恋い恋いて】     
      


 いいって。
 ワインの酔いで重くなった体が要求するまま、ベッドで丸くなろうとしたのに、
 ダメだ。
 毛ほどの酔いも感じさせない声に峻拒される。

 いつもと違う筋肉を使ったんだ。解しておかないと。
 大きな掌で頸を押さえられる。
 眠いのに。
 寝てりゃいい。

 いつものことだろうが。そう言って笑う声は優しくて、
けれど大目に見るつもりなどこれっぽっちもないと示していた。


 起立筋。
 肩胛骨の下、緩やかな背のカーブを辿って撫でさすられる。
 烏口関節。
 肩口を包み込むように掌が触れる。
 あんた、やたらに踊るから。肩がこわばってる。
 長い指が肩の上、背から前に乗っかり、腕へと続くラインをたどる。


 良い式だったよな。
 ああ。
 あいつぁ幸せでとろけそうだったし、花嫁は別嬪だったし。料理は美味かったし。
 シャンクスは指を折って数えていく。



 今日、一人の仲間が船を下りた。
 この街で惚れた女ができ、この街で共に生きる道を選択したのだ。
 お祭り騒ぎの大好きな赤髪海賊団の面々が、こんな絶好のチャンスを見逃すはずがない。全船あげての大宴会となった。
 教会での式の間は、それでもおとなしくしていた彼らも、その後の祝宴はしっかり楽しんだ。
 一番はしゃいでいたのは当然大頭で、
よく飲みよく食いよく踊って最後には完璧に大トラと化して。
副船長に引きずられるように帰船したのだ。




   まったく、大頭が、下っ端のために祝宴張るなんざ、聞いたことないぞ。

 餞別ってやつさ。幸せになるよ、あいつぁ。

 ふん、あんたは彼女に酷なことしたのかもしれんぞ。
仲間以外の他人の中で生活を営むということ、子供を持つことをはじめ、諸々を共にするということ。
それは、愛してるから全てOKというわけにはいかないものだ。
 日々の暮らしの中でともに暮らす彼女には幻滅することもあるだろうが、離れてしまった以上、あいつのあんたへの幻想は崩れない。
 あんたは、そういう場所に自分を置いたんだ。

   わー、おまえって陰険。
 俺ぁ、ンなこと考えもしなかったぞ。
 だろうな、けど結果は同じだ。
 大丈夫さ、あいつなら。

 なんだってそう簡単に言い切れるかねぇ。

 ふふん、あいつのことを心配してんなら、もうちよい言葉を選べよ、ベックマン。
嫌われるぞ。

   別に嫌われてもかまわん。
 言い捨てて、ほぐしていた背中の左、菱形筋にくちづける。

 おい。
ライバルは減った方がいい。
 おいおい。
 シャンクスは器用に身をよじって、肩をすくめた。

 まぁ正直なのはいいこった。
 正直者には褒美をやらなくちゃな。

 その一言とともに、赤髪の大頭は真っ正面に向かい合った己の一の部下を引き寄せる。













 喉が渇いたと宣う大頭に葡萄酒のグラスを差し出しながら、ベックマンは呟く。

 ……怠惰で放埒で、純粋で高貴。


 なんだ、そりゃ。
 どっかの詩人の詩だ。とびきりの葡萄酒のことを歌ったものらしい。

 ほうほうと声がこぼれる。
 とびきりの葡萄酒ってことは認めるんだな、ベックマン。

 まんま、ガキ大将のような物言い。してやったりと言わんばかりだ。
このシチュエーションであんまりだ、とはベックマンも言わなかった。









  ああ… なんで、あんた、なんだろうな。
答えを求めるでなく、ベックマンは囁く。
吐き出される息がシャンクスの肌を擽る。


「きれいな人間なら、いくらでもいた」
ん。

「利口な人間も」
ん。

「いい人間だって」
だろうな。


 けど、あんたなんだ。





 なんだよ、それ。ひでえ言いぐさだな。
 客観的にみればそうだろう?
 なのに、誰より先にあんたに目がいく。あんたしか見えない。
 これは  なんでだ?

 まったく。
 教えてやろうか、ベックマン。
 どうして俺しか目に入らないのか。
 まったく、どうしてこんなことが分からないかね。
おまえってば、賢いくせに時々馬鹿だな。

 簡単なことさ。
 それは俺に惚れてるってことさ。優雅に言えば‘恋をしている’ あいつと同じさ。





 ‘恋’か、これは?
 ‘恋’さ。



 他人の中に
 自分にないものを見つけて
 自分にはそれが必要だと認めて
 それを欲しいと思う。

それが‘恋’さ。心でも体でも。







 では、あんたは、とは、ベンは問わなかった。


 自分で見つけな。
 にんまりとした笑いと共にそう言われるのは目に見えていたので。
 彼はただ、ひととき離れていた己の大頭の体を引き寄せた。
 ほんのひとときの50p足らずの別離。
それがなぜか耐え難いものに思えたので。






 昔、
俺の「なぜ」は切実に答えが欲しいものだった。
けれど、この「なぜ」には、答えなどいらない。
 問い続けることは痛くて、けれど甘美で、問い続けずにはいられない。






 ああ、見つけるさ、シャンクス。
 一生かけるだけの値打ちは十分あるさ。
 見つけてみせる。一生をかけて。







2005.2.20




☆ 
まずはお断り。
文中の恋の定義は橋本治氏によるものです。
そして、『葡萄畠』の詩は井上靖のもの。
みんな借り物で、自分のことははないのか、私。
と。ちと落ち込んだりもしてますが
まぁ考えていても仕方ないので
とにかく書いていこうと思って、アップ。
お祭りへの参加はムリかも知れないけど、
せめて気分だけでもということで、
いちゃいちゃしてます。
よろしくですm(__)m



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