清水温泉  八幡浜市向灘中浦3024  廃業

営業時間:15:00〜(19:00頃) 休日は1のつく日 

 この銭湯は、私の住んでいるところから現在最も近い銭湯の一つである。また、現在私が最もよく利用している銭湯でもある。
 この銭湯の良さの一つはその立地条件である。伊予の八幡浜といえば、日本でも指折りの港町である。その港町のらしい所は、漁港と朝の魚市場。その中でも私が最も好きな光景は、中型トロール基地である向灘周辺にある。ということで、銭湯まわりを始める前から、この向灘にはただ海と船を眺めるためだけにこの港を何度も訪れたものである。この清水温泉はその向灘の基部にあって、近年できた市民体育館(景観的にはマイナス要素)の対岸にヨットハーバーを挟んで建っている。
 銭湯に行くのは夕方である。この時、銭湯のすぐ前の渡海(とうかい)橋は、八幡浜で最もいいビューポイントになる。正面に真っ赤な夕陽、そして力強い漁船の向こうにトロール船の群、カモメの群れ飛ぶ空にやがて宵の明星が輝きだし、港は赤く染まる。山歩きが趣味で、高山の純粋な美しい夕陽を見ることが多い私でも、渡海橋の夕暮れにはしばらく足が止まる。人の営みと自然の美との調和の中に哀愁のようなものを感じるからであろうか。 写真は渡海橋からみた八幡浜港で、これだけの背景を持つ銭湯は県内で他に知らない。同様な意味でいい味をもっている伊予市の五色浜温泉や汐湯もこの銭湯にはかなわない

 私がこの銭湯に行くときは港に車を止め、港の景色を楽しみながらから渡海橋を渡り、ヨットの群を横目に向かう。入り口には派手なのれんもなく、見栄えも決して良いとはいえないが、季節の花の鉢がおいてあったり、山積みにした木っ端の束、ほのかに明るい番台のスタンドの暖色系の明かりなどになんとも温かい感じがする。

 番台に湯銭を置くと、開放感のある脱衣場の広いデスク風の席に座る。木製のロッカーもあるが多くの人が角籠を使って脱衣しているようだ。特にごてごてした装飾はない。正面上の「カメラ高級紳士服別仕立のアタゴ」の阿蘇中岳の高級写真のパネルが特に印象的だが、しきりの上にも「愛媛相互銀行」「菊池洋服店」の四行電話番号のある小さな看板もある。手洗いには「日本一」「セキネの自転車」と書いた鏡があり、乳白色の痰壺がしきりの隅にちょこんと置いてあったりしてノスタルジックで落ち着いた雰囲気がある。
 しかし、それに対して男脱衣場には大きなテレビもあるし、野鳥が時を知らせる(一度もその声は聞いたことはないが、時計に書いた英文からそう思われる)現代的な壁掛時計、電子体重計もあってそのミスマッチもおもしろい。入り口付近には、もう壊れかけてはいるがアイデアものの傘立て棒?もある。番台の上の「貴重品は番台え」の注意板にも味がある。ただ、平成13年夏まであった古いホームサウナの宣伝のポスターがなくなったのが残念である。でも、そんな、古いというだけで懐かしい物とともに、湯桶のキープ用の味のある棚(最近の背の高いシャンプーがあると入らない)が18あって、今も元気に生きているみんなの銭湯という雰囲気がこの銭湯の良い点でもある。ほとんど使う人もいないようだが、靴入れも伝統的な木製の味わいあるものである。

 浴室は中央に楕円形の白湯の浴槽があって、左右の奥に小さな浴槽があるよくある配置である。左奥の浴槽はバスクリンの入った電気湯である。私は何度も挑戦したが、なかなか強力な低周波電流なので、私にはどっぷりと浸れない。時おり、気持ちよさそうにおじいちゃんが入っているのを見て感心する。
 右奥がこの銭湯の看板である岩風呂になった潮湯の浴槽である。組まれた石はおそらく中央から小さな滝となって潮湯が落ちる構造であろう。岩風呂としてはそんなに大きなものではないが、潮湯としては十分な広さで、3〜4人の大人が体を伸ばすことができる。よく見ると手前の石に「造園師 寺ア廣石作」との銘が掘ってあり、その岩風呂が造園師のこだわりによって作られていることがわかる。数年前に水漏れの補修をして、できた当時と少し変わっているようであるが、潮焼けして黒ずんだ大小の石はバランスよく組まれていて落ち着く。
 またその後ろの壁は下半分が全面タイル絵である。海の中の様子を描いたものであり、海草や魚の配置もよく、小さな魚の目なども砕いたタイルが入れられていて手を抜いていない。ただ、3匹のエンゼルフィッシュ形の魚のみが場違いに浮いていて残念である。昔、一時期、エンゼルフィッシュが熱帯高級魚としてもてはやされたことがあったが、そのなごりだろうか。
 そして、この銭湯の最大の魅力は、ゆったりとした潮湯である。私は潮湯がこの上なく好きなのでこの銭湯に最もよく訪れる。愛媛県は道後を初めとする有名な温泉を有するが、いがり温泉などを除きほとんどは単純アルカリ性低張泉であり、その効能を冷静に考えれば、海水を温めて淋浴する潮湯の方が、私は勝っていると感じている。母なる海、羊水にくるまれているような心地様さは、潮湯だからこそ得られる感覚である。県内にも潮湯に入れる銭湯は数件あるが、ここの潮湯は最も広く気持ちの良い岩風呂なので落ち着くのであろう。今では珍しい蒸気ボイラー加熱のコトコト音を聞きながら、ここの潮湯に浸かるのは私の至上の喜びとなっている。

 天井には、中央に蒸気抜きがあって、さらにそれに立派な格子が入っているのがこの銭湯の特徴でもある。梁は鎖で補強されている。近年、天井も含め壁全体を空色にぬり、経営者がこの銭湯をどうイメージさせたいかがよくわかる。

 私が最初に訪問したとき、貸しタオルを頼むと、「そこに干してあるタオルを適当に使いなさい」と痩せた女主人に言われた。「お客さん、石けんは?」と聞くので、買うつもりだと言うと、「そこの石けんを使いなさい」と石けんも無料で借りることとなった。潮湯につかり、汗を流すだけのつもりではあったのだが..。
 H7.6月に行くと、せっかく楽しみにしていた潮湯が普通の湯に変わっていた。がっかりして、女主人に聞くと潮湯を取るための井戸を掘る人を捜しているという。以前もこの湯につかりながらこの潮湯はこの辺を掘って出てくる海水を加熱してつくると言っていた老人がいたのを思いだした。そういえば日によって微妙に塩分濃度が変化しているようである。

 この銭湯は、平成8年に聞いたときには9時くらいまで営業していると言っておられたが、現在では7時過ぎには片づけにはいるようになった。それは主人が体が悪いからだという話も聞いたが、とにかく客がとぎれるともっと早く閉まる場合もあるので注意が必要である。(H13.12.01)