香り立つ  
      


☆ 今回はちゃんと副シャンです。

前々回のSSにいきなり出しゃばってきたお方。鳳国、国主尚宣威王さま。

副が彼に瞋恚の炎を燃やしてたのには、訳がある?
単に、副が狭量だから?などともーそーしてました。

で、副に聞いてみましたら、いちおう訳があったようです。いかに心の狭い男とはいえ。
理由もなく焼いてたわけじゃないんですね(^_^;)  良かった良かった〜








「平和だなぁ〜」

穏やかな日差しの下、赤髪海賊団の面々は次の航海のためのあれこれに追われていた。
レキオンは鳳国の中心都市で、交易市も大きい。金さえあれば出航準備にもたつくこともない。
作業は、こんなに順調でいいのだろうかと言うほどさくさくと進んでいる。

「平和なもんだな〜」
ヤソップの呟きが全員の心を代弁していた。
邪魔する者もいない。
シャンクスは、ここ数日、尚宣威王の屋敷にとどまったままだ。

いっそ、その方が面倒が無くて良い。
出航まで預かってもらえ。

これは、ヤソップやルウをはじめとする古参幹部の声だ。

ベックマンは何も言わない。
副船長としてそつなく赤髪海賊団をまとめていた。


が、‘若いの’は、そうはいかない。
「副船長、お頭を連れ戻してくださいよぉ」
「あれでも、うちの頭なんですよ。それを」
「なんだって陸のヤツになんて」
……鳳国国主も、彼らにとっては十把一絡げに‘陸のヤツ’だ。


彼らはシャンクスに惹きつけられて集まった連中だ。
要は、淋しいのだ。
彼らのお頭が傍にいないのが。
ヨソ者に取られているのが。

「第一、鳳国って、ついこないだ王が交代したばかりでしょ。
まだ、そのどさくさがくすぶってるそうじゃないですか」

どうするんです、そんなのにお頭が巻き込まれたりしたら。
声をそろえて、ベンをせっつく。

アレが巻き込まれてどうこうされるってタマか。
――と、これは誰か(複数名)の心の声だ。

結局は泣き落とされ、ベックマンは尚宣威王の屋敷に向かった。
不承不承だったか喜んでだったか、語ることはなかったが。



    

鳳国の宮廷は石垣に囲まれている。
開祖以来という宮廷の奥、尚宣威王の屋敷はつい先だって建てられたばかりだ。
一国の国王の館、それも鳳国ほどの豊かな国のそれにしては小さなものだった。
城としてでなく、純粋に彼の居宅である分には、十分以上なものではあったが。

平屋建て。
引き戸をはずせば、全面吹き抜けになる南国特有の開放的な作り。
部屋の周りを装飾化された龍柱が取り巻き、赤い瓦屋根が深い庇を作る。
照りつける日差しを遮り、熱くなった空気を冷やす。
なかなかに合理的な造りだ。

床は赤か黒の平石で、土足が基本だ。
ブーツを愛好する副船長にとってはたいそう有り難い造りだと言えた。

既に副船長の顔は知られている。
門衛は誰何だけでおとなしく通過させた。
武器の携行を咎めないなど、門衛としての資格が問われそうだが
咎めたところで、副船長に拒否されたら如何ともしがたいのを彼らは知っているのだ。
なにしろ、この島の兵力ときたら、お話にならない代物で
(初めてそれと知ったとき、副船長以下、開いた口がふさがらなかったものだ)
ならば、下手な抵抗はしない方がマシというものだろう。
敵の力を見極めるのも、兵士として大切な能力ではある。


深い庇が落とす深い陰。
屋内は薄暗かった。
目を慣らして入ったからいいようなものの、不用意に踏み込もうものなら、一時視力を失いそうだ。


護衛もいない中を、副船長は進む。
奥へ、奥へ。

最も奥まった部屋から灯りが漏れている。
どうやら窓を開けず、昼間から灯りを点けているらしい。
臭みがないということは、麻油か菜種油だろう。
高価なそれを使えるのも、この国の豊かさの証だ。
島国である鳳国で安価な鯨油を使わないというのは、かなり贅沢なことと言ってよいだろう。
貧しい国では、夜になっても鯨油どころか灯り一つ無く、でなくとも粗悪な油の煤で目を悪くする者もいるというのに。

軽くノックをし、室内に踏み込む。
存外明るいそこは、不思議な空間だった。
このような部屋、少なくとも、ベンが見てきた中には無い。
変わったものや珍しいものには目のないシャンクスが入り浸る訳だ。

広さはこの部屋だけで60坪というところか。
ちょっとした会食を開けそうな広さだ。
壁は黒の横板張りで、床は通路と同じ黒の平石。

そのうち壁に沿った十坪ほどのスペースに鬼木天蓼のツルが縦横に這う。
それも、赤や青や黄に彩色されたヤツだ。
蔓に沿って朱色の実とオレンジ色の萼をつけた蔓梅擬が絡まり、
その間には、息を呑むほど巨大な白百合が揺れる。
一つ。二つ。三つ。四つ……
その数は、おそらく二十を越える。
仄暗い中、風もないのに揺れ、強い香を送ってきた。
肺の中まで百合色に染めそうな匂い……
花が、植物の生殖器であることを、この花たちは思い起こさせた。
卑猥で猥褻で、だからこそ美しい。

その向こうから、ひょいと出された顔。
「なんだぁ、副じゃん」

「どうした。何かあったか」
おまえがわざわざ来るなんて。

のんびりと蔓の向こうから出て来たシャンクスに、ベンの心臓が止まりそうになる。
「あんた、なんてぇ格好……」



「ん?」

シャンクスも自分の格好を検分する。
右、下、左、上、前、後ろ。
そうして、問題なしと判断されたらしい。

「俺のカッコがどうしたって?」

ベンにとっては、問題ありまくりだった。
いつもほとんどはだけたままのシャツが、ズボンから引き出され、
羽織っただけの布きれになり果ててるのは…まぁいい。
良くはないが、許せないこともない。
だが、何だって、ズボンまで脱いでるのだ。
辛うじて下着だけは身につけているものの。
この格好で、鳳国国主といたと言うのか。


「そっか、いちおう王サマの前だったな」
シャンクスの反省はずれている。
取りようによってはたいそう失礼なことを言ってのけて、やおら首をかしげる。


「王サマの前じゃ、裸は失礼なんだったよな」
王サマの前だからという問題じゃないっ!という副船長の叫びを代弁してくれる奴はいない。
それどころか、シャンクスはいっそうベンの血圧を上げてくれる。
「けど、こりゃ王サマに頼まれたからだぞ。な、王サマ」
俺が勝手に脱いだわけじゃねぇ。
胸を張るシャンクスに、果たして悪気はない、のだろうか。

「ああ、助かった」
いっそ腰が低いと言った方が当たっている穏やかな声。

けれど、ベンは警戒を解かない。
仮にも一国の王だ。それも、世襲ではなく、前王亡き後臣下に請われて即位した男だ。
彼が王になってまだ一年余なのに、鳳国は飛躍的に豊かになっている。
それも、他国を侵略したとか領民から収奪したとかではなく、産業そのものを成長させてのことだ。
何より、野生のケモノ並のシャンクスをここまで馴らしたのだ。
ただのお人好しのはずがない。

「おかげで、ずっと悩んでいた花の位置が決まった」
主のおかげだ。
鳳国国主の声は、あくまで平静だ。
だが、その声音に、隠しても隠しきれない喜びの色があるのをベンは聴き取った。
この王はシャンクスを独占し、あまつさえその時を楽しんでいたのだ。

しかも、楽しんでいたのは、鳳国国主だけではなく……
「ん。きれーだよな、これ」
「俺は花がどうこうなんて分かんないけど、こんなきれいなもん作る手助けができたんなら嬉しいや」


「なんの。嬉しいのは、儂の方よ」
とシャンクスの肩を抱え込みそうになるに及んでは……
ベンの堪忍袋も切れようと言うものだ。

「…一緒に帰ってくれないか、シャンクス」
「いいぞ。せっかくお迎えに来てくれたんだもんな。一緒に帰ろ」

「送らせよう」
「いーよ。ンなもん。子どもじゃないんだ」
「シャンクス」

部屋を出ようとすると、かけられた言葉。


「この花たちは、数日は保つ。またおとなってくれぬか」
……いっそ、この花を蹴り飛ばさなかった己を褒めてやりたい。
ベンは握りしめた拳に力を込めた。
こんな風に誘われた以上、シャンクスは来るだろう。
ベンには、止められないのだ。


帰りの道中、ハイになったシャンクスは喋り通しだった。
尚宣威王の好きな花。
見せてくれた花。
尚宣威王の美学。
「あいつ、花は裏切らないからいいんだとよ」
悟ったことだ。
「王サマってのも、いろいろ大変そうだからな」





ベンは、ただひたすら聞いていた。
船に戻り、‘若いの’に大喜びされ、「さすが副船長」と褒めそやされても
喜ぶ気など、これっぽっちも湧いてこない。

無言で、自室に籠もった。
やるべきことはいくらでもあるので、言い訳には事欠かない。


シャンクスが訪ねてきたのは、夜も更けて少し欠けた月が中空にかかった頃だった。
ノックも無しに入り込み、断りもなくベッドに寝転がる。
一切遠慮というものがない男は、言うこともストレートだった。
「実は拗ねてるだろ、おまえ」

「別に…忙しいだけだ」
やることやらずにいなくなってくれるお頭のおかげでな。
と、いちおう嫌味を言ってみる。ベンのささやかな抵抗だ。
だが、軽くいなされてしまった。
「そう尖るなよ、いーもんやるから」

シャンクスが差し出したのは、とろりとした碧色の吹きガラス。少し歪なボトルだ。
「王サマの贈り物だ。いい花が生けられた礼だって」

内容物もまた、とろりとしたものだった。
半透明の黄金色。植物性と思しきオイルだ。
かすかに甘い。けれど、くどくはない。どちらかというと硬質な香りだ。
籠もってはしまわない。どこまでも広がっていく水に近い香り。
果実のような鉱物のような――

手で仰いで匂いを確かめるベンに
「ザクロだって言ってたぞ」

「言ったからって鵜呑みにはできん。
安全なものだとしても、あんたに合わないってこともあるだろうが」

「大丈夫だって。昨日もマッサージの時塗ってもらったけど何ともなかったもん」
「……誰に」
「王サマ♪」

ほら、ずっとポーズ取ってたじゃんか。凝っちまってさ。
詫びだって、やってくれた。楽チンだったぞ。



ハートマークを付けんばかりの上機嫌で告げられては……
ベンが些かキたとしても、仕方がないだろう。
「……そいつは良かった。……で、俺のマッサージも受けてくれるんだろうな」

この場合、「身から出た錆」或いは「雉も鳴かずば撃たれまいに」
どちらが妥当なのであろうか。

それとも、いっそ「○○は死ななきゃ直らない」の方が合っているのだろうか。




匂いというやつ、香らせている当人は気が付かないものである。
なので、ベンは己がまとっている香に全然気づいてなかった。
シャンクスの体臭が変わったのには当然気づいていて、警戒警報を発令してはいたのだが。
それは、しっかり周知され、それ以上の情報も伝えた。「知らぬは当人ばかりなり」
当人が気づいてないものを、わざわざ教える必要などない、という合意はあっという間に成立した。

それをぶち壊してくれたのは、例によってシャンクスだ。

「副って、いー匂いだったんだな」

一瞬で世界が凍った。



凍ってないのは、言った当人だけだ。
全員注視の中、くんくんとベンのシャツの胸元に鼻を付けんばかりに匂いをかぐ。
「ん、甘くて美味そー」
最初はびっくりしたけど、こういうのも似合うぞ。
にこにこにこと褒めてくださる。

シャンクスに他意はない。
二人の身長差故に、そういう構図になるだけだと分かってはいる。
シャンクスに見せつける気などない。まして、副船長にはない……

だが、視覚的に凶悪な光景であることに変わりはない。


「なんか懐かしー匂いだな」
懐かしいもなにも……とは、誰も突っ込まなかった。
「あんたと同じ匂いなんだよっ」と教えてやる奴もいない。

賢明なことだ。誰しも命は惜しい。

その時「お頭ー」と呼ぶ声。
呼んだ奴に、全員は深く深く感謝した。

「こっちだ、何だぁ」
シャンクスの関心は、あっという間にそちらに逸れ、
「入団希望者なんですよ」「面白そうな奴ですよ」
「そいつぁ、楽しみだな」

シャンクスが行ってしまうのを待ちかねたかのごとく、全員四方に散った。
それはもう、蜘蛛の子を散らしたようという慣用句はこの時のためにあったのかと思わせるほど見事に。

「匂いは、染みこむって知ってんだろうが、あんた」
呆れたようにヤソップに言われても……抗弁できない。
「外に塗っただけでもそうなんだから、まして中にいれちまったらぁ
当分‘良い匂い’のままだな」
ルウに揶揄されても、赤面するしかない。

「ま、抜かったんだ。しばらくお揃いでキメるんだな」
思いっ切りベンの背を叩き、ヤソップはさっさと行ってしまった。

あとに、呆然とした副船長などという珍妙なものを残して。









2003.11.1






☆ 鳳国、国主尚宣威王さま再登場〜
ベンをいぢめるのって、どうしてこんなに楽しいのかしら。
お船の中で弄ってたタネがあっという間に育ってしまって。
一応ハロウィン企画ということで、10/31のうちアップしよう
とがんばってたのですが……どうにも力及ばず…
おまけにパソに拒否されては如何ともしがたく…
結局11月になってからのアップです。
間の悪い私の人生を表しているような(^_^;)

どれがお菓子でどれが悪戯かは、皆様の判断にお任せします〜



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