ORANGE et CHOCOLAT

  

甘い香りが充満している。
船の中にも、借り上げてる宿の台所にも。
赤髪海賊団の面々もそわそわしっぱなしだ。


そもそもの事の起こりは、
久しぶりの陸に浮かれていたシャンクスが山ほどのオレンジを仕入れてきたことだ。
自分でも一袋担ぎ、お目付役の下っ端たちにもふらつくほど持たせ、意気揚々と帰還した。

――までは、良かったのだが

「お頭、この堅さでは食べるにはちょっと…」
その通りだった。皮を剥くにも一苦労で、おまけに中身はとてつもなく苦酸っぱかった。


「お頭、安物買いの銭失いって言葉、知ってるか」

溜め息と共に吐かれたベンのセリフがとどめになったらしい。
「うるせいやいっ!」
未練たらしく持っていたオレンジをベンに投げつけ、シャンクスは走り去ってしまった。

――逃げ出した、とも言う。
後には、大量のオレンジの山が残された。

食べるには、いかにも酸っぱすぎる。
かといって、捨てるのは論外だ。
というわけで、博識の副船長がレシピを調べてきて、
赤髪海賊団挙げてのドルチェ(甘いもの)製作となったわけだ。

宿及び船に居残っている連中総動員で
オレンジをスライスして並べて干して砂糖煮にして乾燥させて

その間にカカオの種を干して挽いて煎って粉にして
砂糖とミルクとバターを加えてショコラを作って



7日目には、ショコラの甘い香りとオレンジのさわやかな香がそこら中に立ちこめるようになった。

匂いにつられて、羽を伸ばしに出ていた連中までそわそわと帰って来始めた。

「副船長、もういいんじゃないか」
「もう少し我慢しろ、乾燥がイマイチだ」
却下されてもされても、入れ替わり立ち替わり尋ねに来る。
ホンの下っ端から大幹部まで同じような行動を取っている。


「まるでガキだな」
呆れて肩をすくめるベンに、ヤソップのフォローがつく。
「しようがねえよ。ガキの頃にもらってないんだからな」
そもそも海賊になろうなんて奴らだ。裕福な家の出の人間は、まずいない。
子ども時代には、甘いものどころか、三度の食事すら満足に取れなかった者も多い。
その鼻先で、甘いにおいを立ててたら、それはもう「猫にマタタビ」だろう。
「そういうもんか」
「そういうもんさ」

「あんただって覚えがあるだろう?」
「俺は、もらえなくて当たり前と思ってたから」
淡々と告げるベックマンに、今度はヤソップの方が肩をすくめる。
「昔っから可愛げがなかったんだな。あんた」
「ああ」
そうかもしれないとは、思う。


「ったく、親も割に合わないな」
「ガキはな、くれーっと喚くくらいでちょうどいいんだぜ」
うんうんと頷くヤソップは、自分の子どもの頃を思い出しているのか。
それとも、故郷に残してきた息子のことを思いだしているのだろうか。

無くて当たり前。
……もしも、自分が泣いて喚いて縋っていたら……
あの人達も変わったのだろうか………



“昔”に沈みかけたベンの思考をルゥが破った。



「それでも、静かなもんだなー」

――本来なら一番うるさいはずの人間が居ない。
「まだ怒ってんのか、お頭」

「そうらしい……」
いささかベンの声にも力がない。
まさかここまでこじれてしまうとは思わなかったのだ。
シャンクスの機嫌はすぐ直る。少なくとも、コロコロ変わる。
まして、ショコラの香りがすれば、すっ飛んでくると思っていたのだが――

「お頭、よっぽど怒ってんですかね」
また、こういうことを言うヤツが……

「だって、珍しいっしょ。お頭がこんなにしつこく怒り続けるなんて」
うんうんと、力強く頷く面々。
「おまえらの頭だろうが」
ちょっと頭痛がしてきたのは、気のせいではない。
こんなコトで太鼓判を押される“頭”に、しぶとく生き残っているベックマンの良識が逆撫でされたせいだ。

「俺たちのせいじゃないと思います」
「だって、お頭が怒ったのって副船長に叱られてからですよぉ」


「俺が怒るのなんて、いつものことだろうが」
言いつつ、語尾が弱くなる。
叱りつけて怒り飛ばして、は、確かにいつものことなのだが。
今回、逃げ出す前にシャンクスが見せた顔が気に掛かった。
何か言いたげにベンの顔を見て―――結局何も言わずにきびすを返した。
捨てぜりふも罵倒も無しで……
あれ以来、一度もベンの前には姿を現していない―――

それでも、オレンジのチョココーティングは着々と進み、
結局、副船長の許可が下りたのは、二週間後だった。
旅館の回りをうろうろしていた連中はもちろん、娼館に居続けてた奴らまでわらわらと戻ってきて、
赤髪海賊団借り切りの旅館の厨房は賑わっていた。

―――それでも、シャンクスは戻ってこない。



「ったくっ!どこへ行ったんだ、あの人は」
今回、自分の部屋にも酒場にもいないらしい。
いつもならシャンクスにくっついていくはずの見張り番達もあっさりまかれてしまった。
なまじ辺鄙で平和な港な分、油断があったらしい。
まぁ、その気になったシャンクスについていける者などいないのだ。
本気で隠れたシャンクスを見つけられる者もいない。
ベンも彼らを責める気にはなれなかった。


20日もたてば、船長の不在は噂にならずにいない。
そろそろ出港の準備もしなくてはならない。
「副船長が捜索に出るなら俺が留守番部隊を引き受けるぜ」と
言ってくれたヤソップにもはっきりした返事をしなくてはならない。
(にやにや笑いながらではあったが)
何より、一月近くシャンクスの顔を見てないのだ!



「山狩りでもするか――」
冗談でなく、そんなことを考え出した夜。
厨房の裏戸が開いた。
音などしなかったけれど、ベンにとってはあからさま過ぎるほどの気配。

どうやら彼は、気配を隠す気もないらしい。
―――見つけてくれと、アピールしているということか。


月明かりしか無かったが、充分に厨房の様子は見て取れる。
シャンクスがごそごそやっているのは、チョココーティングしたオレンジをおいてある棚の前だ。


余りといえばあまりに予想通りの展開に、ベンは思わずこめかみを押さえてしまう。
ほっとした分、腹立たしくもある。
嫌みを込めて、手燭をかざす。
ベンが来たことなど、とうに気づいているのは分かっているのだ。

ロウソクの灯りの中、シャンクスは目を上げ、
そのまま、すっと背中を向けてしまった。



ベンは、わざとシャンクスの前に回り込む。
ロウソクの灯りはシャンクスの髪の赤と共に、不機嫌きわまりないといった顔をも照らし出す。
平素の人好きのする童顔が、恐ろしく険悪になっている。


「☆★※▽▲◇◆、☆★※▽▲◇◆」
シャンクスは、オレンジを頬ばったまま口をとがらすという器用なマネをしてのけた。
多分、「何だよ、文句あんのか」とでも言ったのだろう。
見回せば、棚の前には、既にオレンジが布袋に詰め込まれている。

「文句あんのかよっ」
こんな予想が当たっても嬉しくない―――

「文句など無い。それは、みんな、あんたのもんだ」

ただ長く留守にするのなら、居場所くらいは
言いさしたベンにくってかかる。

「なんだよっ。俺がどこにいるかなんて、てめぇにいちいち報告する義務はねえだろ」
「無いが、分からないと心配する」
「ふんっ、むこうの村のガキ達と遊んでたんだよ」
そんなことだろうと思ってはいたが、脱力してしまう答えではある。



「あー、ガキはいいよなー。素直で」
ふんっとそっぽを向くシャンクスの視線は、相変わらずベンから逸らされている。

「何でも喜んでくれるしなー」

「その子たちにオレンジをやりたいのなら、運ぶが」

「バカヤロオ!!」

部屋中どころか、宿中に響き渡る罵声だった。
それでも、誰も来ない。


「シャンクス、今の時間というものを」



「おまえにやりたかったんだよ、よそのガキじゃなくて」
やけっぱちのように怒鳴る。

脈絡のないセリフ。主語も目的格もない言いよう。
それでも分かった。

「だって、おまえ北の生まれだから、果物には馴染みがないって言ってたろ」
「だって、おまえはいつでも俺を楽しませてくれるけど……」
「たまにはな、おまえを驚かせて、んで喜ばせてやりたかったんだよ」

だから……だのに……

いつも、いらないことまでしゃべり倒しているようなシャンクスが
うまく言えなくて癇癪を起こしている。



けれど、ベンには分かりすぎるほど分かった。

この人は、“もらったことがない”俺のためにオレンジを手に入れてきたのだ。
俺を喜ばせようとして――
俺が喜んでくれると思って――
どんなにかわくわくして、持ち帰ったのだろうに……
なのに、俺は喜ぶどころか溜め息付いたりして………



「おまえが悪いっ」
その後は続けられなかった。
後ろから伸びてきた腕がシャンクスを抱き込む。

「おまえが悪いっ」
「そうだな、俺が悪い」
「へ?」

あっさり認められてしまって、シャンクスはかえって固まった。


「あんたが褒めてくれるのに慣れてしまっていた。
あんたは俺の親じゃないんだのにな」


「悪いのは俺だ、これからは、気を付ける。だから」
「行かないでくれ」

ベンの声ににじんだ苦痛に、シャンクスは一瞬動きを止める。
昔聞いた、もう消えてしまったはずの、痛みに耐える声。

「ベン?」

「あんたが俺を見るなり背を向けたとき……」
思い出してしまった、遠い昔のはずの恐怖。
氷の手で心臓を掴まれ、じわじわと捻りつぶされていくような痛み。

「行かないでくれ、せめて俺に背を向けないでくれ」
この腕の中の熱い塊。コレを失ってしまったら……



「バカだな、おまえ。こんなに冷えちまって」
シャンクスの掌が、そっとベンの頬に触れる。

ああ、あんたは、暖かい



ベンは、そっと腕の中のシャンクスの体を回した。


    ――――オレンジとチョコレートの香りがした。



2002.3.3



オマケをつけました。「オレンジショコラ」をクリックしてください(^o^)
☆ できました〜
  あら、傷の訳が入ってないわ〜とか色々あるんだけど
  それを入れてると、ものすごく長くなりそうだし
  なにより、私には戦闘シーンは書けそうにないし。
  今回は、ここまでということで〜

☆ 私……
  「喜ばせようと思ったのに、その気持ちを分かってくれなくて怒った」っての
  絶対、ベンの深読みだと思うわ。
  ベンちゃん、自分を基準にして人を判断してはいけませんよ。
  第一、アンタそのオレンジのおかげで余計な仕事を背負い込む羽目になったんじゃあ……
  ……まぁ、本人幸せそうだから、いいけどさ。

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