薬師谷温泉 嵯峨野   宇和島市川内甲2547-1

営業時間:10:00〜23:00 無休

 宇和島の南東の郊外、薬師谷渓谷の手前に平成9年にできたのが、薬師谷温泉−嵯峨野−である。周辺の南予の町にはあるのに対し、今まで宇和島市には温泉浴場が今までなかった。それは、温泉がでなかったというより、土地に余裕がないこと、人口の割に多い街の銭湯の生活文化があったことによるのだろうと考えられる。
 薬師谷渓谷は、宇和島中心部からは少しはずれているが、南予アルプスとも呼ばれる鬼ガ城山系の山懐にあり、渓谷の美しさは定評がある。数年前までレストラン経営が中心だった株式会社嵯峨野は、大洲に続いてこの地にも温泉浴場を創設した。大洲の「ゆうゆう嵯峨野」の場合、八幡浜市と大洲の中間点R197号線沿いという絶好の場所にあるため、とてもはやっているという。実際、聞くと大洲の人にも八幡浜の人にもなかなか評判がよい。しかし、温泉浴場としては、泉源から遠く露天風呂のまわりの自然にも浴場にも、中途半端な部分が目に付く八方美人的なものであった。ということで、うわさは聞くが、薬師谷温泉もたぶん似たようなものだろうと平成11年秋まで、あえて訪れることはなかった。

 宇和島の南の国道56号線は、渋滞の多い地帯であるが、現在高速道路が整備されつつある。その国道56号線から薬師谷川ぞいに1本道を数km登っていくとこの温泉浴場はあるという。その分岐にはどこかで見たことがあるようなリアルで無機的な看板が立っている。あの国道197のハジとまで言われる「ゆうゆう嵯峨野」の看板とはえらい違いだ。
 しかし、この道は狭く、人家も十分有り、道路横の溝はぱっくりと開いている。かなり神経を使って、やがて、2つの大きな駐車場を持つこの温泉浴場にたどり着く。

 駐車場から一登りすると、入り口であるが、ちゃんと色あせた屋号ののれんがかかっており、それらしき渡り廊下進む。それからは「ゆうゆう嵯峨野」とよく似ている。土産物も置いてある独特のちょっとさめた雰囲気のフロントで680円(割引プリペイドカード有り)を払う。立体的で説明がないとわかりにくい通路を通り、男湯へ向かう。ゆう湯嵯峨野と違い、男湯は男専用の浴場のようだ。意見が分かれるところではあるが、男と女では温泉浴場に求めるものは違うと考えられるので、私としてはこの方が好ましいと考える。脱衣場の前には写真のようなちょっときどった洗面室がある。脱衣場は、高いロッカーで空間が切り刻まれている。最近、私は脱衣場の空間の精神的な効果を意識してみることが多いのだが、正直言って不安感が募り、落ち着かない脱衣場であるような気がする。とはいっても、もしかすると対称的に暖かく開放的な浴室を強調する工夫かも? 中途半端なテレビのある空間にはビールなどの自動販売機がある。浴室内に缶入れがあるところを見ると、ビール片手の入浴も想定されているのかも。

 ゆったりした浴室にはいると、あまりよそでは見られないタオルかけというものがある。(実際、1つもタオルはかかってなかった)壁はちょっと色の違うレンガ風のタイルをランダムにうめることで暖かな雰囲気が漂っている。多種多様な石が、かけ湯を中心におもちゃ箱をひっくり返したようにさまざまな位置に配置されている。奥にあるバブル系の浴槽、広い白湯の浴槽にも意識的に控えめに自然石が配置してある。全体のバランスを見ると、それぞれの石の良さを十分に生かしているとまではいえないが、設計(施工)ではおそらく若手の職人が、いろいろと考えて石を配置しているような気したように思える力作である。このような暖色系の浴室はなかなか居心地はいい。ただし蒸気抜きのファンの音があまりにうるさいのには閉口する。

 サウナは遠赤(約100℃)で、広く、さらりとした新しいマットが敷かれている。一般にサウナのテレビのチャンネルはおまかせであるが、ここはリモコンが入り口に置いてある。サウナの前の水石風呂は石風呂となっており、なんと水の温度のデジタル表示(16℃だったと思う)まである。最近は水風呂の水温にまでこだわる客が多いが、ここの水風呂は表示までしているだけあってきわめて冷たかった。

 打たせ湯もなかなかよく、ご満悦で外の露天風呂に向かった。外壁はこての跡の残るざっくりとしたもの、暖かい板床に木のリラックスチェアもある。露天風呂は2つある。縁が木の露天浴槽、奥には湯が吹き出る石造りの浴槽である。奥の石風呂は苔むした大石、すぐ下には谷川が流れ、正面に趣のある本物の雌滝と絶好のシチュエーションである。同じ湯銭でゆう湯嵯峨野のただの人工林に対して、これほどの差をつけて良いものか。上にある女風呂との差も心配するくらい優れた景観である。新しいだけに実際の浴槽のすぐ下の石には違和感を感じるが、年月を重ねるに従っていいものとなっていくだろうと思う。私は木の風呂が好きなので、露天風呂としてはきわめて珍しい縁が木の風呂でゆっくりくつろいだ。こころなしか湯もアルカリ泉として良質の湯のように感じた。女湯の露天風呂は石風呂が一つで、開放感の少ない一ランク下のものであるが、その性格上仕方ないともいえる。

 これらの野外の施設を結ぶ通路の手すりは何と、サルノコシカケ科のキノコの生えた自然木である。気持ちは分かるが、これにはちょっと引いてしまった。それを生かすならその木にきっちりとほぞを掘り、支柱をがっちり固定してほしいものだ。固定金具によってなんとかつながっているだけでは逆効果だ。さらにそのような自然木は劣化が進みやすく手すりとしては、安全面で不安な気もする。とはいってもこのようなサービスを考えて実際にやってみようとする気持ちは十分に評価したい。

 この自然木の活用や日本庭園的な美を求めたさまざまな工夫や配慮は、この施設の隅々にまでみられる。最も完成度はいまひとつではあるが..。よく見るとこの施設の屋根はスレートである。土地の形状が複雑なだけに設計は大変であったかもしれないが、建造物に無駄な金をつかわず、よりここの持つ自然を生かした設備にするといったはっきりとしたコンセプトが感じられる。総合的に見てその効果を上げているので、結果としてこの公衆浴場は自信を持って推薦するに値する温泉浴場と考えられる。ただし、松山市の一般的な温泉浴場が銭湯価格(300円)前後であることを考えれば、たとえ立派な施設であろうとも大衆用の温泉浴場としては、湯銭がちょっと高い。しかし、写真のようにさまざまなサービスをもうける努力をしている。湯銭の差別化は、私個人としては好きではないが、効果はあると思われる。また、交通の便の悪さについても無視するわけには行かないだろう。ただ、聞くところによると、この辺にはホタルも生息しているそうで、夏の初めの頃はここへ行く楽しみが一つ増えるのかも知れない。(平成11年9月20日)

 同じ系列の大洲の嵯峨野グループがH26に破産したことから不安に思い行ってみると、やはりここも廃業していた。いい温泉浴場だったのに残念。