人形劇「三国志」

1982年から1年余にわたって放送されたNHKの人形劇三国志がケーブルテレビ系列で再放送されている。第一回が放送された日のネットへの書き込みは300件もあったので、今でも根強い人気の程が分かるというものである。次男の話では、この人形劇をよく覚えているというが、年齢的にはその後の再放送を見て覚えているのではないかと思われる。この人形劇がきっかけとなって、その後、吉川英治版三国志を2回は読んだという。

 この人形劇三国志は、68回の放送になっている。「三国志演義」立間祥介訳よりとあるので、羅貫中の原作(14世紀)をシナリオ化したものであることがわかる。原作は120回の話でできているから、ほぼ2回分を1回にまとめていることになる。したがって、原作に書かれていること全てを網羅してはいないし、多少は原作通りでない脚色もある。詳しくはこの放送にあわせて原作を読み直すことが望ましいのである。

 私がある歯医者さんの蔵書から頂戴した中国古典文学大系全60巻には、この立間祥介訳の三国志が収巻されている。ほかにも、陳寿(3世紀)の三国志が後に裴松之(4〜5世紀)の付けた注釈とともに列伝選として一部が収巻されている。この二つの三国志の違いは、前者は劉備玄徳を善玉、曹操孟徳を悪玉としているのに対し、後者は曹操についても善玉として扱っていることにある。この点に関して、これも歯医者さんからいただいた吉川幸次郎全集にある三国志実録では、曹操が残した漢詩を数首(ほぼ30首が現存する)とりあげて、その中に詠みこまれた曹操の人間観・治世観・人生観などからその人物像を描き出している。漢詩からは、曹操が決して乱世の奸雄・悪玉とは思えないのであるが、吉川幸次郎はもちろんそうした立場をとっている。 

 日本は今平和な国であるが、社会で起きている事象は、三国のころ同様乱世の様相がある。経済事犯、詐欺犯罪、政治家・役人の犯罪、窃盗・殺人犯罪が目白押しで、目を覆いたくなる。この社会現象の原因を一言でいえば、倫理・道徳観念の欠如にあるといえよう。

私の年代の少年時代は、すでに立川文庫の時代ではなかったが、岩見重太郎や源頼光、塚原卜伝の話などを子供向け小説で読んだ記憶がある。漫画雑誌も「おもしろブック」とか「冒険王」などだったが、いずれも勧善懲悪的な話や「弱きを助け強きをくじき、義を見てせざるは勇なきなり」のような話が多かった。子供に及ぼした影響は倫理観の面で大きい。

人形劇三国志は、善玉、悪玉を対照的につくられており、子供たちが見ても人としてのあるべき姿を自然に感じることができるようになっている。道徳教育が教育の現場でなおざりにされている今日、子供たちの倫理観の醸成にも役立つ人形劇だと思う。たかが人形劇といわず、子供たちに見てほしいのである。