入って脱衣場に上がると、がらんとした広さを感じた。丸机といすが4脚、マッサージイスと体重計がある。しかし、ここの良さ?はしきり壁にある。上部に筒状の渋い蛍光灯(点かないかも)があり、腰の高さほどにある物置は、浴室の境にある洗面所の前で異様に出っ張っており、その下にはちゃんと鉄の支え柱が付いている。大鏡は「清酒豊稔」寄贈のものである。そして何と二桁の電話番号(91)の「洋服の京極」の広告がある。脱衣場正面上の注意書きも昭和23年のものである。天井には3枚羽のファンがある。
浴室の床はいろいろな色のタイルが敷き詰められてあり、側面は白タイルで、壁絵はもちろん飾りっけはほとんどない。浴室の中央に楕円の浴槽があり、奥のコックで注水・注湯している。この日はバスクリンが入っていた。右奥の浴槽は使われていないが、電気配線の跡があるので、電気風呂であったと思われる。しきりの上部には、今は珍しい木の枠に入れられたモザイクガラスがある。カランは黒に○印のもので、1つだけシャワー付きコンビネーション・カランがあるが、湯の調節が難しい。その近くに、女風呂側からしか開かない小さな四角い窓があるのは、石鹸などのやりとりをするところなのかもしれない。
銭湯の前を電車が通ると、小気味の良い音が響き、昔忘れていた光景をふと思い出したような気がした。(H8.4)
平成11年 三島・川之江地区の貴重な銭湯であるこの金子温泉も廃業したというメールが届いた。とても残念なことである。平成27年にここに来てみるとすでに銭湯の建物はすべて取り壊されていた。ちょっと落ち込んで入るといきなり踏切が鳴り始めた。しばらくすると予讃線の顔?であるアンパンマン特急が通過していった。これを見送りながら時代の流れを深く感じた。