令和5年  ・・・・6/30日配信
左上・・・上の矢印部分アゴといいます
右上・・・矢印が摘果するみかんです
左中・・・
右中・・・
左下・・・
一番下・・・白線より上は全摘果します。樹冠上部摘果と言います

田舎暮らし 田舎暮らしあれこれ

梅雨入りと同時に二個の台風が発生し土佐沖を通り東へと、抜けて行った。この時期二個の台風の発生は珍しいことではないが、いずれも東シナ海を通過後大陸方面へと行くのがこの梅雨時期の台風の行動、パターンである。

しかしフィリピン沖で発生した台風がその後土佐沖を経て東方面に行く手を変えるのは、大抵秋台風の通過コースである。それがこの梅雨時に土佐沖を通過し東へとは、やはり気象に何らかの変化が起きていることの、証ではないか。まして線状降水帯の発生による東海地方の豪雨災害などは普通梅雨末期に見られることでこの梅雨入り時期には、あまり見られないことであるがこれなどはどう理解したら、良いのであろうか。

私どもの地方に、ナガセ(梅雨)の台風、船はヨモギ(よもぎ餅のヨモギ)につなげと言うことわざがある。その意味はそれほど風は強くないと言うことであるが、思い出してみても大抵はそのとおりのようである。

梅雨時の雨は山や畑が流されなければ多いほどいい。しかし梅雨末期などにはこれでもかと言うような雨に見舞われ、アゴやギシがぼっちり(僅か少し)づつ崩されそれが僅かだと言っても、水を含んだ泥を除去し手直しするのは、手作業では骨の折れる、作業である。いろいろと道具のある現在でこうだから、先人たちの味わった難儀のほどは、いかばかりであったであろうかと、その苦労がしのばれる。。

人は相似たり花は相変わらずと言う田舎暮らしの中で、私どもの暮らしぶりの中で台風の身勝手な振る舞いも、またかわらないもののひとつである。

変わらないとは言え暮らしぶりは大きく変わった。思い起こせば私達の子供時代(昭和30年代前半)犬や猫と言わず子供たちも大抵、放し飼い状態であった。そんな中で野良犬を、てごちょったら(からかって)いきなり追いかけられ、それがトラウマになって今でも犬は、苦手である。

そんな子供時代を振りかえってみれば、電話などは80軒余りの部落で1台だけで、あった。それも個人の所有ではなく部落の物で1年ごとに、各家で持ち回りだった。私の家が当番だった時などには、電話がかかってくると数百メートル離れたその家まで走って「電話がかかっちきちょるで」と、知らせに行ったものである。

現在はどうか。各人携帯電話一台づつを所有し、家の中に固定電話があるのにそのそばで、携帯電話を使っているような、次第である。以前携帯電話が普及し始めたころ、公衆電話の横で携帯を使っているのを見てなんと阿保やなと思った自分が、今は阿保なのだ。

先ほど子供などは放し飼いだったと書いたが、その当時は部落にバタンコと呼ばれたエンジンむき出しのオート三輪か一台あっただけで、車の事故など当然気にすることもなく、遊ぶことができただけのことで、放し飼いは必然的であった。

その車も今では各家に一台などと言ものではなく、各人一台の所有で多いところなどは五台六代所有しているところも、珍しくはない。ちなみに私の家は三人家族で、四台の所有である。

車は田舎暮らしでは何よりもなくてはならない必需品で、ある。例えば20数キロ離れた宇和島市立総合病院に診察に行こうとすれば、朝早く出れば車だと十時過ぎには帰ってこられるが、バスなどでいけば帰りが午後三時四時になってしまい、これだけで病気になってしまいそう、である。何しろ一時間とか二時間とかに一便程度しかないのであるから、それも仕方ないと言えば仕方ないのであるが、こんなところは田舎暮らしの最も不便な所である。

余談であるが宇和島市立病院とは日本で初めて腎臓移植を行った病院で、その第一号患者が私の三歳上の先輩だった。母親の腎臓をもらって移植し成功したとマスコミなどにも大きく取り上げられたが、術後一年で帰らぬ人となった。その時執刀したのが故万波医師で、のちのち病気腎移植で世間を騒がした人で、家の中は医学書が山積みだったそうである。そのせいなのか奥さんの生活は、極めて質素だったという。

不便だと言っても何らかの理由で車がない免許がないといった方たちだけで、大抵の方は不便さを感じていないのでは、ないだろうか。それどころか車を持ってる者たちはほとんどが他町のスーパーなどに買い物に行き、町の暮らしと変わらないのである。

ましてネット通販が普及している今日では、田舎だと言っても手に入らないものはなく買い物に関しては大方の不便はなく、皆つつがなく暮らしている。

しかし不便さが゛以前より少なくなったとはいえ、金融機関が郵便局一店舗だけとは、ちょっと不便である。

先月メールマガジンの運営をしているmag2へ送金しなければならなくて、郵便局のATMから振り込もうと思い郵便局のATMに行ったのだが、キャッシュカードがないと振り込めないと言うことで、隣りの街の銀行にまで行って振り込んだのだが、これには少しばかり不便さを感じた。

思えば信号機もなく喫茶店もない、ましてコンビニなど無くスーパーもない。あるのは山と海と風の音に鳥の鳴き声と老人車ばかりである。

当たり前のことだが人影はまばらでたまにいたと思えば老人車にすがって歩く、高齢者である。車と言えば枯れ葉マークを誇らしげ貼り付けた、高齢者の頼りげない運転する車ばかりである。当然我が道を行くと言ったような危なっかしい運転なのだが、これが以外と事故にならないので不思議と言えば、不思議である。言いかえればこれが田舎の良さかもしれない。

そんな田舎暮らしにもかかわらず最近移住してくるものが、増えていると言う。移住の動機は人それぞれだと思うが、私から見ればごく当たり前の田舎暮らしに、何かしら魅力を感じているからだと思うが、移住希望者の目から田舎暮らしをみれば、あちらこちらに金銀プラチナ黄金ダイヤが埋まっているように、見えるのかもしれない。

いずれにせよ移住者は大歓迎である。不便さを肴に酒を酌み交わし田舎暮らし論議に花を咲かせるのも、一興である。

そういう日が来るのを、心待ちにしている。




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