない魔術。
 …といきなりその常識を覆されてしまった。

 川中さんは何もないところから炎を出したり
 紙人形で僕の自由を奪ったり

 まあ、最初は手品か何かだと思ってたんだけど。
 僕が否定的な意見を述べる度に頭が割れるように痛くなった。
 よく見ると川中さんが紙人形の頭を爪で挟んだりしていたし。

 そんなこんなで僕は納得しざるを得ない状態になった。

 「わかった?」

 散々魔術を見せられてこっちも疲れてきた。

 「わかりました、川中さんは魔術師なんですね」

 僕も段々落ち着いてきた。
 世の中にはまだまだ僕の知らないことがたくさんあるんだと。

 「じゃ、これからよろしく〜」
 「いや、それとこれとは話が違…」

 お店の中の温度が1℃下がった感じがした。
 川中さんを見ると眼は紅く焔のような色をしていた。

 「よろしくね」

 声は笑っているが瞳は笑ってない。
 僕は…頷くしかないだろう。

 「よろしくお願いします!」

 半ばぶっきらぼうに了解したのを聞くと川中さんは元の瞳に戻った。

 こうして…

 こうして僕は魔術師の弟子…いや普通の人にはこう言ったほうがいいかな。
 『魔法使い』の弟子となったのであった。

 

 

/////////////////////////////

<あとがき>

皆さんご無沙汰しております。
卒研用シナリオをちょっぴり手直しした「魔法使いの弟子」第一話です。
なんせ1日で作りましたからねー、色々あるんです。

第二話…も早いうちに書けたらいいなと思われ。