この銭湯の正面は写真のように白いタイルばりでいかにも銭湯といった門構えである。建物の横にも数台置けるが、正面の路地を入ると広い駐車場もある。中に入って、脱衣場を見渡す。特に目新しい物があるわけではないが広々としている。女湯の脱衣場へは、しきりが多く並んでいて、回り込むようにして入る。そこには写真のように赤ちゃん用の台や、フルヘッドのドライヤーが2台にベルト式のウエストバイブラーもある。女性客をいかにつなぎ止めるかが銭湯経営のポイントであることがよく分かる。
浴室に入って目が行くのはやはり壁絵であろう。男湯には、三保の松原から駿河湾越しに見たタイル絵の富士が壁いっぱいに描かれている。富士は簡単なようでそのすそ野の広がりの表現はなかなか難しいが、この作品は手慣れたタッチであり、手前の木造船、遠くにみえる二艘の帆船などもなかなかのものである。ただ一点、松の幹の質感にはやや不満が残るが、それは贅沢な注文であろう。女湯の壁絵もアルプスの前を流れる河の雄大なものである。主人は北アルプスではないかといっていた。私も北アルプスはかなり地域を歩いたが、これに似た風景は上高地の梓川か高原川しか思いうかばない。しかし、山の形も穂高や槍にしては特徴が異なるし、上高地や大正池辺りだとしても不自然なので、おそらく上高地を題材にして、ヨーロッパアルプスのイメージと合体させて作った絵なのだろうと思う。主人はこのアルプスの絵の方が好きであるという。これらの壁絵は、主人の話では愛知県か岐阜県の専門の業者にイメージを伝えて、絵柄を焼き付けて作ってもらったものだという。
他にも浴場には遊びの空間がある。それは、しきりの奥に組まれた丸みのある大きな青石である。取材前の訪問ではそこに鉢植えが置かれていたがなくなっていた。間が抜けているのに気づいたのであろうか。伊予の青石は、それ自体の主張が強い石なので、他の装飾の組み合わせは難しいのである。そしてその青石のあたりからはバブルジェットが出ていて、浴槽がひょうたんのような形なので、川が流れているように見える。そして浴槽の底には3匹の鯉のタイルが埋め込まれてあって、急流を上る鯉が演出されている。主浴槽の底のタイルは、パールタイルなのでお湯の透明感も強調されるし、色の変化も楽しめるようになっている。
現在の主人の実家は関前村で銭湯を家業としていたという。今治に出てくるにあたって、やはり自分の知っている銭湯業を選び、この銭湯をごっそり○百△十万円で買い取ったという。その当時この付近には昔は田園が広がり、鯉の養殖が盛んであったのが鯉池町の名の由来であるが、現在は鯉の養殖は行われていないそうだ。現在の建物は昭和54年築(だったかな)である。近くに高校がいくつかあるので、高校生がこの銭湯のメインの客なのだそうだ。最近はマンション経営などの副業もしていると言うことだ。
この銭湯では、若い人にも気持ち良く入ってもらうため、清潔さや明るさ、気泡湯やサウナなどの設備を、他の今治の銭湯に先駆けて取り入れるなど工夫しているという。銭湯は一時盛況だった時代に甘えて、将来を見据えた営業努力を怠っていたと指摘する人もいる。この主人は時代の流れを考えて、駐車場の整備や様々な設備の研修など、客のことを考えて内容面での営業努力と競争の重要性を盛んに話された。そのようなこのバイタリティーとリーダー性をかわれてだろうか、現在は今治の組合の代表をしているという。奥さんも細かなことにも良く気が付く方で、以前私が来たことも覚えておられた。取材活動や会話からみると互いの良さを引き出しあう、お似合いの夫婦であると感じた。とはいってもいろいろな苦労の末にそのような関係が作られたとも考えられる。もちろん銭湯産業の将来のこと、特にこの業種に共通する後継者のことなどの悩みは多いようでもある。やたらほめているようにもとれるが、それは飲み物や銭湯に関する資料や浴場用のケロリンの桶をいただいたからではないことを一応確認しておきたい。
さて、ここの燃料は、地元の製材所と契約して純粋に木材を使っているとのことである。製材業も今は苦しいが、廃材の処理という意味でも環境的な意味でも製材業との共存は好ましい。廃材を燃料とすることは二酸化炭素産出量=0として計算されるため、国際的な努力目標にも貢献していることとなる。現在、ここで出た灰はそのまま農業用の肥料としても使われてもいるそうだ。最近、管理がしやすいので石油を燃料として使うことも検討してみたが、良心的な製材所との取引の良さと、お湯自体の違い(マキ加熱の湯は、石油加熱の湯と比べて肌に優しく、良く暖まると言われている)によって、今のままで営業するとのことである。
南海放送の取材は、もともと男湯の富士のタイル絵を紹介するものであったが、入浴シーンも必要だということで、大河内智子アナが入浴するところもここで撮影した。メインが富士の絵であるため、男湯に入ることになる計画であったが、それはおかしいという意見もあって、結局女湯での撮影に落ち着いたようだ。小一時間もの間、取材や様々な話ができ、とても良い時間を過ごすことができた。忙しい営業前の時間を割いていただいたこの銭湯のご夫婦にはとても感謝している。