Jealousy 2.1    




    



 一日の航海は終わった。
太陽が西へと傾くと同時に凪になったのだ。動くに動けない。
碇を下ろして夜に備えた船内には安堵感が漂う。
 今日も海は穏やかで、海軍にも敵船にも出くわさなかった。
十分感謝してしかるべき日だった。
平穏すぎると文句を言うのは、元気が余ってるお頭くらいなものだろう。


「あっ」

 甲板でばったり会ってしまった男二人。
狭い船の上でそう不思議なことでもない。
大喧嘩をやらかしたわけでもない――のに。ボウシの腰は完全に退けていた。
避けようと横へ退くとなぜかベンの真ん前に来る。
ボウシのアタアタは、ますますひどくなる。
完璧、タイミングがずれていた。
やっとの思いで、すれ違い、ほっとする。
一目散に逃げようとして、けれどボウシは覚悟を決めた。
言っておかなければならないことがある。
引き延ばせば延ばすだけ、言いにくくなるだけだ。


「あ、あのよ」
 
「?」

 無言で振りかえるベンの無表情な顔を見たとたん、回れ右したくなった。
が、今逃げると、後がもっとコワいのは分かっている。
ボウシは必死に言葉を継いだ。
「あの、こないだのさぁ」
 ベンの顔が、さらに無表情になる。
 気まずいことこの上ない。


「こ、こないだ俺、要らんことを言っちまったみたいで」


 「みたい」ではなく、ホントに「要らぬ事」だったと、ベンの目が言っていた。
逃げ出したい思いと必死に戦いながら、ボウシは要件に切り込む。


「け、けどよ。嘘じゃないんだ」
 ますますコワくなるベンの目つき。
無言で、嘘じゃないから何だと言っている。




「違うって。」

「確かに、お頭いろんなことしたけど」
「ひでえサド趣味のやろーが客の時もあったけど」


 ぴくっ!
 やっぱり……何が「客は選んでる」だ。
 心の中で毒づきながら、顔はいっそう無表情になるベックマンだった。


「それで?」
「だ、だから違うんだよ」
「あれは売ってたんじゃない。遊んでたんだよ」


 思い出す。忘れられない。


「どんな手荒に嬲られてるように見えても、結局はお頭が嬲ってるんだよ」


 ……今も、目に焼き付いている。
 忘れられない。


 嬲られて、喘ぎながらシャンクスがよこした目。
 冷たい目。


「俺は、お頭とどうこういう気はない。確かに、煽られるけど」


 ずっと見てきたのだ。
その体も含めて我がものにしたいと思わないわけがない。
誰にも懐かぬ野生の獣を、組み敷いて啼かせてみたいという欲もある。
シャンクスは拘らない。案外気軽に「いいぜ」と
オーケーを出すかもしれない。
 それでも―――

 その時から、ボウシは半分“客”の一人でしかなくなる。
体だけものにして、肝心の“お頭”を喪ってはたまらない。
ボウシは、百パーセント赤髪海賊団の一員であることを選んだのだ。




 残ってくれと懇願する“客”達を振り返りもせず、
 船に向かって駆けていった――


 常にその場に居合わせてきたボウシには分かる。
“海”以上に、あの人を魅了するものなどないのだ。
 ない、はずだった―――








 二人ともお互いからは目をそらしたままだ。
自然、視線は海へ落ちる。
 波はほとんど無い。
水自体の重さで揺れてるようなさんざめき。
ごく細やかなそれが夕焼けの赤とオレンジに染まる。


「きれいだな――」
 脈絡無くベンが呟く。
「あ、ああ……」

 それでもボウシには分かった。
分かってしまった。
この寡黙で一途な男が、この輝きにあの人を見ていることが、分かってしまう……自分だとて……


「俺の故郷ではさぁ“光なぎ”って言うんだ。こういうの」

「光なぎ?」

「ああ、凪いだ海面に夕日が映って、金色に輝くんだ。
ガキん時は、本気であそこに黄金があると思ってた」


「ま、本当は本当だったよな。今となっちゃ」

 剛胆を取り戻して、ボウシは笑う。

「海賊のお宝は海にあるんだから」

「けど……何より大事な宝は――
 分かるだろ、アンタ」
「ああ」

 海面のきらめきは濃くなる。
黄金から朱金へ。きらめきながら夜へと進んでいく。
一時たりと同じ貌は見せない。



「お頭より大事なものなんて無い。
俺たちがお頭に身を売らせたなんて思わないでくれ」


「思ってない……」

 そうだ、何かやり出すのは、いつもあの人で、
回りが慌てふためいてる間に突っ走ってくれるのだ。
あの人を止められるものなどいない。
――その時の船内の衝撃を思って、
ベンはいっそ同情の念を禁じ得なかった。


「お頭がいるから、お俺はこの船に乗っている」

「ああ」

「あの人の決めたことなら、何だって認める」
……そう、なんだって―――


「ああ」
 海賊団全員のその覚悟を、この男は分かっているのだろうか。


「アンタも同じ穴の狢だな」
 ボウシは笑って踵を返した。






海は―――ただ煌めいていた。







2002.9.24







☆ ジェラシー2の補完。なので、2.1。
 ほほ、芸がないタイトルで済みません。
 作るつもりはなかったのだけど、ボウシ君が
 釈明を聞いてくれと泣きつくもので〜
 私も、“光なぎ”という言葉を使いたかったし。
 で、こういう形になりました。

 “光なぎ”というのは、天草の方の言葉だそうです。
 ということは、ボウシ君、ジパングの出身なのかしらね。

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