【幕間T】     
      






「たんま」


「ん?どうかしたのか」
せわしなく、あれをこちらにこれをそちらにと動かしていた尚宣威王の手が
止まるのを待ちかねたようにシャンクスは喚く。

「どうしたもこうしたも」

「ちっと休ませてくれや。俺ぁ、かれこれ四時間以上飲まず食わずなんだぞ」
いくらタフなシャンクスと言えども、限界はある。
それも、動き回っているならともかく、
じっとしているというのは彼が一番苦手としていることだ。

「そうであったか?」

「そうなんだよ、もうっ」

熱中していた当の本人には、そう長い時間でもないのだろうが、
シャンクスにはとてつもなく苦痛な時間のはずだ。よく我慢したものだ。



    
「すまぬ、吾は熱中すると周りが見えなくてな。休んでくれ」

尚宣威王は、部屋の隅に追いやられている棚を開く。
小姓だの召使いだのに傍にいられるのがイヤで、作らせたものだ。
氷室仕立ての棚には、飲み物が用意されている。
ガラスと氷と水が立てる涼しげな音が響く。
この国特産である厚手吹きガラス。
その緑色を通してなお、赤く輝く飲み物。


「バルバドスチェリーを搾った飲み物だ。さっぱりして美味だぞ」
「疲労回復にも効くのでな、今一家に一本、この木を植えさせているところだ」
それで島人の健康維持ができればなお良い。
――存外まじめに言う。
自然の美しさに反して、この島は貧しいのだ。
どれほど土地が豊かであろうと、
二つの大国に朝貢しているのだから、豊かになりようがない。


「王さま手ずからの給仕たぁ、すげー待遇だな」
きれいな赤だと言うより早く、飲み干される赤い飲み物。
上向いて、反らされて、あっさりと飲み干される。
シャンクスの喉の動きは、あっという間だった。
擬音を付けるなら、さしずめ「ぱかっ」だろうか。

「美味かったぁ、さんきゅ」
満足してシャンクスは行儀悪くも床に直に寝っ転がる。
要領よく、敷物の上へと転がるところはさすがだ。


「なんの。主が付き合ってくれたおかげで、迷っていた蔓の扱いが決まった。
飲み物くらいいくらでも給するぞ」
満足げに傍らの蔓を撫でる尚宣威王のうっとりした表情に、
シャンクスはいささか呆れて漏らす。

「あんた、ホントに花が好きだな」

「国主のくせに?」
「いいや、花に身代注ぎ込んですってんてんってんでなけりゃ、無害な趣味だろ」
他人の嗜好や趣味をとやかく言うのは、シャンクスのポリシーに反した。

ニンゲン、好きなことをやる権利があるというのが
シャンクスの(数少ない)信条の一つだ。

「うちの臣下達が、主の半分も物わかりがよければな」
盛大な溜息とともに、しみじみと述懐される。

「王さまなんぞ、やってんだから、しやーねぇだろ」

「ったく、好きでなったわけではないのだがな」

「あは、そのセリフ。なりたいヤツが聞いたら、怒り心頭だぜ」

「仕方あるまい。正直な気持ちだ」

「ったく、あいつらも、さっさと王位くらい奪ってくれりゃいいものを。
陰謀の一つも謀れんのだからな。情けない」

そんなでは、譲るに譲れんではないか。
民が迷惑するからな。そんな無能な国主では。

真顔でグチる鳳国、国主尚宣威王にシャンクスは吹き出す。

「変人。あんた、追い落とされたいのか」

「うむ、追放即死罪なんてのは、いやだがな」

「実は、国主を替わってもらえないものか画策はしている」

「命があって、ほどほどの食い扶持があって、
欲を言えば花とこの屋敷があれば、言うこと無いのだが」
「それだけ保証してくれれば、蟄居くらい我慢するつもりで待っているというのに」

「ったく、あんた、欲が深すぎるというか、欲がないというか」

蟄居など、シャンクスが最も厭う状態だ。
好きなときに好きなように。
心の赴くままに。





「幽閉されても花がありゃいいって、あんたの花狂いもビョーキだな」
「けど、なんでわざわざ生ける、なんてことするんだ」
わざわざ持ってこなくたって、花なら、そこらにいくらでも咲いてるじゃん?
シャンクスの疑問はもっともだ。
鳳国は、亜熱帯に属し、自然に恵まれた土地柄だ。
山にも野にも、民家の軒先にさえ、花は咲き誇っている。

「そうだな。この思いを言葉にするのは難しいが、能う限り美しい姿を求めて――かな」


野に咲く花も、それは美しい。けれど、もっと美しい“かたち”があるような気がするのだ。
自然界ではありえない、吾の手を経てこそ存在する“かたち”
吾は、それが見たい。
それが見たくて、花を生けるのかも知れぬ な。


このようにな。

壁一面とその手前を占領した植物たち。
正真正銘の花である白い百合と
縦横に這う鬼木天蓼の蔓
それに絡む蔓梅擬。
確かにそれは、自然界にはあり得ない“かたち”で
異様でありながら、確かに美しかった。


この“かたち”は気に入っている。
主がもたらした“かたち”だ。
主のように妖艶で、主のように逞しく、主のように底知れない。
主と花が揃って、この“かたち”が生まれた。

「白い花が俺かぁ?」
「色は問題ではない、要はイメージだ」



「ふん。で、この手はなんだよ。王さま」





いつのまにか、尚宣威王の手は、
寝転がったシャンクスの放り出された右の脹ら脛をたどっている。

軽く叩かれ、手の動きは一時止む。

「悪趣味だな。王さまが海賊に手を出そうなんて」
それに、俺ぁ男だぜ。
後宮とまではいかなくても、あんた、何人も夫人がいるだろうが。



「仕方あるまい、それはそれ、これはこれよ」
尚宣威王も苦笑で応える。
「どの娘達も、一族の期待を背負って輿入れしてきたのだ。無下には扱えまい」
いわば一族を代表してきた夫人をないがしろにすることは、
その一族をないがしろにすることになる。
王として、そのようなことは許されない。



「それに」
王は、内緒話を耳打ちする子どものように、に、と笑う。


「どの夫人も、それぞれに愛らしくてな。男として愛でぬわけにもいかぬのよ」


「ど・すけべ」

「褒め言葉と取っておこう。男と生まれて、好色でない者の方が少なかろう」
「古来から言うではないか。解語の花は愛でるべきものよ」
「というところで、吾といたさぬか。後悔はさせぬ自信があるが」
開けっぴろげな誘いに、いっそ、微笑ましくなる。
ゆっくりとまさぐる手の動きは、心得たもので、
急かずシャンクスの反応を見ながら、じわじわ上へと上がってくる。
確かに、本人の申告通り、気持ちよく“いたす”テクニックは持ち合わせているらしい。
このもの馴れた王相手なら、愉しいときが過ごせそうではあったが――

「うーん、迷うとこだけどな、ごめんなさいさせてもらう」

「ほう、なぜ?」
拒まれたというのに、王さまは、いっそう上機嫌だ。


「この国の王で、けっこう床上手で、それなりの見返りもある。
吾が相手で、何が不服だ?」
たいそう自信過剰な言い種ながら、嘘にはなってなく、
嫌味にも聞こえないところが、この王の人徳だろう。

「だって、あんた絶対欲しいってわけじゃないだろ」

「あんたは嫌いじゃないし、くれるってもんも魅力的だけど」

「気持ちいい程度で、あいつの機嫌損ねるのもな」

「あの男か?」

暗そうな男だったな。
切れると始末に負えんというか、一人で考え込んでは、ドツボにはまるというか。

「ひでえ言いようだな。他人の船の副船長を」
だが、当たってないこともない。

この国の官僚達のように、副船長は冷静沈着とか船長よりは話が分かりそうだとか
阿呆らしい誤解はしない分、人を見る目はあるということか。
さすがにダテに王サマを張っているのではないらしい。

「あの副船長のどこが良かったんだ?」

「うーん。 打たれ強いことかな」

「つーのは、嘘。つか、嘘じゃねぇけど、ホントでもねぇ」

どことかじゃないんだ。


あいつは、あいつだ。
ネクラなとこも、ドツボにはまるとこも、
妙に遣り手なとこも、みーんなまとめて
どうしたって、あいつだもんなぁ。

だから、俺が付いてんだよ。
「あいつは、俺の拾いものだからな。
責任持って管理しないとな」


ふん?束縛を嫌う男が、他人を縛るか?




「縛ってゃしないよ。俺といたい奴が傍にいるだけさ」
いっそ傲慢に言い放つのには、尚宣威王も苦笑するしかない。


「そうだな、主は、王だった」

無冠の、
無冠だからこそ最強の海賊の王――
あの伝説の海賊王にも匹敵する――



「ははっ、ほんまもんの王サマに言われちゃ照れるぜ」

シャツをはだけて王さまの目の前で笑う若々しい顔は、口ほどには照れてない。
彼にとっては、真実を恥じらう必要などないのだろう。


ということで、
「これで我慢したれや」
どこの訛りだと言いたいようなセリフとともに、派手な音が落ちてくる。
たいそう暴力的な口づけ。
接触して離れていくだけのそれに、
「もう少し情感というものは付かんのか」

尚宣威王がげっそりしたのも、宜なるかなである。







2003.11.20






☆ Tさんにつんつんされて、
形になりました。
【幕間 石榴】です。
明日からお出かけなので、
何とかその前にとがんばりました。
練り込み不足が目立つのですけど
また手直ししますので(^_^;)
えっと〜12月までには〜〜〜



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