東日本大震災と音楽界

3.11東日本大震災の発生と原子力発電所の津波被災によって、音
楽界も多くの影響を受けた。11日以降の頻繁に起こる余震と、福島第1・第2原発の停止による電力事情の悪化で、関東・東北での全ての芸能公演は中止された。日本の音楽界は東京が中心であるから、その公演の中止は、チケット販売会社が中止公演のリストを出していたものだけでも、3月中で15ページ200公演ほどであった。

4月に入ってからも、中止になる公演が多かったが、数少ない高知公演も影響があり、行くことにしていたエリック・ハイドシェックの公演が中止になった。私は、昨年10月に発売されたメトロポリタンオペラ(以下METという。)東京公演のボエームのチケット(6月8日)を買っていたので、成り行きが気になっていた。4月中旬METの理事会で、東京公演の実行を決定したとNYタイムスが報じたので、ほっと胸をなで下ろしたのであった。MET東京公演は5年ぶりで、ボエーム、ドンカルロ、ルチアの3曲がそれぞれ4公演行われることになっていた。来日する総勢は、300人になるということであった。

折角東京まで行くのであるから、オペラの前日7日におこなわれる、マーラー・チャンバー・オーケストラによるマーラーの4番のチケットも購入していたので、この成り行きも気になっていたが何も連絡がなかった。5月に入ってから、METの指揮者のジェームス・レバインが体調不良により、ファビオ・ルイージに替わった。公演1週間前の6月になってから、ボエームのミミ役アンナ・ネトレプコが放射能汚染の危険を懸念して来日しないことが報じられた。

私ども夫婦は、ネトレプコがイギリスのPRMS(プロムス)のラストナイトコンサートに出演した時からのファンで、NHKが放送した彼女の出演した全てのコンサートやオペラを見ていた。中でもボエームは、録画して何度も見ており、それで東京公演のチケットを購入したといういきさつがある。6月に入って、はがきで来日しないとの通知が来たときは、落胆著しいものがあった。多くのファンが同じ思いであったであろうが、代役はバルバラ・フリットリになった。フリットリは、昨年この役をヨーロッパで歌って好評であったし、カルメンのミカエラ役を歌ってそれが放送されたばかりであったから、その実力は折り紙付きであるが、成田屋が成駒屋に替わるようなものであった。お目当ての役者が替わると楽しみと困惑が合い半ばするのである。

今回フリットリは、ドンカルロのエリザベッタ役を歌うことになっていたので、その方も役の入れ替わりがあった。もともとオペラは、生身の人間がすることであるから、体調不良で代役が立つことは随分とあり、新人の代役が大当たりをとって、一躍有名になるというエピソードが珍しくないが、フリットリはすでに名声を得ているからその点では安心である。他にも主役級の来日が中止となって、急遽代役が用意されたが、どの代役もMETの舞台を経験済みで、名の知れた歌手ばかりである。

6月8日NHKホールでのボエームに、期待通りの感動を受けた。引っ越し公演では、舞台装置が簡便なものにならざるを得ないが、METはそのままの舞台を持ち込んでくるからすごい。2幕の町中の場面などの通りの人数は、50人はいるので、NHKホールの舞台が狭く感じられるのである。東京初日の舞台に、ブラボーとスタンディングオーベイションを惜しみなく贈り、心地よい余韻を味わいながらホ−ルを後にしたのであった。