金亀温泉  松山市土手内121-1 廃業


 金亀温泉は北条市街の中心部にある。北条交番のすぐ南、土居田交差点のすぐ北に海に向かって入る路地がある。アーケードの壊れかけてているその路地を2〜3軒入るとこの銭湯がある。私はこの銭湯が営業中に一度だけ入浴しており、後に南海放送のテレビ番組製作の依頼を受けたときに地域性のある壁絵のある銭湯の代表として推薦した。しかし、連絡してみると残念なことにその少し前にすでに廃業していたのだった。でも、この貴重な壁絵だけは紹介したくて、平成10年6月20日、番組取材のために訪れた。
 さて、まずは、営業中の訪問記である。

 実はこの銭湯はなかなか見つからなかった。この辺りであるというのはわかってたのだが、どうしても特定できなかったのだ。夜の鹿島を眺めながら波止を歩き、やっとの思いで静かな空間の中で写真にもあるそれらしい煙突を見つけたときには心が躍ったものだ。早速玄関に回り込んだが休業日だった。次に曜日を変えて来てみる。「あっ、灯りがついている!」と、玄関前に立ったが物音がしない。どきどきしながらもアーケードの下の簡素な扉(写真)をそっと開いた。そんな不安一杯な私を番台のおばさんは笑顔で迎えてくれた。
 番台の上にはスピーカーと電灯がある。その前にはお稲荷さんが祀ってある。なつかしい木製のカギのある下靴ロッカーに靴を入れる。他に客がいないこともあるが、がらんと広い脱衣場である。中央に体重計、灰皿、奥にはトイレがあるが電灯はつかなかった。しきりの鏡の上にはこれまた懐かしいリカちゃんハウス(私の妹が持っていたなぁ)があった。浴室との間はほとんどガラス面である。
 浴室にはいると、真ん中にはなんと舟形の浴槽がある。これは他の銭湯には見られない演出であろう。この浴槽用の湯と水の湯口カランこそコンクリート製だが、青ペンキが塗られているこの舟形浴槽は木製で、本物の船で作ったように思える。奥には薬湯と電気湯の跡があるが今は使われていない。床は八角と四角のタイルが敷き詰められている。ドーム型の天井にはそれぞれ蒸気抜きがある。
 舟形浴槽にゆったりと浸かりながら正面の壁絵を眺める。この壁絵は多くの銭湯にあるような富士山でもアルプスでもなく、この銭湯のすぐ外に広がる北条鹿島の風景なのである。鹿島といえば、私が子どもの頃、愛護班の海水浴で行った懐かしの島である。風早の人はにちろん、昔は一大観光地だったこの島に愛媛県の多くの人はろいろな思い出があるのではないだろうか。
 タイルモザイク絵は色タイルの選定とバランスが難しく、間の抜けたものとなってしまうことが多い。ましてや1つの島と海とではのっぺりしてしまいがちなのだが、このタイル絵の鹿島には秋の色づく紅葉、手前の北条港には実際にはないタイプの灯台、そして、海の中ほどに客船をアレンジしている。空や海のタイルも適度な色で、バランス良くできたタイル絵となっている。客が少ないことには不安を覚えたが、私は十分に満足してこの地域性豊かな銭湯を後にした。

 さて、それから2年、ふとしたことから南海放送で私のホームページを見て銭湯を題材とした番組を作りたいとの提案があり、特徴的な壁絵を考えたとき、まず浮かんだのがこの銭湯であった。南海放送の確認でこの銭湯がもう止めているけど、取材は可であることを聞いて、うれしいような寂しいような感情を持った。
 取材で銭湯に真昼に訪れると、廃業して備品が散らばる内部(左写真)は何か見てはいけないものを見たような気持ちになった。さて、訪問記でも紹介した鹿島のタイル絵の由来だが、女主人に聞くと鹿島の写真を愛知県(瀬戸あたりか?)に送って特注したものであった。男湯と女湯とは左右対称な同じ絵で、オリジナルは女湯(だった?と思う)である。まぁ欲をいえば男湯のタイル絵は高縄山と風早の田園風景であれば地域の銭湯としては完璧である。番組自体は女主人の営業当時のインタビューなどもあってノスタルジーを感じさせる演出となったと思うが、私としてはこの番組を機に多くの市民の馴染みのあるこのタイル絵(できれば舟形浴槽のある銭湯全部)を歴史的文化財として公共施設の外壁にでも利用するといった保存運動が起こればいいのだがと少し期待した。銭湯の良さや絶滅危惧業としてのノスタルジーが注目され始め、廃業後レストランや喫茶店などに改築する例がみられるようになった平成20年頃なら実現可能な願いだったのだが...。
 銭湯内での撮影後、タイル絵と同じ光景を望むことができる北条の波止(左写真)に取材に向かった。銭湯のすぐ裏手の懐かしい光景の残る狭い路地を南海放送のスタッフと移動したのだが、若いアルバイトのカメラマン助手の女の子(専門学校学生?)がバッテリー類などの重そうな荷物を路地のあちこちに引っかけながらがんばって運んでいたのが印象に残る。夏至前日の6月のきつい日差しの中での鹿島の緑は濃くタイル絵とはイメージが違っていたが、まさにこれが北条を代表する光景なのであろうと感じた。