町田氏によると東京ではカラン数が条例によって決められているそうである。愛媛ではそのような条例があると困る銭湯もあるようだ。温泉浴場や規模の大きい銭湯では島カランという独立した洗い場があるが古い銭湯では機能していない場合も多い。地方の銭湯では10組程度のカランが壁面に多いが、現状の必要数の2〜3組のカランしか使えない銭湯は珍しくない。ひどいところでは全部不良品の銭湯もあった。でも、その銭湯の雰囲気にもよるが、私は湯船からドバッと桶ですくって使うのが好きであるから、あまりカランの性能には文句はない。
シャワーにもいろいろあるが、やはり、ホース式やカランと一体式のものより、固定式のものが風情がある。15年も前、私が千葉で通っていた銭湯では洗髪料を別に取って記憶がある。今では洗髪は当たり前になってしまったからか、あえて洗髪料をとる銭湯はなかった。ただし染髪はどこもお断りのようであった。配管もその銭湯にとっては重要で、長い歴史の中で何度もやり変える必要があるものだ。そうなると壁も壊し、タイルもはがすことになる。ところが、越年変色した同じ色のタイルや壁はなかなか見つからないし、着きも悪い。というわけで多くの古い銭湯にはこの工事後の傷跡が残っている。
確かに脱日常の異次元空間を演出するという銭湯の大切な役割から言えば、問題あるが、丁寧に手直しされている跡を見ると別の意味で納得するしかないだろう。さらに驚くべきは、今は全て廃業してしまって観ることができなくなったが八幡浜と西宇和郡の銭湯の多くに空中配管が存在していた。これなら配管を変える場合でも管だけ変えればよいことになる。熱湯の通る管には竹(ばらした竹刀も)を巻いてあって安全にも配慮してある。安全上注意が必要だが、今の客の密度なら特に問題はないであろう。
また、小物として銭湯に書かせないのは座椅子と風呂桶だ。カコーンという銭湯特有の音もこれらの小物がもつ重要な役割なのである。写真のような木の座椅子はもうほとんどなくなっている。プラスチックの座椅子も写真のようなものから、今では現代的な物が増えてきている。大柄の私は高いほど使いやすいと思うが、スポンジマットが敷いてあるだけというところもある。銭湯の風呂桶といえば黄色いケロリン風呂桶だ。
これは昭和38年から内外薬品がケロリンの宣伝のために睦和商事から銭湯に安価に卸した風呂桶である。ところが販売元の睦和商事は平成25年に倒産してしまった。このケロリン風呂桶はよく見ると白のケロリン、ちょっと底の深いケロリンなどのバリエーションもある。私が知り合いの銭湯からもらったものでは、白のケロリンの他、タマゴシャンプーもある。
これをよく見ると黄色では漢字の「頭痛」が、ひらがな表記であるなどにも気づく。このような以前は絶大な宣伝効果のあったPR法である。ケロリンが頭痛薬だと知らない人も多いが、その名前だけは何度か銭湯に行った者なら頭に焼き付いているだろう。
宣伝といえば、他にも浴室内にいろいろとある。直接看板を設置している場合、注意書きの下にPRがある場合、そして最も多いのが鏡に書かれたPRである。電話番号の桁数を見るととんでもなく古いと思われるものもある。そんな銭湯は脱衣場も含めて今に生きる生活博物館であるといえる。
さて、右の写真であるがお気づきだろうか。私は大山祗の神を信仰しているので、三島神社があると一応参詣する。この写真は伊予三島にある由緒正しい三島神社であるが、手水屋をみると...湯屋カランがこんなところにあるではないか。日本じゅういろんな神社に行ったが水量調整ができにくい湯屋カランが使われているのははじめて見る光景であった。おそらく近くの廃業した銭湯のものを流用したのだろう。銭湯の廃業には何度もがっかりさせられるが、このような発見はちょっとうれしくなる。