Anklet  
      


    


「なんか、えらく機嫌がいいな。おまえ」
 シャンクスがそう問うほどには、
ベン・ベックマンは浮かれていた。
たとえ傍目にはそうは見えずとも。


「アンタだって上機嫌だったじゃないか」
 言い換えされて、
「まあな」
 頬が緩んでしまう。

 久しぶりに手応えのある相手だった。
商船ながら腕利きが揃っていて、
警護隊長は、最後までシャンクスと斬り結んだ。
 それだけの手勢を揃えるだけあって、
積み荷も相応に値打ちのある物ばかりだった。
次の港では、たいそうな値で捌けるだろう。
既に甲板では前祝いと称して酒宴が始まっている。

 目指す港は目の前というので、
いつもはキビシイ副船長のお許しも出た。
酒も食料も飲み放題食い放題の上に、水まで使い放題だ。

 シャンクスはとりたててきれい好きな方というわけではなかったが、
血の臭いにまみれていたいというヘンタイでもない。
なので、ありがたく水浴びした。
全身に浴びた返り血も落として、今はさっぱりとしたものだ。




 これで機嫌よくならなければ、おかしいだろう。
ご機嫌で酒をあおっていたのだ。

 そう、この男が妙に意味ありげな視線を送ってくるまでは。
送ってきてると気づくまでは、とてもいい酒だった。
その視線には微妙な色が刷かれていて、無視もできない。
まして、じっと酒を飲んでなどいられない。
 そのくせ、シャンクスが(目線で)問いかけると目をそらす。
口元にはにやにや笑いを貼り付かせたままでだ。


 そう出られて、シャンクスが食らいつかない訳がない。
猫の前に玩具を投げたようなものだ。
 それに、見事に引っかかったという自覚は――無いようだが。

「誤魔化すんじゃねぇ。」

 戦利品が良いからといって浮かれるような、可愛げのある男ではないのだ。
だてに赤髪海賊団の頭脳と評されているわけではない。
この男が上機嫌になる時というのは、
シャンクス絡みで“いいこと”があった時だ。
或いは、これから“いいこと”をやろうという時だ。
被害を被るとは言わないが、
直に影響を受ける身としては、敏感にならざるをえない。


「分かるか」

 そう問い返すところからして、既にいつものベックマンではない。
「分からいでかっ」
 てめえの上機嫌のせいで、ひでー目に遭ってるからな。何度も。

「あんなコトや、こんなコトや、んなコトまでしやがったくせにっ!
なんか企んでるって顔してんだよっ」

「情緒のない。口先だけでも愛しているから分かるくらい言わんか?」
「抜かせっ」

 枕を投げつけるシャンクスに、ベックマンは肩をすくめ、立ち上がった。
そのままベッドの横まで来て跪く。


「足を。お頭」


「ん?」

 ここで素直に足を差し出すというのは……
やはり共犯と言うべきであろう……
 色気もなくごろんと投げ出された右足を
ベックマンは押し頂くように己の膝の上に載せる。
そして、

「やっぱりな」
 くすくす笑いが付いてきそうな弾む声。

「なんだよっ」
「あんた、左利きのくせして、
足を出すときは、いつも右足から出すんだな」

「そうだっけ?」
 踏み出すときの足がどちらかなんて、一々意識して動く奴はいない。

「そうだ」
 力強く断言されて、力が抜けてしまう。




で、足がどうしたよ」
「ああ」

 頷いてベンはズボンのポケットを探る。
ややあって取り出したのは、凝った細工のアンクレットだった。
上質の金を使っていると一見して分かる鈍く底深い光。
細工も一級品だ。


 向かい合う大小二匹の蛇。
 とぐろを巻いた金の蛇が何重にも足首に巻き付き、
鎌首は足の甲にかかるようになっている。
半ば開いた蛇の口からは細い金の鎖が三連伸びていて、
その先はぐっと小型の蛇の口に繋がっている。
どちらの蛇も目は赤い。
輝きからして、最高級のビジョンブラッドであろう。


「さすがに目が高いな、おまえ」
先ほどの獲物の分配にシャンクスは関わってない。
ベンに任せて(押しつけて)、血と汗を流していたのだ。
任せておけば、ベンはいつだって船長に相応しい獲物を選んでくれる。
妙なガラクタに手を出してしまうシャンクスが選別するより、確実で。
それもまた、適材適所というものだろう。

 貴金属や宝石にさほど執着のないシャンクスとて、これの値打ちは分かる。
際物めいた意匠にもかかわらず、いささかも下卑たところがないのだ。
色っぽいのに品がいい。かなりの名匠の細工だろう。
 小さな港では扱いきれないだろうが、
大きな都へ行けば、ちょっとした舟の一捜や二捜購えるだろう。




「ああ、いや売るつもりじゃなくて」

 ベンは、そっと、シャンクスの足を抱き、膝から下を撫でさする。

「おいっ」

 焦るシャンクスには頓着せず、もう一度繰り返す。

「お頭。足を」

 見上げる黒い瞳は本当に楽しそうで、
とてものこと留め立ても邪魔もできるものでなかった。
 半分自棄で為すがままのシャンクスの足に、
ベンは恭しくアンクレットをはめていった。


 日に焼けたシャンクスの足に、金のアンクレットはちょうど収まった。
曲線に添って足首を隠すことで、
かえってその下にある形が顕わになるということはあるものだ。

 男の笑みは、ますます深くなる。
 軽い鎖の音をさせながら、一回り小型の蛇を足の中指に入れる。
こちらは、足指輪なわけだ。
 余裕で入った足指輪に満足げに頷いたベンはそのまま足の甲に口づける。
鎖の間をくぐり、指の間を広げ、堅くなった足裏まで辿られて、
シャンクスはやけくそで叫ぶ。


「楽しいのかよっ」

「楽しい」

 間髪入れずに返事が返ってきた。その上に、

「楽しくて楽しくて、怖いくらいだ」
だめ押しまで付いてきた。

「おまえなぁ」

 さすがのシャンクスも脱力してしまう。
 いつの間に、こいつはここまでハジシラズになっちまったんだ?
俺のせいか?もしかして?
 ――もしかしなくても、そうであろう。

「時々心配になる、こんなに幸せでいいのかと」  
 
 真顔で訴える――こんなところは、どうしようもなく“ベックマン”だ。

「アホだな」
「ああ、阿呆だ」
 幸せだからこそ喪われることを怖れる。


「バカだな」
「ああ、馬鹿だ」
 現在の幸いを味わい尽くせばいいものを、
来るかどうかも定かでない災厄の予兆に怯えてしまう。

「幸せは――いつかは消えてしまうだろう?」

「何言ってんだよ。それ言うんなら、不幸だって消えるんだよ」

「……そうか」
「そうだっ」

 威張りっと反っくり返るシャンクスに、
いつもなら落ちるはずの溜息が……落ちなかった。




「そうだな。あんたといれば、不幸も裸足で逃げ出すな」
「人をアホみたいに言うなっ」
「ほめてるんだ」

 あんたといれば、幸不幸を量ってる暇など無いからな。
それは幸せってもんだろう……


「…もっと幸せにしてやろうか」

 呟きと同時に、無防備にさらしていた項に噛みつかれる。
思わず上げた視線のすぐ前に、シャンクスの碧の瞳があった。

「シャンクス?」
「これだけで済ませる気じゃあ、無いだろうな」

 碧の瞳は濡れ濡れと光っていた。
引き寄せられたベンの腹に当たるシャンクスのそれも
既に堅く張りつめていて……


「おまえにあんだけ触られて、感じないわけないだろーが」





 ちろりと下唇を舐めるその舌は赤い――
  ――ベンの理性など、あっという間に吹っ飛んだ。









2003.6.5





☆ 中途半端なところで幕〜
 これ以上続けると、
ハジシラズな男が、あーんなコトやこーんなコトをやらかしそうなので
自主規制します。


☆ 「ヨーロッパ・ジュエリーの四〇〇年」展のサイトで、見ちゃったんですね。
画家のミュシャが皿・部ルナールのためにデザインしたという腕輪&指輪のセット。
そっくり流用しちゃいました。
興味がおありの方は、こちらへどうぞ。

http://www.nishinippon.co.jp/jewellery/index.html



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