桜闇

  

夜になっても、空は蒼かった。
闇の底に一枚、空色ガラスを敷いたような不思議な明るさだ。

満開の桜の上に、鎌のような三日月がかかる。
日暮れと共に風が出て、後から後から花びらが散る。



少しひんやりしてはきたが、酒がある限りは不快なほどではない。
シャンクスは機嫌良く杯を空けていた。
それを視界の端で認識しながら、俺も何杯目かの酒を空けた。
「すげえ桜だろ」
「豪勢に咲いてるだろ。俺たちの花見に合わせたみたいじゃん」
同じ言葉を繰り返している。完璧な酔っぱらいだ。
まぁ、機嫌がいいのは結構なことだ。

俺はすっと席を外した。
ヒトの気配に悪酔いしたような気がしたのだ。

――決して気を遣うような連中じゃない。
気を遣っているのは、多分ヤツラの方なのだろうが……

時々こうなる……
人の熱や声や……諸々に耐えられなくなる。
これから、離れられるときは、来るのだろうか……


「いい桜だよなー」
いきなりだったが、驚きはしなかった。
シャンクスが付いてきているのは、初めからから分かっていた。
「――盛りには間に合わなかったがな」
満開の時期は分かっていた。俺はちゃんと言った。
なのに、ふらふら寄り道して到着を遅らせたのは、シャンクスだ。

「そんなことねぇぞ」
いっぱいに開かれる、右の掌――
そこを目指すように、降ってくる花びら。

「ほら、ちょうどいい“時”じゃねぇか」
「……そう、だ、な」
あんたは、そんなこと気にしない。
コレがまだ蕾だろうと、ほとんど散りかけていようと、あんたはきっと、大喜びで言うんだ。
「いいなぁ、コレ」
「よく見つけたなぁ、ベン。おまえって、すごいや」

真っ盛りの桜を、欲しかったのは俺だ。あんたのために――
あんたに喜んでもらうために――
何だって喜ぶ、何だって持ってる大頭のために、俺は何をすればいい?

「……おまえって」

桜を見上げていたシャンクスの視線が俺に落ちる。

「……おまえって、悪魔のよーに物知りのくせして、
自分のことだとからっきしなのな。
目隠しされたロバほどにも見えてないのな」

……なんなんだ、その喩えは。
悪魔ってのはともかく、どうしてロバなんだ?

「似てるだろーが。どんくさそーにキョロキョロしてさ。
そんでも、おずおず付いてくるとこがー」

…………こういう時のシャンクスに言い返してもムダだ。
倍返しになって返ってくるだけだ。それも、理屈にもなってないことが。
「喰っちまいてぇ」という声が聞こえた気がしたのも……気のせいだったのだろう。
きっとそうだ。

「かわいいぜぇ」

「シャンクスっ!」

鼻の頭をかじられた……キスならともかく、何考えてるんだ、この人は。



「……なんてぇ顔してんだよ、ベン・ベックマン」

「……顔?俺の顔がなんだって?」
確かに、下心満載の男の顔などロクでもないだろうが…


「ったく。そんな面されっと、そそられるってことだよ」
バーカ俺の鼻をはじいたシャンクスの指が、すっと下へ降りる。

頬から顎、そして頤(おとがい)まで。
皮膚に触れるか触れないか、ぎりぎりの位置での動きにさえ感じて、俺は呻いた。
目の前が赤く染まる――

「シてやりたくなる」
唇の端を少し上げて笑う、シャンクスの顔の下半分しか見えない。
どんな目で、俺を見ているのか……

シャンクスの右手が、俺の首筋から喉仏にかけての血管をたどる。
ゆるゆると血の道の真上を!

そのままシャンクスの掌は首の後ろへ回る。
束ねた髪で隠した盆の窪を押さえる。
脈打つ血流が、全てそこへ集まってしまいそうになる。

「……だめだ、シャンクス!」

痛みと快感がないまぜになって、皮膚が粟立つ。肉がつる。

あの日……
シャンクスの手を取ったあの時から、立ち現れた“現実”
全てはシャンクスがくれた―――
彼がいなければ始まらなかった。

俺は
こうして縋りつく以外に、何を彼に返せるのだろう……


「ベン?」
ゆっくりと、シャンクスの背に手を回すと彼は身を捩り、くつくつと笑った。

俺が反応を返すと、コトを起こすと、
シャンクスはとても嬉しそうな顔をする。
翠の瞳が大きく開かれ、たださえでかい目が、真っ直ぐに俺を見る。

……顔、だけではない。全身の筋肉がほどけて、彼の重みが直に俺に掛かる。
剣士にあるまじき無防備さで。
まるで、子どものように……
そうだ、あの時も、そう思ったのだ。
子どものおおらかさで、世界をその手に載せている男だと――

会ったばかり、敵である俺を誘った。
「俺の船に来いよ」「俺の仲間になれよ」

「ベン」


あんたが俺を呼ぶ。

「ベン、俺の副船長」
とてもとても楽しそうに。喉の奥を鳴らしながら。俺の名を呼ぶ。

あんたがくれた俺の名前。

「ベン」

あんたの声が俺を満たし、あんたの声が俺を作る。
あんた無しでは、いられない。
シャンクス、俺の……



空は………蒼かった。

満開の桜の上にかかる、鎌のような三日月。
さながら月から落ちてくるかのように、後から後から花びらが散る。
シャンクスの上にも散る。


2002.2.9




☆ 異次元としか思えない暗〜い出会い篇を考えてたら
  煮詰まってしまって(--;)
  少しはハッピーにしたくなりましたの。
  「これ、ハッピーか」と異論もおありでしょうが
  少なくとも1名は幸せなようだから、よろしいんじゃないかと。

このページの素材一式は「トリスの市場」様からいただきました。
「花と蝶」の「櫻」のセットです。
というか――
このセットに触発されてコレはこの形になったと言った方が正確ですね。



右上の「×」を押して、お帰りください。