WishKnot  
      




「……いやに機嫌がいいな、あんた」
「イヤかよ」
「いいや、どっちかと言うと、好きだがな」
 なにかやらかしてくれるんでなきゃな、
と、これは口の中だけで言ってみる。
せっかく上機嫌でいてくれる船長殿の機嫌を損ねる愚は、犯さないに限る。



 寄港中の今は、副船長にとって最も忙しい時期なのだ。
海軍に備え、賞金稼ぎをシャットアウトし、必要な物資を補給し、
傷んだ箇所を修繕の手筈を整え、各船の船長達に指示を回し、
それらを徹底させる。
それらをごく限られた時間の中で片付けなければならないのだ。
戦闘時にはこの上なく頼もしい船長殿も、
ことこういった件に関しては、まったく頼りにならないし。



「なぁ」
 なおもにこにこと笑いながら、
シャンクスは椅子に座ったベックマンの太股の上に跨る。
 椅子は作りつけのテーブルの前にあって、
そのテーブルの上で、ベックマンは今まさに書類作成の途中である。
机と椅子の間は狭いとか、仕事の邪魔とか、これっぽっちも考えてない行為だ。


「おまえにやるもんがあんだよ」
 カルソンのポケットを探っていた手が、するりと摘み出したもの。
 艶々とした黒い紐だ。

「ほら」
 無造作に掌に乗せられて、
それが何であるか理解するのに時間がかかった。


「ウィッシュノット?」
 思わず確かめてしまう。
 装飾品ではあるが、同時に祈りを込めて求められる品だ。
「この願い敵いますように」と宝石に祈りをかけて。
「そう、それ。うぃっしゅのっと」

 ……イヤな予感がする……

 黒光りする最上級の絹糸を束ねて編まれた紐は、
ベンの掌の中でしなやかに形を変えた。
 その先端には、“翠”そのものが凝ったような石、翡翠が留められている。
色合いといい大きさといい、確かに、最上級のものではあるが。

「ウィッシュノットなんて、どうしたんだ」
「いいだろ。店番のじーさんが見立ててくれたんだ」

「……なんて言って頼んだんだ?」
 まさかとは思うが、誰に贈るなんて、喋っちまったんじゃ……
 副船長の厭な予感というヤツは、的中率99.8パーセントを誇る。
この場合も、大当たりだったようだ。
「そんなこた、言ってねえぞー」
「俺ぁ、ちゃーんと副船長へのプレゼントだって言ったぞ。
黒い髪に黒い目のいい男には何がいいかって」
 …………

 どこの世界に、
自船の副船長に宝飾品を贈る海賊がいるというのか。
それも、誂えてまで!
 この港にいるうちは、決して宝石関係の店には立ち寄らない!
固く決意するベックマンだった。

「なんだよ、ティアラのほーが良かったのかよ」
「謹んでご遠慮申し上げる!」
 即答だった。
それこそ、どこの世界にティアラをつけた海賊なんぞがいると言うのか。

「そっかぁ?けっこう似合うと思うぞ。
お前には金よか銀の方がいいよな」

 聞いちゃいねえ……



    


「この翡翠もきれーだろ。
翡翠ってのは、なんか、ごとく?をレベルアップしてくれるんだと」
「ごとく?ああ、五徳な」
 それは、専らイースト・ブルー近海の地で言い習わされている民間伝承だ。
天の龍と地の精が結ばれて生まれた宝玉と言われている翡翠は、
ただ美しいだけではなく、持ち主の五徳(仁・義・礼・智・勇)を高めるのだと。

「そう、そう。そう言った。
だから、そういう副船長に贈るんならぴったりの品だって」
「……」
 この調子では、洗いざらいどころでなく、
根こそぎ喋ってしまったらしい。
絶対に絶対に宝石関係には近づかないと誓いを新たにするベンだった。

「じーさん褒めてくれたぞ。
上に立つ者、部下を労う気持ちを忘れちゃいかんて」

……それはつまり、情人には心配りをしろということか――言い返す気力も失せた。
なにより
「嬉しい?」
 得意満面、にこにこと顔をのぞき込まれては――
否などと言えよう訳がない。
「ああ」
 それ以外、どんな答えが言えようか。


「とても嬉しいが、お頭。
こういうことは、もう少し控えめに。
気持ちだけでありがたいから」

 無駄と知りつつ、一応言ってみる。

「ヤだよ」
 シャンクスの答えはきっぱりはっきりしたものだった。

「だって、気持ちだけなんて、
お前のびっくりした顔がみられないじゃんか」

「それに、俺が贈りたくて贈るのに、
こそこそしなくちゃならない理由なんて無いじゃん。
俺がおまえにぞっこんだってのは、みんな知ってっし」

「!」
 天を仰いで嘆息する。
 誰か……この恥知らずに何か言ってやってくれ。

「照れてんのか、ベン」
 これは恥と言うのだ、
照れると恥ずかしがるの間には、深い深い溝があるのだとは――
言っても多分通じないだろう。




「なぁなぁ、つけてみろよ」
 言ったかと思うと、
シャンクスはさっさとベックマンの首に手を回している。
整えられた爪の先が少し伸びて、ベンの肩に立てられる。
痛くはない。けれど、ちくりとしたその感触は直に背に響いた。
そのまま、太股まで熱くなるようだった。

 にこにこと真下から見上げられ、
ベンは溜め息とともにウィッシュノットの両端を結び合わせる。
 首筋の髪をかき上げ、ウィッシュノットを結ぶ。
先端の翡翠がシャツに隠れる長さに留めたのは、シャイ故なのか、実用を慮ってなのか。

「ウィッシュノットってのは、付ける本人が結ばなくちゃいけないんだってな」
 ちょうどいいよな、俺が結んでやるのは、無理だもんな。
 にこにこにこ。
 
 シャンクスの上機嫌度には底がないようだった。
にこやかにベンのあちこちに触れる。
素肌からシャツの裾から、至る所見境など無くて……


 どうやら今日のシャンクスは「構って」モードに入っているらしい。
どうあろうと、ベンに構ってもらうんだという不屈の決意が透けてみえる。
丸見えと言って良い。とてものこと、おとなしく出ていってくれそうにはない。
 これも声にはならない溜め息を一つ、ベンは盛大に漏らした。







 お頭の仰せとあらば、仕方がないではないか――
ベンは潔く机の上の書類一式をまとめた。
 シャンクスがくすくすと笑う気配が胸元から伝わってくる。
笑いながら身軽に立ち上がり、ベンを引っ張る。
行き先はもちろん机とは反対側にあるベッドだ。


「ったく、あんたって人は」
 襟足に口づけて赤い髪の中に手を差し入れる。
少し高目のシャンクスの体温が、ベンの手にも移ってくるようだ。

「だって、お前に触りたかったんだもんよ」
「望み通り触れて、ラッキー」
 真から嬉しそうな声――その声を聞くと、何でもしてやりたくなる。
……己は、ただの阿呆だ。
ベンの自嘲は、この上なく甘かった。

「……あんたの望みを叶えることができたのなら、
俺も嬉しい、ずっとそうならいいのだが」


 ――忘れないようにしなければならない。
どんな仕事も、すべてはシャンクスのためなのだ。
たかが仕事のためにシャンクスの望みを後回しにしたのでは、
それこそ本末転倒というものだ。

「そうに決まってるじゃんか。おまえがいるんだもん。
こんだけの男を手に入れたんだぜ。
うん、やっぱ強運なんだな、俺って」




「なぁ……昔言ったよな、おまえに。一緒に行こうと言ったとき」
「俺は強運だから、俺の傍にいればおまえの願いもきっと叶うって。
 なぁ、おまえの願いは、叶ったのか」
「ああ――今更、何も願う必要はないさ」
 ――俺の願ったことは、全てこの掌の裡にある。

 握りしめられる大きな掌を、シャンクスは面白そうに触る。
ベンのそれに比べれば、一回り小さい華奢と言っても許されそうな手だ。
けれど、この手の強さを知っている――
 この男は、ベンを裏切らない。
よしんば、そんな時がくるとしても……それならそれで良い。
シャンクスは自由だ。
 ただ、自分にとってそんな世界は生きるに値しないだけだ。
そうなれば自分は還ろう。生まれる前の混沌の中に。
 そっと手の甲に口づけて、ベンはその手を持ち主ごとベッドに倒した。









2003.7.13





☆ 確実にバカップルですね。
 いーんです。どりいむですから。
 アンクレットとペアになる宝飾品タイトルです。
 「ウィッシュノット」
 畏れ多くもかのカルチェのブツです。



この壁紙は 様からいただきました。。 

右上の「×」を押して、お帰りください。