まだ当時は川之江市だった平成8年4月、この銭湯を訪問した。左側の男湯の玄関を開けると番台には神経質そうな50歳ほどの男が座っていた。始業時間直後に入ったのだが、もうすでに老人が5人ほど先に入っていた。更衣室は一般的なもので、中央にベンチがありしきりの上に大型のテレビがドンと置いてあった。
浴室には2つの湯船がある。中央に青黒いマジョリカタイルでおおわれた楕円の主浴槽があり、それは半分に区切られており手前が浅くなっている。しきり上部から湯が吹き出ており、出口を防ごうとすると上に吹き上がる。右奥に湯ノ花の入った薬湯浴槽があるが、よく見ると赤ランプとスイッチ、配線の跡があるので、ここは電気風呂であったらしい。入口の傍らにプラスチックのイスと湯桶が置いてある。1つだけ赤の子供用にイスがちょこんとあって、その上には立ちシャワーの跡がある。洗い場のカランはシャワーこそないが宝製のカランがきれいにそろっていた。床はグレーで枠のあるタイルが敷き詰められており、側面は薄緑色のタイルで浴室は明るい。残念ながら壁絵やタイル絵などの装飾や広告もほとんどないが、東京芝浦工大の橋本博士の指導で作ったというハイスターという超音波気泡風呂の効能書きが誇らしげに掲げられていた。中央の噴き出す湯がそれなのだろう。
残念ながら平成20年このシンプルな銭湯も廃業することになり、昭和44年には11軒もあった旧川之江市の銭湯の歴史が閉じられることになった。平成27年に見に来たときには煙突は撤去されていたものの、銭湯の建物は残されていた。