令和7年 9月...11月30日配信
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俵津文楽の公演風景です 田舎暮らしのおすそ分け

思いつくままに

このところ何につけても異常が当たり前のようになっているが、その当たり前に乗って言うならば、今年の
みかんの味は異常である。
どのみかんを食べても、吐き出すのが惜しいくらい、美味しい。私も商売五十年みかん作りも三十年位した
がこんな味になった年は、初めてである。
以前にも何度か書いたことがあるが、美味しいみかんとは糖度12度酸度0.9度甘味比13.3が一番おいしいと
されている。今年のみかんはどれもその範囲に入っていて さらに料理で言うもうひと味味を引き立てるため
の、隠し味も添えられているようで最近はやりの高級柑橘にも、負けず劣らずの味なっている。
この春徳島の高専に進学した孫娘がみかんが食べたいと言うので一箱送ってやったところ、その辺りにいた
寮生数人が寄ってきて、大半を食べてしまったと言う。皆口々にみかんはみな同じだと思っていたが、愛媛
みかんの味は格別だと言っていたとか。
私も肺がんを患わないでみかん作りに励んでいたらいたら、こんなみかんに出会えてたのにと思うと、少し
ばかり侘しさがこみ上げてきて、膝から力が抜けていくようである。
今年のみかんは甘いだけでなく何かしら今までの常識と違って、いるところがある。
着色は遅れてはいるものの昼夜の寒暖差がない時には、白ぼけた色具合になるものだがそれがなく多少の気
がかりはあるものの、まあ普通である。
今年は不作と言われ高温で大玉傾向が強く収穫時には浮皮(皮と実が離れポカポカになる)が心配されたも
のの、それもあまり見当たらない。
日差しが強く日焼け果が多く出ると思っていたが、摘み落としたものだろうかそれもあまり見かけない。ど
こをとっても例年とは、どこか違っているのである。
今年はお天道様のご機嫌がよく、少しばかり喜ばしてやるかと言ったところかもしれないが、まずはめでた
しと言ったところである。
しかし高級柑橘紅マドンナにクラッキング(軸の周りにひび)が出始めていると言う。これが出ると腐敗が早
く摘み落とすしかなく、そうなれば大変なことである。そうならないよう紅マドンナの生産者は、戦々恐々
の日々を過ごしていることだろう。
温暖化で何かと将来に暗い思いしか抱けない今日この頃であるが、今年はその作柄でわずかばかり薄日が差
しているようで農家に少しばかり、希望を与えているかもしれない。
みかん最盛期の頃この時期になると、休日などには一族郎党総出でみかん摘みに精を出し、摘んだみかんを
山から降ろす運搬機の音が鳴り響き、その響きは生産者の喜びの発露に感じられたものである。
それが今はいつみかんを摘んでいるのかと思うほど、静かである。
昭和三十年代三千人いた集落も今では八百人と激減し、ジジババだけ元気な過疎の集落となっていった。後
三十年もすればそれが三百人に、なると言う。
そうなればみかん作りはおろか集落の維持自体が出来るかどうかが問われる、事態である。
集落を維持していくための最小単位は隣近所の五六軒である。遠い親戚より隣りの近所と言われてきたよう
に、時には親戚よりも重要な立場であることもあった。
冠婚葬祭はもとより何かにつけ切っても切れない絆で、結ばれていた。ところが最近の急速な過疎化て゛次
々とその存在を失い、硬い絆も失われつつある。
もっと深刻なのは墓地の荒廃である。人がいなくなることで墓地の管理も手薄になり、放任されている墓
地も、見受けられるようになってきている。
もはや我々世代が日の暮れるのも忘れて遊んでいた時代は、遠い思い出にくるまれて 鮮やかに輝く万華鏡の
世界に、入っているのかもしれない。
私も肺がんを患って丸二年になる。昨年の今ご゛ろには来年は天井を見上げて暮らしているだろうか想像し
ていたものだが、何とか自分の足で歩いている。
水飲み百姓の子倅に生まれ赤貧に耐え困苦欠乏を忍び、三人の子供たちを大学にいかせやっと人並みの生活
を手に入れたと思った矢先の、肺癌であった。
私にとって肺癌よりもそれによってみかん作りを断念しなければならなくなることは、つらい選択であっ
た。
残された余生をみかん作りとともに柔らかな畑の土に腰を下ろし風の音に耳を傾け青い空を行く雲に目を細
め過ごすことが、私の目指す究極のみかん作りであった。
みかん作りから離れ二年余りになるが、楽しい思い出は何も思い出せず思い出すのはつらかった思い出でだ
けである。
そんなみかん作りに何の未練があるのか、私自身良く分からない。しかし紅く色ずいたみかん山を目にする
につけ侘しさがこみ上げてくるのは、死ぬことは怖くないと言いながらもやはり死の恐怖が、どこかに潜ん
でいるのだろう。
春先に芽を出した新梢の赤子の手のような柔らかさに、何と言う心地よさかと一人心和ませた、ことがあっ
た。
今にして思えばこれが私の人生で得た、一番の喜びであったかもしれない。それがみかん作り言いかえれば、
田舎暮らしの良さかもしれない。




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