Long to love you 

 ようやく梅雨も明け、快晴の日が続く。
 梅雨が明ければ今度は暑さとの戦いだが、憑き物が取れてしまえば好きな人と一緒にいられるだけで楽しいものだ。
 亮祐は梅雨明け直後に退院していた。
 入院中にお互い気持ちの方の想いは遂げられているのだ。
 あれから仲良くやってはいる。
 が、二人揃って抱える不満がひとつ。
 杉浦饅頭屋の百貨店進出が決まり、将はそれまでに輪を掛けて忙しくなっている。
 一方亮祐は入院中の仕事が溜まっており、深夜残業・休日出勤が続く毎日。
 つまり、逢える時間が殆ど取れないのだ。
 妥協に妥協を重ね、苦労の末の逢瀬が週に一度の昼休みくらい…


「本当はねぇ」
 皿の上のスパゲティをフォークでつつきながらの亮祐。
「一時間有れば出来無い事はないんですけどぉ」
 声はかなり不満気。
「やっぱ、時間掛けたいって思うしぃ」
「その喋り方止めろって」
「死ぬほど抱きたいのに」
 睨むよう向けた視線の先で黙ってフォークを置くと重く溜め息をついた将に、
「…すいません」
 亮祐は言って席を立った。
「亮祐?」
「水、入れて来ます」
 心配で見上げた将へとどうにか笑顔を見せ亮祐はテーブルの上のピッチャーを持つと席を離れた。
 何とかしてやりたいとは思うのだが
 あの亮祐がしょげ返っていることには将も堪えてはいるが、どうにも夜に時間が取れない。
 ずっと午前様が続き、毎日家に帰ると一人でする気にもなれない程疲れてしまっている。
 傍の鞄から取り出したスケジュール満載のシステム手帳を眺めて、将はまた溜め息をついた。
 と、隣の席に腰を下ろす人の気配。
 何気なく顔を上げた将は…
「よぉ」
 絶句。
「あれ、お前の今の男?」
 硬直している将の態度を気にもとめず亮祐を男は顎で差して見せた。 将は無言のまま視線を逸らし、システム手帳を鞄に仕舞い込んでしまう。
「見たところ、年下みたいだが…」
 言葉を返すのも忌々しげにきつく睨み返した将に、
「相変わらずのお姫様だ」
 男は軽く口の端を上げて笑う。
「俺はそういうプライドの高いところ気に入ってたんだぜ。ベッドの中でそのプライド剥がしていくのが快感で」
 無遠慮に顎へと伸ばされた指。
「お前結構好き者だったよなぁ。いつもイかせて欲しいって、その目で何度も泣いて縋ってたっけ? あれだけ良い思いさせてやったんだ、そうやって顔では嫌がったって身体は忘れきってないんだろう?」
 にやにやと話す男を睨み付けたまま、将はテーブルの下で拳を握り締めていた。
 我慢にも限界があるのだ。
「どうだ、もう一度堕としてやろうか?」
 将が無言のまま大きく椅子を引いて立ち上がった瞬間、
「うおっっ!!」
 突然の超局地的集中豪雨及び雹。
 それを受けたのは将では無いが、拳を握り締めたまま怒りが一瞬で覚めてしまった。
「りょ、う…すけ?」
 将が呆然と呟くのも当然だろう。
 亮祐が今汲んで来たばかりのピッチャーの中身全て、頭からその男にぶっ掛けていたのだ。
 掛けられた男は雫を滴らせたまま、あまりな出来事に言葉が出ない。
「興奮してる様だったんで」
 余裕の笑みで言った言葉に男は顔を真っ赤にして立ち上がった。が、
「まだ足りませんか?」
 タッパもガタイも亮祐の方が大きいのだ。
 それでも男は睨んでいたが、既に貫禄負けしているようで開けた口からは言葉が何も出て来ない。
「話し合いが必要なら外にでも」
 見下ろしたまま亮祐が静かにそう続けると男は腕で雫を拭って、
「結構だ」
 テーブルから足早に立ち去って行った。
 二人の遣り取りをただ呆然と眺めていた将が我に返ると、亮祐はテーブルから伝票と荷物を取ってレジに歩き出していた。近くの店員に気まずく頭だけ下げた将は亮祐を追い駆けたが、店を後にしても亮祐は振り返りもせず何処かに一直線に向っている。
 体中から怒りを放出させている亮祐に将も声が掛けられず、黙ったまま亮祐の後を追った。
 程無く辿り着いた公園に入った亮祐は、噴水式の水飲み場の傍にドサっと荷物を落とし横に着いている蛇口を捻ると、落ちる水の下に頭を突っ込んでしまい、
「すっげぇ」
 スーツが濡れるのもお構い無しに石の水飲み場をバンバン右手で叩きながら、
「腹立つ…」
 亮祐の唸るような呟き。




 照り付ける太陽の光と蝉時雨
 誰かのラジオから聞こえてくる高校野球の実況アナウンス
 微かに混じる風鈴の音が不協和音を奏でている
 ここに在るもの、全てが夏だ

 将は眩しげに目を細めると黙って亮祐を見続けていた。


 …亮祐には夏が良く似合う


「有り難う」
 暫くしてようやく頭を上げた亮祐にそう言って将が笑顔を向けると、怒っていると思っていたのか亮祐は少しほっとした表情を見せた。
 ハンカチを差し出した将に直ぐ乾くからと首を振ると腕時計に目を落とし、
「もう少し時間がありますね」
 少し歩きましょうかと続ける。
 水を切るように髪を掻き上げ、先に歩き出した亮祐を若干追うような距離で将が歩く。
 吹き抜ける風が周りの木々を静かに揺らす。
 木漏れ日の中、ぽつりと将が話し出した。
「…さっきの、俺の初めての男だったんだ」
 亮祐は、何も返さない。
「大学時代の先輩で、金も持ってて頭も良かった。みてくれも悪くないから大学でも評判の人でね、そんな男に言い寄られてる事にちょっと優越感持ってたのかな。…だけど好きでも無いのに抱かれたのは、多分酔っ払った勢いと好奇心」
 亮祐が僅かに歩調を落とすと、自然と二人は肩を並べる。
「俺との時もそうでしたよね」
「…そうだな」
 正直に将はそう返した。
 好奇心では無いが、好きで抱かれた訳でもない。
「綾夏の事でも分かっただろう? 俺はその時の気分で抱く事も抱かれる事も出来る。一度きりの相手なんて覚えてないくらいあるし…。ただ継続するとなるとやっぱり誰でも良いって訳にもいかない」
「好きだったんですか? あいつの事」
「愛されてると思ってたからね、気が付けばすっかりのめり込んでた。今思えばとんでもない奴だとは思うけど…まぁ、若気の至りでしたってやつかな」
 将は軽い口調で苦笑いを浮かべた。
 忘れたつもりでいても不意に傷が疼く瞬間がある。
「まだ、引き摺ってる気がするんですけど」
 前を向いたまま不機嫌に言った亮祐。その横顔を肩越しに将は見上げた。
 何故だろう…、本当に。
 不思議なくらい亮祐には心の中が読まれてしまう。
「引き摺ってたのは認めるよ。ちゃんと別れさせて貰えなかったから…」
 亮祐が視線を向けた。
「ある日突然連絡が取れなくなってしまってね。その頃あいつ就職したてで、仕事が落ち着いたら連絡するって言葉信じて待ってたんだ。だけどいくら待っても連絡は来ない、こっちからは一切連絡が取れない。それでも馬鹿みたいに待ち続けて…、遊ばれた事実を受け入れるのに」
「すいません、俺」
 随分時間が掛かった
 最後の言葉を遮った亮祐に、
「飽きたら、さっさと捨てろよ」
 将は細く笑顔を向ける。と、
「そんな事しませんっ」
 少し怒鳴り口調で亮祐が返す。
「俺さっき何に腹が立ったって、将さんに過去があるって事にすごく腹が立ってたんです」
 誰にだって過去の一つや二つはあるだろうが…
「未来は幾らでも変える事が出来るのに、過去だけは消せないのが悔しくて」
 当たり前の事を自分の為に力説している亮祐が可愛くて将は笑った。
 なのに亮祐は、
「やっぱり笑うと可愛いですね」
 顔をほころばしてそんな事を言う。
「それ、良い年した男に使う言葉じゃないぞ」
「でも本当の事ですから。勿体無いからあまり他の人に振りまかないで下さいね」
 一応の抗議をしたものの満面の笑顔で独占欲を振りまかれては返す言葉が無い。
「たまには人の言う事をきけよ」
 少し照れたようにそれだけ言って将は考えるよう視線を少し遠くに向けた。
 これ程までに思われておきながら応えてやる事が出来ない今の状況は、やはり早く打破したい。
 それを望んでいるのは亮祐だけでなく将もそうなのだから。
「向こう一ヶ月の休みの予定分かるか?」
 言って将が鞄の中からシステム手帳を取り出すと、亮祐も意図する所が直ぐに分かったのか、さっと電子手帳を取り出した。
「あまり期待はするなよ」
 嬉々としながら細かく予定を告げる亮祐にそう釘はさしておいたが、多分聞いてはいないだろう。

******************************

「あ゛ー、疲れた疲れた疲れた疲れた」
 ひとりでぼやきながら亮祐の帰宅。
 ここ一ヶ月間の予定を将は知っているはずなのにやはり夜の連絡は無い。もうその予定もすっかり消化しようとしているのだ。
 重い足を引き摺って部屋の鍵を開ける。
 と、まず玄関で自分の物ではない革靴が目に入った。即座に上げた視線の先ではリビングに電気が灯されているではないか。
 僅かに聞こえて来るテレビ音に転がり込むように靴を履き捨てた亮祐は、リビングに飛び込んで笑顔で口を開きかけた将を押し倒してキス。
 その間、一体何秒だっただろう。
 激しく唇を貪りながらシャツを脱がしにかかる亮祐に、将がただされるがままになっているのは、亮祐と同様に理性が飛んだ訳では無く…

 ゴツッ

 鈍い音と共に亮祐は頭を抑えながらようやく唇を離した。
「痛いじゃないですか」
 言って将の手にあるテレビのリモコンを睨んだが、実はもっと痛かったのは将の方なのだ。
「…将さん?」
「………」
 後頭部を抱え込むように手で抑えたまま将は言葉を返さない。
 そう言えば押し倒した時に何やら音がしたような…
「大丈夫ですか?」
「…大丈夫なわけ無いだろうっ、いきなり飛び掛かって来やがって」
 まったくの無防備で亮祐の突撃を受けた将は、思いっきり後頭部をラグの上に打ち付けたのだ。
 目の前に星が飛び散って、しばらく何が何だか分からなくなっていた。
「すいません…」
 さすがに申し訳なく思ったのか、しょげて謝る亮祐に溜め息をつく将。
「早く風呂入って来い」
 けれど亮祐は黙って将を見下ろしている。
「何だよ」
「風呂入ってる間に帰ったりしません?」
 将は呆れてしまうが、どうやら本気で言っているようだ。
「俺が明日の休みを取るのにどれだけ無理したと思ってるんだ。さっさと風呂に行かないと、俺は先に寝るぞ」
 言い終わる前にぱっと身体を起こした亮祐は、
「直ぐに出ますから、ベッドで待ってて下さい。部屋そこですから」
 笑顔で寝室を指差して見せると、大急ぎでリビングを出て行ってしまった。
 何とも現金な奴だ


 それから約十分
 亮祐がリビングに戻ると将は居なかったが、壁には将のスーツが掛けられている。亮祐の言葉通り寝室で待ってくれているようだ。
 喉を潤そうと冷蔵庫から取り出した缶ビールを一気に飲み干した後、戸締まりを済まし電気も全て消すと寝室へと入る。
 ベッドの上の人影は身じろぎもしない。
 扉を閉めてそっと近付くと、将は軽い寝息をたてていた。
 …起こして良いものだろうか
 将が体力の限界ぎりぎりの線で今夜来てくれている事は分かるが、きっとあの笑顔を向けられると理性は止められないだろう。亮祐の満足が行くまで将を解放してはやれない。
 今日までずっと我慢してきたのだ、何も今無理をして抱かなくても明日がある。
 このまま眠ってさえいてくれれば…
 そう思いながら目を細めてベッドに腰を下ろす。
 静かに将の髪に伸ばした指が僅かにその細い髪に触れた瞬間、ぱっと見開かれた将の瞳。少し驚いたように辺りをさ迷わせた視線が亮祐を見止める。
「あ…っ、と。悪い、俺」
 言って起き上ろうとした将の言葉を亮祐がそのまま塞いでベッドに押し戻してしまうと、将は直ぐに腕を絡めて来た。
 深く挿し入れた舌にせがむように応えてくれる。
 激しく求められて息をするのも億劫…
 シャツをたくしあげる指が胸元を悪戯に這い回り、その輪郭を爪でなぞる。
「んっ…」
 洩れる声。
 苦しげに小さく身体を捩じらせた将の唇を、亮祐は一度解放してやった。どうせシャツを脱がせてしまうにはキスをしたままでは無理なのだ。触れ合う素肌の感覚を味わうよう亮祐の肩口に唇を寄せてきた将を抱き込んで髪に、項に、喉元に…キス。
 甘く妖しい吐息の応酬。
 愛しい人と抱き合うならばやはり夜の闇の中。
 全ての鎖を解き放ち、無限の闇に堕ちて行ける。


「…ぅん、っ……ぁ。あぁ… 。 …りょ…… う」
 掠れる喘ぎ声の中、亮祐の名を呼び続ける。
 退院直後に渡されたこの部屋の合鍵に将が何となく呟いた、
“亮祐の?”
 この一言に、亮祐は溶け落ちそうな笑顔を見せた。
 将が亮祐の名前を初めて呼んだ瞬間だった。
 …亮祐は妙なところで将に気を遣う。
 年の差を気にしているのか時々背伸びをしている事も知っている。
 それはそれで可愛いけれど、もっと甘えさせてもやりたい。
 亮祐が望む事なら何でもしてやれる。
 与えられるものは何だって…とは思いながらも、
「まっ…た」
 今夜初めての将の抵抗に亮祐は視線だけを上げた。
 それでも止まらない手の動きに眉間を寄せ、亮祐の呼びかけに少し困ったように首を振る。
 それは、
「…いや」
 将は前にもフェラチオを拒んだ。
「嫌い?」
 探るような問いかけに僅かに頷いてみせたが、先端を軽く舌でつつかれて瞬時にピクッと腰が浮く。
 亮祐の口元が緩む。
 逃げる間もなく腰を抱え込まれてしまい、ゆっくりとねっとりと絡みつく舌。
「も、やっ ……だ、 め。だ…… って」
 言葉の抵抗は直ぐに上擦った喘ぎ声に変わった。
 亮祐の頭を押し退けようと手を伸ばしてみても、髪を掴んだまま刺激の度に無作為に反応してしまい、これでは何の為の抵抗かも分からない。
 唇から洩れるのは声にならない声。
 次第に短くなる息遣いと濡れた音が重なって…
「は…ぁ っ、っん…ぅ っ… !」
 身体が大きく弓なりにしなったと同時に亮祐の口の中で将が弾けた。
 言葉は何も無く…
 …………
 脈打ちながら放出した欲望に震える息を細く吐きながら、その余韻に浸らずにはいられない。
 甘く鈍い粘液状の目に見えない物質が、全身に纏わりつくような…、気怠さ…。
 将は緩慢な動作で枕元に手を伸ばすと、全て汲み取ってしまうつもりなのか、まだそれを銜え込んだままの亮祐の傍にテッシュボックスを投げた。
「…?」
 意図する所が分からずそれを邪魔っけに横に押し退けた亮祐が、最後にもう一度キスを残して将を覗き込むよう上体を沿わせた。
「嫌じゃ無かったでしょう?」
 将はボンヤリとした瞳を向ける。
「今更体裁なんて」
「……違う」
 軽く眉を上げ、その意味を仕草で尋ねた亮祐に、
「亮祐が嫌じゃなかったら別に…」
 含みを持たせたつもりは無かったのだが将の言葉に緩みかけたその口元が、一瞬後には凍り付いてしまった。
「誰と比べてるんですか?」
 冷めた声。
 けれど将は笑顔を返した。
 される事よりする事に抵抗を持っていたから、好きな人にはさせたくなかった
 と言うのが本音だが、いちいち誰となんて答えていてはきりがない。
「言うと怒るくせに」
「もう怒ってます」
「拗ねるなって」
 不機嫌に睨む亮祐にくすくす笑いながら将は猛った亮祐の中心をしっとりと指で包み込んだ。
 亮祐はまだ一度もイってはいない。
「あんまり待たすものじゃない」
 艶がかった瞳を細め、挑むような媚笑で誘う。
「早く、おいで」


 ベッドが大きく軋む。
 惜し気もなく開かれた身体を亮祐は視線でしばらく嘗め回していた。
 頬を紅く上気させながら、求めれば全てに応えようとしてくれるその潔さが何よりも綺麗だ。
 過去がどれほどのものでも今はこの腕の中にいてくれる。
 それ以上を望む事は贅沢…
 撫ぜるよう茂みの中を揉みしだいてやるとゆっくりと蜜を含んだ将が熱を帯びて来る。
 尾てい骨から双丘の谷間に沿って忍び込ませた中指で何度もそこを往復させた後、僅かな窪みに差し入れようとした指を将の手が止めた。
「…それじゃ、ない」
 見ると将は静かに視線を返している。
 求めている事は直ぐに分かったが、まだそこは亮祐を受け入れられる状態ではなく…。前戯に幾ら時間を掛けたとはいえ女の体のような訳には行かないのだ。
 しかし、
「いいから」
 困惑している亮祐をその濡れた瞳と声で煽ろうとする。
 分かっていてそう望むなら
 亮祐は小さく頷くと意を決してそこに腰を突き立てた。
「くっ…!」
 呻き声と同時に将はシーツを強く握り締める。その表情にはそそられるものはあるが、将の方は快感より痛みの方が相当勝っているはずだ。
「将、さん。キツ…そう」
 汗で先端はどうにか入ったものの、亮祐が腰を進める度に苦痛で顔を歪める将にそう言わずにいられなかった。
 けれど将は大丈夫だと訴えてくる。
 どうしよう…このまま推し進めれば出血させてしまう
 これじゃあまるで
「…処女、抱いて…る、み…たい、だろ?」
 吐息交じりの信じられないような将の言葉。
「抱いた事、ない?」
 驚愕したまま亮祐は首を振る。
「過去は、消せないけど…。せめて、気分だけでも…ってね」
 なんて
 この人は本当に…なんて人……
 感極まった亮祐は行為の途中な事も忘れて、将の胸に顔を埋めてしまった。
 堪らなく好きにさせてくれる
「こら…」
 しかし感動している亮祐とは裏腹に、将の方は感無量というわけにはいかない。
「そんな所で…止めるなっ。ばか」
「俺、嬉しくて」
「それは後で聞く、から…。痛いんだよ、中途半端の方が」
 意外にそっけない将の言葉に、ようやく亮祐が上げた顔は少し不満気味。
「処女はそういうこと言いませんよ」
 言い返そうと口を開きかけた将だが、突然強く進められた腰に身体を大きく退けぞらせてしまった。
「直ぐに慣れます、我慢して下さい」
 この一変した態度はさっきの言葉の仕返しなのだろうが、亮祐を睨み返してみても、その瞳一杯に涙を浮かべていては反って亮祐を増長させてしまうだけ。
 煽るだけ煽られて、湧き起こる征服欲はもう止まらない。
 最初はその屈託のない笑顔に惹かれたが…
 更に腰を進めると、きつく閉じたその瞳から涙が零れ落ちる。
 たまにはこんな風に泣かせてみたい
 そう…思ってしまうのも、きっとひとつの愛情表現。







 本気で辛そうに見えたのは初めの間だけで、小さな弧を描くよう押し広げてやると、将の呻き声は次第にその色を変えて行く。
 亮祐を全て受け入れてしまい、ゆっくりと弛緩する唇が熱に浮かされたように亮祐の名を音も無く形作る。
「痛くない?」
 ただ、頷く。
「いい?」
 頬が緩む。
「声が…聞きたい」
 閉じていた瞼を薄く開いて、問い掛けるよう首を傾げた。
「何でもいい」
 微かな笑み。
「…りょーすけの」
 甘えた声で、
「ばーか」
 憎まれ口。
「でも、すき」
 掠れる声。
「あいしてる」
 美笑。
 ねだるよう伸ばされる腕が、覆い被さる亮祐の頭を抱え込む。
「将さん」
 二度と誰にも
「…ぅ っ…ん?」
 抱かせたりはしない
「絶対に離しませんから」
 この人は

 …俺だけのものだ


 窓の外が薄っすらと白み出す。
 新聞配達らしき物音を聞いたのはそれからどれくらい後だったろう。
 日曜日の朝はこうやって静かに始まって行くのだが…
 絡み付く腕を既に振り払う気力も無く、将は僅かに首だけを振って意思表示。
 結局今の今まで一睡もせず、文字通り“一晩中”だったのだ。
 さすがに亮祐もぐったりはしながら、それでも将を抱き寄せる。
「もう、…無理」
 かろうじてそれだけの言葉を絞り出した将に違うと亮祐は首を振った。
「少しだけ話を」
「後…」
「今話したい。聞いてるだけで良いですから」
 溜め息の返答。
「俺、この間からずっと考えてた事があって…あの男に会ってから思ったんですけど、過去はやっぱり過去でどう転んだって過去は消えるものじゃ無いし、将さんの最初の男になれなかった事は残念ですけど諦めるしかないんですよね」
何 を言い出すつもりなのかと腕の中から視線を向けた将の額に、コツンと自分の額を当てた亮祐は力強く微笑んでみせた。
「俺、将さんの最後の男になる決心しましたから」
 将は疲れも忘れて瞬時に目を見開いてしまった。
 若干遠回しではあるが、これはまさしくそういう意味なのだ。
「呆れられる前に言っておきますけど、今度の事はちゃんと先の事も考えて決めたんです。綾香さんの件もやっと片付いたところでそんなこと考えられる余裕が無いことは解ってますから、ただ俺がそう思ってるってことだけ知っていて下さい。返事はいつでも…」
「…本当に?」
「良い加減な気持ちで、こんな事言えませんよ」
「じゃなくて」
 将は身体を僅かに起こして真っ直ぐに亮祐を見下ろした。
「亮祐との事を考えられないくらい、俺は気持ちに余裕が無いと思ってるわけだ」
「そんな事は」
「ただの欲求不満の解消のために無理して今日の休みを取ったと思ってるって?」
「将さん」
「返事はいつでも良いんだな?」
 薄笑みを浮かべながら亮祐の髪を掻き上げる将に、亮祐も軽く笑って首を振る。
「すいません。嘘、ついてました」
「嘘は良くない」
「そうですね」
 散々それで苦労させられた。
「それで? 本音は?」
「はい」
 見下ろす将の頬を両手で包み込んだ亮祐は深呼吸の後、静かに笑みを消した。
「俺、将さんの事を一生愛して行く自信があります。だからずっと俺の傍にいて下さい。将さんとなら俺は幸せになれます、将さんも」
「…亮祐となら」
 満面の笑みで頷く亮祐。
「一緒に」
 歩いて行ける…




夢は、叶う
夢が…叶う
愛する人と生きて行きたいと言う夢…
ずっと傍に居続ける事が出来るなら
いつも君を見つめていられる
いつも君に触れていられる
それが生きる全ての原動力
だから迷わず君を愛し続けたい
…永遠に君を愛し続けて行きたい














作:杜水月
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