Teddy 1  
      


    


「副船長ーー」
 ノックの返事も待たず、部下たちは副船長室に飛び込んできた。
 またか……
 内心げっそりしながら、
赤髪海賊団の副船長ベン・ベックマンは部下たちの方に向き直った。
 しかし……
お頭が挙動不審なんですぅと
部下から訴えられる海賊船の副船長の立場というのはいったい……
 ベン・ベックマンは、ここ数年めっきり白くなった髪をかき上げつつ
目の前の部下の言い分を聞いた。


 どこが?どんなところが?
最初から順序立てて言ってみろ。
気分はすっかりKindergartenの保父さんである。
正直、アホなこと抜かすなと怒鳴りつけて追い返したい気分ではあったが、
冷静沈着で通っている己がそれをすれば部下達がパニックに陥るのは分かっているので、
なんとか自制する。
 取りあえず煙草に火を付け、話し出すのを待つ――までもなかった。


 訴えに来た面々は、先を争ってしゃべりたてた。
 曰く、この一週間船長室から出てこない。
 曰く、この一週間お頭しかいないはずの船長室からぼそぼそ話し声がする。
 曰く、この一週間お頭が悪さしない。つまみ食いも作業の邪魔もしない。


 訴えが増えるたびに副船長の機嫌は悪化の一途をたどった。
 この一週間……お頭がヘンなのくらい分かっている。
他の誰より――なにしろ、この自分が船長室に入れてもらえないのだ。
 これ以上の挙動不審があろうか。
 何かというと、船長室に呼び付けていたくせに――
副船長は内心悶々としていたのだ。外見からは、そうは見えなかったが。
 ならば、さっさと押しかけて詰問でも何でもすればいいものを、
一週間もほっぽっといたのは、
―――押しかける大義名分がない…これが理由だったりする。


 だから、部下の訴えを好都合と船長室のドアを叩いた。
部下の不安を取り除くため、というのは立派な理由ではある。
 コイビトが急に冷たくなった訳を聞くためというのと、
どちらが正当な理由かについては異論もあろうが…




 船長室のドアの前で呼吸を整え、ノックしようとした手が止まる。
……ぼそぼそと低い声が聞こえてくる。
 船長室に誰かいるのだ、ベックマンを閉め出しておいて!

 思わずドアに耳を寄せてしまう。“誰か”の声は聞き取れない。
意味のある言葉として聞こえてくるのはシャンクスの声ばかりだ。


「今これをしろと言っといて、一分後には違うことしろと言うって?
そりゃーひでえな」
「へぇ、自分がしたくなったら夜も昼もお構いなし?
そのくせ、こっちがちょっと待ってくれと言っても全然聞いてくれないって?
ヒトデナシだよな」


 思わずかっとなる。ならずにいられるか!
 必要以上の強さで、ベンはドアを連打した。


「お頭、入るぞ」
「ちょっと待てーー」
 の返事が終わらないうちという速さで副船長はドアを開けた。
シャンクスが何かを隠す余裕などないように。
 で、狙いどおり、シーツを引き摺り下ろしてわたわたしているシャンクスに遭遇した。


「何をしてる、アンタ」
「ナンもしてないーー何も隠してなんぞいねぇぞ」


 …語るに落ちるというか何というか――
副船長相手のポーカーで勝てた試しのないシャンクスが取るべき手ではない。
せめて、礼儀知らずと罵ればいいものを。


「失礼するっ」

 言えばいいというものでもなかろうに――律儀に声を掛けて後、
ベックマンはシーツを引っぺがした。
「あにすんだーー、副のバカヤロー」という声は無視だ。


 が……


 これが隠れてネズミを飼ってたというのなら、
ベンはこれほど驚きはしなかったろう。
いや、ロック鳥でも、ドラゴンでも、
シャンクスならやりかねないと溜め息ついて諦めたろう。
まさかまさか、こんなモノを隠していようとは。


 シーツの下から現れたのは、一歳児ほどのサイズの、
ふかふかした茶色の巻き毛も愛くるしいクマのぬいぐるみだったのだ。


 冷静沈着をもって鳴る副船長が絶句したのもむべなるかな。
誰が、こんなモノをシーツの下に隠してるなどと想像するだろうか。
よりにもよって。仮にも海賊団の頭ともあろう者が!


 固まってしまった副船長を誰が責められよう。
その間に、シーツの端っこを握ったままだったクマ(のぬいぐるみ)は、
とことことベッドから降り、ベックマンの前に立った。


「ご挨拶もなくよそ様の船に乗り込んでしまって、申し訳ありません」
 ぺこんと頭を下げ、右手を差し出す。
反射的に握り返したその手は、見た目通りふかふかとしたぬいぐるみの手だった。


「ぼくはテディともうします。クマのテディです」
「ベン・ベックマンだ。この船の副船長…」


 これも、反射的に名乗り返してしまって、ベンは秘かにパニくった。


「誓って怪しい者じゃありません」
 確かに……怪しい“者”ではないが、
だからといって安心できる状況ではない。きっぱりとない!


「あのな、こいつ悪者に追われてな、逃げてきたんだって」


 息せき切ったシャンクスの説明のなんと明瞭であることよ。

悪者とは誰か。
なぜ追われているのか。
どこから逃げてきたのか。
どうやって大海のど真ん中を航行している船に乗ったのか。
疑問点が増殖していくばかりだ。
いっそ何も言わないでいてくれる方がありがたい。


「すみません、ぼくにもよく分からないんです」
 何しろ、気がついたらここだったもんですから。

 テディは、ふかふかの手を額に当てる。
その動作は、妙に人間くさい。


「ぼく自身に分からないことは説明しかねまして」

 確かに道理だが、それで引き下がる訳にはいかない。
副船長には副船長の責任というものがあるのだ。


「……分かる範囲でいい。
あんたがここに来るまでのことを教えてくれないか」


 なにしろ、このクマ(のぬいぐるみ)は見張りの目をすり抜けているのだ。
この船の監視網に穴があるのなら、放っておくわけにはいかない。


「はい、ぼくは」
 いとも素直に語り始めたテディの話を要約すると、こうなる。
《どこかから逃げようとして、
とにかく遠くへ行こうと 闇雲に進んでいるうち妙な霧にまかれ、
気がついたら、この船の船長室にいた》


 さっぱり解明につながらない点では、シャンクスの説明とたいして変わりはない。
が、説明しているテディを観察して、
ともかくこのクマ(のぬいぐるみ)は嘘はついてないと判断できた。
確かに数日前、妙に霧が濃い海域を通過したという覚えもある。
そうである以上、本人にも分からないことなど追求しても仕方があるまい。


 シャンクスとのつきあいで学習した深遠なる人生の真理だ。
第一、ぬいぐるみにしろ、いちおう生きて?喋っているものを
海に投げ込むわけにもいくまい。

そう割り切ってしまえば、いっそ出現したのが船長室で幸いだったと言える。
下手な奴の前に現れたら、パニックになっていたろう。


「な、な。言ったとおりだろ。副ちゃんはOKしてくれるって」


 まんまとシャンクスの思惑に乗せられるのは悔しい限りだが、
致し方ない。人生には、抗っても無駄なこともあるのだ。



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2003.4.19




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