小富士湯 (松山市 高浜町2-1458-6, 確認H7)

営業時間 16:00〜21:30, 休日は10日,25日

 高浜港と駅の交差点を北に数十mも行くと、バスの回転場があり、そこから、山手の方に車がやっと通るくらいの坂道が延びている。そこをしばらく上りながら右手を注意していると、すぐに銀色の煙突が見えてくる。この銭湯に行く広い道はないので、適当にその辺の路地を伝って反対側に回り込むと、のれんのある銭湯の入口(屋号の表示はない)にたどり着く。煙突は新しいようなので、活気のある港の銭湯かと思ったが、入ると番台には誰もいない。そのかたわらの棚は、ほこりをかぶっている。やっているのだろうか?ちょっと中に入ってみる。こじんまりとしているが、体重計と机と数脚の椅子がある。ほこりをかぶった福助が 見下ろす床板は、ガムテープで補修した後があり、がらんとして広く感じる。浴室に入ると、中央に楕円の浴槽があるほかには、カランが四組、蛇口が二つあるだけである。タイル絵も飾りも全くない、きわめてシンプルな銭湯である。湯舟に手を入れると、ちゃんと湯が張ってある。湯銭を置いて入ろうと、財布を出して小銭をちゃらちゃらさせていると、ここの主人らしい45歳位の男が忙しそうにはいってきた。「タオルや石鹸は持っているか」。タオルは持ってきていたので、「シャンプーでもあったら..」と五百円玉を渡す。「待ってくれ」と一度出ていった男は、おつりと石鹸を持ってきた。さらに「シャンプーは少し残っているからもうあげらい」と、脱衣場の横の物置のような所から、リンスインシャンプーを持って出てきた。そしてそそくさとまた出ていった。
 再び静かになった脱衣場で衣服を脱ぎ、湯舟にあごまでつかって手足を伸ばす。静かだったが、耳を澄ますと、ラジオから流れるかすかな音楽が聞こえてきた。デューク・エリントンである。時代を超えた独特の雰囲気に心地よくひたりながら、先日この高浜港から小富士に登るために訪れた興居島のことを思い出していた。1日かけて歩いたみかん畑の広がる小富士の麓と、山頂近くから見た石鎚山と高縄の山々。そして島の港の食堂で、腰の曲がった老婆が黙々と肉うどんをつくる姿が、「A列車で行こう」のメロディーにのって思い起こされる。と、奥ののぞき穴がすっと開き、しばらくして、女風呂に元気なおばさんが3人ほど入ってきて、長い静寂の時間は終わった。湯ははじめはぬるかったが、そのうち熱くなってきた。湯舟の下に20cmほどの四角い穴がある。右足をそっとつっこんでみて私は飛び上がった。そこから熱湯が出ていたのである。 着替えて出ようとすると、先ほどの男がスッと現れたので、石鹸を渡した。暗い路地を通って山沿いの車道まで出て振り向くと、銭湯の煙突の煙が遠く小富士の方に流れていた。