木下闇 】     
      



 この島の森は深い。
たいした広さはないとはいえ、亜熱帯の島だ。
木々の幹は太く葉の緑は濃く、
森は島の広さには不似合いな奥深さを秘めて人の集落の傍らに存在する。
 この時期はほとんどの植物にとって生殖の時期でもあった。
島のあちこちでさまざまな花が咲く。
 南の強い日射しを繁った葉と枝で遮って、
昼なお暗い木下闇の中、ひっそりと育まれた花が咲く。
 真っ赤なディーグは太陽に向かい、
淡黄色のクワディーサは葉の間に佇み、
そして控えめな白と白に葡萄汁を染みこませたような花びらを持つフェイジョアは、僅かな木漏れ日の中で咲く。





「まだ食べてるのか」
 あきれ果てたという声。


「だって落ちてくんだもん」



 マントを大きく広げたその上に、警戒心の欠片もなく寝転がっているのは
赤髪の二つ名を持つ海賊だ。
自堕落というか無防備というか剣を木の枝につるしたまま、
ぱくっぱくっと落ちてくる果実ならぬ花びらに向けて大きく口を開ける。
 宿の女将にこの木の花びらは食べられると聞いて以来、
シャンクスはとてもうるさかった。
毎日若いのを出して咲き具合を調べさせ、報告させる。
お頭のためなら、と‘若いの’は張り切っていたが、
正直言ってベンにはいささか疎ましい騒ぎだった。
 いよいよ咲きそうだとの報告があったのが一週間前。
それ以来シャンクスは、この林に入り浸っている。
 ふらふら行方知れずになられるよりはマシと思っていても、


「いざという時、頭がいなくて、どうする」
 グチも出ようというものだ。
「そういうときのためにお前がいるんだろ」
 ココロ優しい赤髪海賊団の幹部達は即答して、副船長の鬱を加速してくれたものだ。




「けっこう美味いぞ。おまえも食べてみたらどうだ」
 ほら、
 言うより早く傍らに立つ副船長に向けて花びらを投げる。
白い表とブドウ色の裏を持つそれはふわふわと頼りな動きで宙を飛ぶ。
 嫌そうに、それでも律儀に受け止め副船長は花びらを口に運んだ。








 
「おまえって、美味くなさそうに食べんのな」
 不味そうに、ではない。ただ黙々と食べる。

「実際、美味ではないからな」

「ふぅん、どうだ、感想は?」
 地べたから見上げ、尋ねれば
「美味くも不味くも何ない味だな」
 簡潔な答えが返ってくる。
「おもしろくない返事だなぁ」
「妥当な線だろう。
小さすぎて腹の足しにもならんし、ふわふわしていて歯や口腔にくっつく。
あまり益のある食い物とはいえんだろう」

「夢のないヤツだなぁ。花が食い物になんだぜ。
それが降ってくるなんて、すごいじゃんか」


 盛りの時は過ぎた。
少しの風にも反応して花は落ちる。
くるりと丸まって、シャンクスの額に、口元に、胸元に落ちる。

「ほら、この地を寿いでるようじゃん」
 タイミングよく鼻先に落ちてきた花びらをとらえ、
シャンクスは唇に宛う。
ちろりと出した濃い桃色の舌の上に、花びらを載せて見せつける。
 その間も花びらは降り続ける……





「…あんたが、この地に捧げられたようでイヤだ」
「バーカ、この地が俺を支えてる、くらい言えよ」

「それもイヤだから、言わん」

「わがままな奴だなぁ」

 言いざま、反動だけで跳ね起き、
次の瞬間にはシャンクスはベックマンの腕の中にいた。

 迷うことなく己の背に回された腕に、
くくっ、と息を吐きかけてシャンクスは笑う。

「ちゃんと待機してんだな、副船長」

「副船長だからな」
「そうだな、俺の副船長だ」

 押しつけられる柔らかなもの。
 ひび割れて、かさついて、そのくせ甘い。その唇が嘯く。




「待ってたら落ちてきた、なんてかっこつける気はねえぜ、
俺がお前を落としたんだ」
「誰の手も届かない、だれのことも目に入ってないとこにいたお前を、な」

 喉を反らしてくすくすと笑う。
ほとんど酔っぱらい状態だった。
近づく瞳は見開かれ、さながら「きらきら」という効果音でも付いてるかのようだ。虹彩は明るく光をはじき、瞳孔も心なし拡がっているような――









 ――この花びら、酩酊物質でも入っているのか?
 
 だとしたら、早急に調べなくては。効き目はいつまで続くのか。解毒物質はあるのか。
 副船長は頭の中で素早く類似物質をチェックした。
 この島の植物だ。島の古老に聴くのが一番確実だろう。
 生命の危険があるかもという心配はしていない。
動物的なまでの嗅覚を誇るシャンクスが、毒を食するはずがない。
甚だ失礼な理由でとはいえ、船長殿は、ある意味、信頼されているのだ。
 ――その反面、生命に関わらないとなると、
面白がって妙なものを食べてしまう事もなきにしもあらずだったが。
 副船長の思考を読んだかのように、

「違ぇよ、ばーか」
 優しく悪態が返される。






「お前に酔うのに薬なんていらねぇ。酒もな」
「あんたの場合、酒も薬も無しで酔えるってのは確かだが、目的格がな。
いまいち信じられん」


「ちぇっ、たまには素直に信じやがれ。
俺がお前を欲しがるのに訳なんてあるかよ」

「…訳はないかもしれんが、企みはありそうだからな」
「ったく、素直じゃねえったら。嬉しけりゃ嬉しいと言えよ」

 するりと背中に回される手―― 
そこにはないはずの‘左’の感触に、副船長の背が震える。
その胸元から、くぐもった笑いがこぼれる。
獲物を手中に収めたことを確信する獣の笑いだった。
そうと分かっていてなお――





 …逃げられない。






 副船長は膝を屈した。





 木下闇――― その下でなにが犠牲となり、なにが寿がれたのか、誰も知らない。




 知らなくて幸い! そう叫ぶ者は、優に十指に余るだろうが。





2005.7.6



☆ フェイジョアの花 ☆

☆ どうがんばってもどう転んでも、
うちの副船長はお頭には勝てないのですね〜
つまりは、そういう話です。
毎度同じパターンですね〜

「木下闇」を調べてて、二つほど目から鱗。
これって(このしたやみ)じゃなく(こしたやみ)なんですね。
そして、梅雨時のじゃなく夏木立の下闇なんですね。
何年生きてんだ、自分! 焦っ 



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