【 「ある風景」断章 A certain scenery     
      


 どうした?

 その声は優しいのに、その声は濡れて揺れているのに、
身動き取れない。どうすればいいか分からない。
 いや、分かってはいる。
 けれど、動けない。
 彼を苦しめたら、どうしよう。
 いいゃ、それ以前に――
 この手が触れたとたん、彼は自分を憎むようになるのではないか

 弾む声も眼差しも喪われてしまったら…
 耐えられない。それくらいなら何もしない方がマシだ。




「あのな、ベックマン」

 きっと呆れているのだろう声は、けれど優しく問いかける。

「おまえが何かしくじったからって、俺が嗤うと思うのか」
 俺は、そんな人間に見えるか?

 いいや。いいや、あんたはそんな人間じゃない。
 分かっている。分かってはいるのだ。
 彼はそんな人間ではないということは。

 なのに、動けない。愛しいものを前にして、
 手も出せない自分を、彼はどう思って……




「どうとも思やあしねぇよ」
 視線を落としたまま立ち竦むベックマンの頬に掌が宛われる。

「俺は知っている。おまえがそういう人間だってこと」
 なんで今更がっかりしたり見損なったりする訳がある?

「あ…」
 答えられない。彼の言葉は全て真実。

「おまえが怖がってるのは、おまえの想像した未来」
結局おまえはおまえ自身を恐れてるのさ。





 否定できない。
―― 己の怯懦を知っている。
 自らの醜悪さも―― 知り尽くしている。
 そんな自分が望んで、求めて、それでも彼は諾と言ってくれるのだろうか……
「来いよ」
彼の声が誘う。 
「来いよ、ベン」
 彼の指はわずかに温かい。
 決して熱くはない。その髪の色が想像させるほどには。
 ほんのりと温もって、血管に沿って脈動を伝える。

 その指がベンの唇に触れる。
 反射的に食いしばったその口元に
「噛みしめんじゃないよ、コイビトが触ってンだぜ」
 ざらついた指先が宛われる。





「あ…」

 吐息が漏れる。
 綻びる 唇。

 耳元に囁かれる
 リフレイン。

「おまえはいい男になるんだ」
 あれが赤髪の副船長だと
誰もが仰ぎ見る男にな。

「そんなことが」
 できるさ。おまえは。俺が選んだ男だぜ。
 唯一人、俺が求めた、俺の男。




 後頭部を抱え込まれ、引き寄せられる。シャンクスの首筋に顔を埋める格好だ。

 おまえの頭脳。おまえの体。
 これを自分のために使うのがイヤなら、

「俺のために使え」

 おまえの持てるもの全て、俺のものだ。




 馴染んだ言葉。いっそ、安心できる枷。
 新しい主を得た心が安堵の吐息を付くのが分かる。
 シャンクスの本意でないのは分かっているのに……

 いいさ。
 今は、それでいい――
 俺のために生きろ。






いいさ。
 今は、それでいい――
 俺のために生きろ。

 いつか――
 いつか、おまえが俺を見るようにおまえを見る奴らも出てくるだろう。
おまえも又、与える立場になるんだ。
 そしたら、贈ってやると良い。
 おまえが受け取ったもの。
 悲しみや諦めなどではなく
 もらって嬉しかったもの。

 そうすれば、おまえの悲しみも喜びも伝えられていく。
“子”など持たなくともな。







 ――もちろん、易々と渡すつもりなぞ無いけどな。
おまえは俺の副船長なんだから。

 赤髪の船長は思い切り強く目の前の男を引き寄せた。






2004.11.15




☆ ほんとに断片だけですが……
いい加減お頭に飢えてきたので
(私自身が!)こそっとアップ。
いつものことではあるけれど、
今回ますます妄想度アップ。疲れてるからかしら…
ああ、お頭に頭撫でてもらいたいーー
きっとユンケルより効くに違いない〜

「合歓の木 その後」のアンサーというか
前日談というか、ともかく、そこら辺りのお話です。
タイトルは宇崎竜童さんのCDからいただきました。一部変更〜



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