紅蓮   chapter 5   











 終わりの始まりは、突然だった。
 風に乗って伝わってくるはずの金属音も
 地の底から響いてくるような蹄の音もなく
 帝都は、一瞬にして赤く染まった。

 それが始まりだった。

 難攻不落を誇った城塞都市は、あっという間に敵の手に落ちた。


 敵―――それが誰か分かったときには、
この国は既に国家としての体を成していなかった。

 ■■は、かろうじて戻った細作の報告で、それを知った。
北の蛮族が、南の海の賊と手を結んで、四囲から襲ったのだと。
内通、寝返りが横行し、あっという間に都は落ちたと。


「…ご苦労だった。
 たった今、お前と吾との契約は破棄する」
 一礼した黒い影は、そのまま闇に消えた。



 窓外は、既に異様に赤い。



■■は、牡丹園への戸を開けた。
 空が、一気に赤くなる。モノの焦げる臭いに充ち満ちていた。
都の陥落と共に略奪が始まったのだろう。
暴徒と化した民は、いずれここにも押し寄せるだろう。
 都の空を焦がして燃え上がる炎が、牡丹の群をも赤く染めている。



「駆けつけないのか。陛下とやらのところへ」
「…今さら行っても、どうしようもあるまい」
彼が命じられたのは、繁栄を誇った国の権力の中枢に食い込めということ――
滅びてしまったものに忠誠を誓う必要はない。



「やっぱりな」

「…?」

「ほっとしたって顔してるぜ。あんた」

「あんた、薄々気づいてたろう。こうなること」
「滅びてもいいって思ってたんだ、こんな国」



 否定、できなかった。
 そうだ、思っていた。
 この国が滅びてしまえば、自分があの男に屈する必要もないのだ。
この国の威光のおこぼれを得てこいという父の命に背くこともない……



「…どうせ、おまえの仲間なのだろう」
「分かった?」
 にぃと笑う、その表情は見覚えのないもので、けれど、これもまたシャンクスなのだ。

「別にね、この国に恨みがあるわけじゃなかったんだけどさ」
 シャンクスの目が、細められる。けれど、そこから発せられる光は、
三日月のように■■を射抜いた。
「だけど、この国の奴等、俺の船に乗ったヤツの家族を処刑しやがったんだ。
海賊になるような息子を育てたのは、家族の責任だ、なんて抜かしゃがって」
 心底忌々しそうな声。
「家族を楯にアイツの決めた道を邪魔しようなんて、サイテーだ。
だから、北の奴等に手を貸したんだ」

「これでも俺ぁ、頭なんでな。部下を泣かせたまんまにしとくわけにゃいかねぇ」
 に、と笑う顔は、とてものこと海賊にも海賊頭にも見えなかったが、
■■は、得心がいった。
あの刻――初めて会ったときの毛が逆立つような感覚は――こういうことだったのだ。



「…その海賊頭がなんだってあんなところにいた?」
「あれは、ほんのお・遊び」
「…馬鹿な。遊びであんな真似を」
「まぁな。ちと酔狂が過ぎたとは思うけど」
 照れたように、鼻の頭を掻く、その動作にも、緊張感の欠片もない。

「けど、おかげで、あんたと会えた」


 後悔はねえよ、と笑う。まったく悪びれないその顔――
「なぁ、オレと来ねえ?」

「…なんのために?」

「言ったろ。あんたのこと気に入ったんだって。
一緒に来て欲しいんだよ」」

「…吾が嫌だといったら?」

「バーカ、オレは海賊だぜ。欲しいものは奪う。
どんなキレイなもんだろうと、どんな高価なもんだろうと、邪魔するもんは、どかすまでよ」

 にっと唇がめくれ上がり、刃が踊った。
 盛りの花は打ち付けられた刃の衝撃に耐えきれず、花びらを撒き散らしながら落下した。

「無茶を。
 この苗1本が、どれだけの価値を持つと」

「関係ねー。
 オレが欲しいのは、あんただけだ」





 剣が…鈍く光っていた。
 目が離せなかった。
 光る剣から――
 赤い髪の海賊から――








 裏戸の向こうから、馬の嘶きが聞こえた。
 蹄の音も。

 扉が大きく開かれ、二頭の馬が牡丹園に侵入してくる。

「失礼を、■■様」
 手綱を取っているのは、執事のイェンだった。

「無事だったのか、おまえ。他の者達は?」
「皆逃がしました。今頃は城外でしょう」
「それより速く馬に」

「…なぜ?」

「北狄が来れば、あなた様とて、無事にはまいりません。それくらいなら、お行きください」

……その、海賊と…
 そう言うイェンの口元は、微かに歪んだ。


「お行きください」

「なぜ、おまえが?」

「私は確かにただの使用人ではありますが」
執事は初めて微笑んだ。自嘲ではない、年齢を感じさせる笑い――

「あなたを大切なご主人と思うておりました。
幸せであってほしいと思っておりました」

「あなたの幸せがここにはない以上、お引き留めするわけにはまいりません」
「どうぞ、あなたの行きたい地へ」


「行くぞっ■■」



 お幸せに、私の……

 切れ切れに聞こえてきた執事の言葉。
 若い主人への手向けの言葉。


「あいつ、おまえを愛してたな、息子のように――」

「知らなかった…」

…知らない。そんな愛など、吾は知らない。
 他人が近づいてくるとき―――それは吾の躰か家名に用があるものと決まっていた。
召使い達はみな父と王の意を受けて、■■を見張る者で……味方など一人もいないはずだった。


「おまえは愛されてたんだよ」

 お前自身は知らなくたってな。
おまえの屋敷は、暖かかった。
召使い達は、少しでもおまえに良いように気にかけていた。
おまえが苦しんでいるのを、悲しんでいた。
 誰もが口に出さなくても、抱きしめることはなくても、おまえのことを愛していたよ。


 阿鼻叫喚と言ってよい喧噪の中、
■■に届くはずもない言葉を――それでもシャンクスは言い続けていた。

港には、小舟が待っていた。
留め立てする兵士は一人もおらず、港は完全に海賊達の支配下に入ったらしい。
この国は、既に“無い”のだ。




「みんな揃ってっか?」
「あんたが最後なんだよ。ったく。バカ頭っ」
 シャンクスは器用に舷側を乗り越え、呆然と自失している■■を引き上げた。



「出発だ」
 戻ってきた頭の指示に従って、たちどころに帆が広げられ、
船は、あっという間に港の外へと滑り出していく。



――ここからは、悲鳴も剣戟の音も聞こえない。
ただ、燃え上がる炎と炎に照らし出された楼閣のシルエットだけが見える。




「さらば、だな」
 シャンクスは、独り言ちた。
 イースト・ブルーの古き都――
 あんたにゃ、何の義理もねえが、
こいつと出逢わせてくれたことだけは感謝するぜ。




















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2002.7.26





☆ 何とか先が見えてきましたので、初っぱなの部分だけアップ。
  こーゆーお話です。
とっても暗ーい出会いでございます。
お嫌な方は、申し訳ありませんが、帰ってくださいませね。

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