銭湯の庭 Ver.1.0
浴室の奥に小さな区画に、箱庭のような空間をつくっている銭湯が松山市内の古い銭湯に多い。これは、壁絵などと違って、浴室の空間を犠牲にした遊びの装飾である。しかし狭い空間であるため日当たりが悪く湿気も高く草木の生育には悪い環境のようで、手入れする担当の者が変わるととたんに見苦しい状態になってしまうことが多い。温泉浴場の露天風呂にも庭木があるのが一般的だが、その維持管理がきちんとできているところは少ない。
右の写真は、私が最もよく利用した八幡浜の清水温泉の潮湯用の浴槽で、この岩風呂の岩には庭師の銘が掘ってある。よく見ると石の積み方にもかなりの技術があるようだ。このような岩風呂や露天風呂風の演出は多くの銭湯で見られるし、温泉浴場では定番の演出であり様々な工夫がなされている。
しかし、庭園ということになると、設計段階から考慮しなければならないし、小さな銭湯にとっては出費も馬鹿にならないだろう。おそらくそのような贅沢がはやった時代があったのかもしれない。湯出し口にくぼみをつけて、そこに季節の切り花などを行けている銭湯もあったが、そのようなわびさびのおもてなしの表現の一つとしてこの庭があると考えられる。これは季節の変化を生活の隅々にまで感じて愛でる日本ならではの文化なのだろう。実際、私が行った外国の公衆浴場は基本的に現実的な沐浴の場であった。しかしながら、せっかくの庭も今もその意図を満足させるのに十分なほど整備されているところは、もう数えるほどしかない。整備しないこの空間は、全く無駄になってしまう。水槽にして金魚を泳がしているものやつぶしてしまって壁の向こうの物置になっているものも多い。
さらに銭湯は夜に訪れることの多いので、夜になるとしずんでしまう。そのためライトアップが必要だが、効果的に光線を活用していると思うことは少ない。大画面テレビの技術が進む今日、この空間に大きなディスプレイが現れるかもしれない。さらに環境の酷なサウナですらテレビが多く普及しているのだから。新しい銭湯では、観葉植物を置いたり、造花や作り物の蔦で装飾する傾向があるようだが、とにかく植物があるだけで銭湯の雰囲気は大きく変わってしまう。同じ四国の香川県の直島にある銭湯は、その点過剰と言える遊び演出が成されている。参考にはなるがその落ち着きのない銭湯には二度と行きたいとは思わない。街の銭湯は癒しの空間であることが必要なのである。