「すげー、これみんな牡丹?」 「…ああ」 まるで子どものように、はしゃぐ声を背に■■は歩を進めた。 一面の牡丹だらけの牡丹園。赤や白は珍しくもないが、 黄色の牡丹となると、おそらく屋敷の一つや二つ購えるほどの代物だ。 好事家ならば、天井知らずの値を付けるかもしれない。 ■■が故国から携えてきた王への朝貢品の一つだ。 いや、いっそ■■本人とともに、と言うべきかもしれない―― 牡丹も■■も、己の意志に関係なくこの国に来ることになったのだから。 「すげーや。いろんな黄色があるんだな。牡丹なんて、赤か白しかないのかと思ってた」 「…この国の牡丹はそうだ。 黄色の牡丹は、ウェスト・ブルーで生み出された改良種だ」 「なあなあ、なんで、アレ切っちゃうんだ?せっかく一杯蕾付けてるのに」 剪定している場面が不思議でならないらしい。 …全く…当節、子どもでさえこれほど好奇心剥き出しの顔はすまいに。 そう思って、■■はふっと気づく。 それは、己がそんな子どもしか知らずにきたせいかもしれない、と。 自分自身がそうであったから? 「…牡丹は本来多くの花をつける。だが、それでは大輪の花は望めない」 「…だから、一つの株で最も見込みのありそうなものだけ残して、 他の花は蕾のうちに切り捨てる」 「よく知ってんなぁ。あんたって、牡丹も育ててんの?」 「…自分で育てたりはしない。 だが知識無しでは、職人どもにバカにされる。 手を抜かれても、分からんのではな」 「そうかぁー育てたこともないヤツがあーだこーだ言う方がバカにされると思うぞ。 見張ってなくたって、誰もサボりゃしないよ」 「…なぜ、そう言い切れる?」 「だってよー」 若い海賊は、牡丹に顔を寄せた。黄金の花びらの上に、赤い髪が落ちる。 「こんなにきれいなもんなんだぜ? きれいに咲かせてやろーと思うもんじゃねぇ?」 にっと笑う赤い髪の下の白い顔。 大輪の牡丹の花よりなお綺羅綺羅しく、■■は、目をそらせなかった。 「なぁなぁ、似合う?」 ぱたぱたと長い袖を振り回し、シャンクスが叫ぶ。 「なあってば!どっかおかしい?」 「…どこも、おかしくなどない」 「だって、おまえ、全然俺のこと見ないじゃん。 ンなみっともないのかよ」 駄々っ子のようなシャンクスの言いように、 「お似合いですよ」 着替えを手伝っていた婢女が笑いながら宥めにかかる。 その声には、純粋と言ってよい好意と賛嘆が込められていた。 ――実際、似合ってはいた。 ■■と同じ、ごくオーソドックスな長袍だが、色が違う。 鮮やかな朱の地に牡丹の地模様。 肩から胸元に書けては、地模様の牡丹が目立つよう、 その輪郭を撚り金糸で刺し詰めてある。 悪趣味なほど煌めく金が、シャンクスの赤い髪にはよく映え、 日に焼けてなお深い部分は白い肌と、翠玉の瞳を引き立てる。 赤い髪に赤い服なら、或るは――と選んだ■■の目論見は、完全に外れてしまった。 かといって、今更他の衣装に替えるわけにもいかない。 王が指定した刻限までは、あと少ししかない。日延べすることもできない。 「怪我人を御前に出すわけには」と引き延ばし続けて一週間目の今日、 王は医者まで寄越したのだ。 なんとしても召さずにはおかぬという意志の発露―― それを感じたからこそ、やむを得ず、■■はシャンクスの支度を整えた。 なのに、シャンクスは何とも思っていないように見える。 ……海賊のくせに――己の無防備の代価を払うがよいのだ。 王の寝室への長い通路―― 通い慣れたそこを、■■は周りなど見ずに進んだ。 すぐ後ろには、シャンクスがついてきている。 吐き気がした―― 後ろから手が伸びてきて、■■の腕に当たった。 振り向くと、シャンクスの顔が間近にあった。 少し背伸びして、■■の顔をのぞき込んでくる。 「大丈夫か?あんた、すげー辛そうだ」 「…構うな」 ……辛い思いをするのは、お前の方だ。 そして、そうさせるのは、自分―― 赤子のように真っ直ぐに自分を見つめてくる――シャンクスの目。 このまなざしは、今夜限りで失われるのだ。 この夜が明ければ、この男は、二度とこんな目で己を見はすまい…… 固く重いものが胸元にしこる。 ■■は唇を噛んで足を速めた。 ――どうせ失われるものなら、早々になくなってしまえばよいのだ。 所詮、海賊――兵士達にさえその身を許していたものを―― 「これほどの赤とはのぅ」 享楽と豪奢に慣れた王の声音にさえ、感嘆の色が露わだ。 「『牡丹は丹を以て最高と為す』と言うが」 椅子に座ったままの、王の皺んだ指が、 シャンクスの顎を挟んで上向ける。 傲慢なそれにも、シャンクスは、逆らわなかった。 口元の笑みも消えない。 「艶やかな牡丹よの」 指はそのまま首筋へ下り、襟の合わせ目から胸元へと滑り込んだ。 ■■は、じっと見ていた。 シャンクスの肩が露わになるのを。 耐えきれない膝が床につかれるのを うち捨てられた花のように、その体が頽れるのを。 「…吾は………」 「まずは、手を貸してくれよ、■■」 何の隔意もなく、左手が伸ばされる。 「それから、今夜くらいはあんたのベッド貸してくれるんだろうな。 これで床に寝ろってのは、人非人だぜ?」 笑みさえ浮かべたその目は、昨日までとまるで変わってなかった―― この夜、■■は初めて、自らの意志で他人を同じ寝台に入れた。 手当をし、着替えをさせたシャンクスに寝台を譲り、 別室に向かおうとした■■を、シャンクスが引き留めたのだ。 二人だって、十分広いぜ? |
| 2002.7.25 |
| ☆ 何とか先が見えてきましたので、初っぱなの部分だけアップ。 こーゆーお話です。 とっても暗ーい出会いでございます。 お嫌な方は、申し訳ありませんが、帰ってくださいませね。 |
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