HOTEL Barbarian 

「仏の顔した閻魔様…って当時署内で有名になったよな」
「…へえ、そうなんですか」
「知らなかったのか?」
「俺は交番勤務でしたから」
「ふぅん。で、彼。幾つになったんだ?」
「来月で十六です」
 答えに驚いたよう切れ長の瞳を見開いた佐々岡賢二は、
「“How many いい顔”」
「は? 何ですか、それ?」
「歌のタイトル。 “年はハタチ、でも誰より長く生きてるわ” …って昔流行ったんだが」
 歌うと言うより語るような口調に塚原成也は小さく笑う。
 低く響く声が全く歌詞にそぐわないからだ。
 それでも頷いて見せたのはその内容には共感したため…。
 確かにビジュアル系美少年の肩を抱き悠々とラブホテル街を歩いている男が、まさか高校1年生だとは誰も思わないだろう。
 実に堂に入った風情で進んで行く未成年同性カップルを普通にネオン街へと遊びに来た一般市民を装いつつ数メートル後ろから尾行している成人男性二人組の片割れ塚原が、その姿を見失わないよう神経を使っている真後ろで、
「“処女と少女と娼婦に淑女”」
 勝手に佐々岡は歌詞の続きを語り出し、
「…を男に変換するとどうなるんだ? 童貞と少年と、男娼…いやホストが妥当か。で、淑女だから紳士だな。“童貞と少年とホストと紳士”う〜ん、何とも語呂が悪い」
「佐々岡さん」
「ん?」
「見かけによらず、よく喋りますね」
 途端、その表情を引き締めた佐々岡に、
「申し訳ありません」
 即座に塚原は謝罪する。と、
「地を出せば付け上がる部下がいるからな」
 睨みをきかせた強面顔を今度は明確に作り、
「この顔と声は上司としての武器なんだ、がまぁ今は休暇中だから気にするな」
 言い終わる前に佐々岡はその表情を更に鋭くするとキッと前方を見やった。
「あいつら、何か揉め出したぞ」
 言葉に視線を戻した塚原もネオンを浴びながら不穏な空気を漂わせて向き合っている少年二人の姿に目を細める。
「トラブル発生? …でも構わないんですけどね、俺としては」
「有給休暇使ってまで子供のお守させられたんじゃなぁ」
「ではなくて、個人的に尾崎と係わることを良しとしてないので。尾崎って男は害にはなっても薬には成り得ない猛毒です…っと!?」
「びっ、くり。だな」
 塚原と佐々岡がそろって目を丸くしてる間に、少年達はスタスタと小さく出来ていた人垣を抜けて行ってしまった。
 野次馬に紛れて見失わないよう慌ててその姿を追いながら、
「喧嘩をキスで納得させたのか? 恋人じゃ無いんだろう?」
「多分未遂ですよ。人目に付き出したから素早く説得して見せたんじゃないですかね。和臣君は何でも有りなところがあっ、角曲がりました。目的地は直ぐそこです」
 視界に映る一帯が怪しげな配色のネオン街大通り。
 道を折れた先はそれよりトーンをぐっと下げ、いかにも如何わしげだ。
 お目当ての二人の姿は既になかったが、
「ここですね」
 壁から浮き出るよう赤色でライトアップされた、

“HOTEL Barbarian”

 の文字に佐々岡は視線を置き、
「ホテル、バーバリアン…?」
「野蛮人って意味ですよ」
 問われる前に訳してみせた塚原を少し含みを持って見つめた佐々岡は、次いで軽く口の端に笑みを浮かべ塚原の腰に手を回して引き寄せた。
「!! なんなんですかっ」
「あれ、知らずに来たのか?」
 少年二人に誘発されたわけでもないだろうが、至近距離から顔を覗き込んできた佐々岡から頭部だけ遠ざけた塚原。
 突き放すことは立場上、出来ない。
 さっき佐々岡は休暇中だと言いはしたが、上司と部下の関係が一切反故になるわけではないから。
 困惑顔の塚原に、
「普通のカップルしか相手にしてないラブホテルに男同士で入るってのは、ひとりで入るより難しいんだぜ」
「だったら三人別々で入った方が」
「部屋代は出来るだけ浮かせたい、って言ったのは塚原だったと思うんだが?」
「それ以前に入れないなら来た意味が無いじゃないですか」
「俺が付いてる」
 何だそれ
 心中で塚原が思ったと同時にブルゾンのポケットで携帯電話が振動した。
 塚原のブルゾンではあるのだが電話を取ったのは勝手にそこへと手を突っ込んだ佐々岡で、和臣からのメールタイトルに表示された、
“309”
 を確認すると、
「よし、ゴー!」
 いきなりな独断でホテルの敷地内へと足を踏み入れてしまった。


「申し訳ございません。男性同士のご利用は…」
「ぇえ、そうなの? 駄目だとは書いてなかったように思うんだが」
 摺りガラスでほどんど顔の見えないフロント係にアピールするためか、さも大げさに困った声で佐々岡は訴える。
「ですが当方の規約ですので」
「だからどこにも明記されて無いって言ってるじゃないか。せっかくお堅いハニーがその気になってるってのに、なぁ?」
 艶っぽい視線を送られた所で、曖昧な笑みを返すしか無い塚原。
 そうする間にも腰へと回されたままの手が悪戯に下腹部辺りを撫で回すと言う過剰演出にかなり戸惑い気味でもある。
「どうにかならない? 利用料、多少上乗せしたって良いから」
「本当に申し訳ございませんが」
 そこでいきなり佐々岡は摺りガラスにバンと手を突き、フロント係の真向かいで顔を突き合わせ、
「さっきさぁ、未成年の同性カップルが連れ立って入っただろう」
「えっ! いっいえ、そのようなお客様は」
「俺がしっかりこの目で見たんだから間違いない。何ならオーナー呼んでくれてもいいぜ。男性カップル厳禁は未表示だが十八歳未満立ち入り禁止ってのは入口に張ってあった。しかも防犯カメラの数を考えれば一応ここ。合法的なラブホテルやってるんだろう? あ、いや。そうは言っても別に脅したいわけじゃなく、ただ俺たちは純粋に愛を育む場所を提供して欲しいだけなんだ。だから、どうかな? 何とか折り合いつけてくれないかなぁ?」
 よく回る舌に比例して、どうやら佐々岡は経験も豊富なようで…更に言えば結構な演技派だ。
「しょっ、少々お待ちください」
 顔ははっきり見えなくても向かいに居るのはバイト君だろう。
 だから凄味をきかされたところで彼の独断では対処仕切れないのも当然で、焦って傍の受話器を手にする姿を確認した佐々岡はようやくそこから顔を外し、所在なく立っていた塚原の短い髪を梳いて見せた。
 ひとりにして悪かった
 とでも言いたげな素振りだ。
 おまけに腰まで密着させられて、
「振りだけで十分なんですが」
 髪から項へと移った手を横目に軽く不満の意を唱えた塚原へ、
「話を聞いてなかったのか? そこかしこで防犯カメラが回ってるんだ。受けた任務を遂行したいなら、きっちり恋人らしく振る舞え」
 言ってる事はもっともだが、間近で見つめる瞳にははっきりと色が浮かんでいるではないか。
「…冗談で済ませておかないと、悲劇になりますよ」
 ホテル名を確認して以降、明らかにその態度を豹変させた佐々岡へととにかく忠告しておいた。
 このままおふざけの度が過ぎれば任務遂行の妨げになりかねない。
 が、佐々岡は何も答えずただその小粋な笑みを深めるばかりだ。
 もう一言異議を唱えようと口を開いた瞬間、
「お客様」
 フロント君の呼びかけだ。
 そろって振り返ると小窓からルームキーが差し出され、
「…お部屋へどうぞ」
 控えめにそう告げられた。


「もしもし、丸山? 俺だ、無事潜入完了した。ああ、まぁ何とか…で、和臣君たちは309。俺たちは307に入ったから、そっちは三階の部屋を適当に確保してくれ。あんまり部屋の中、手ぇ付けんなよ。じゃあまた連絡するから、よろしくな」
 ピッ
 っと携帯電話の通話を切った塚原はそれをポケットへと突っ込むとそのまま扉に凭れて、室内をあれこれ捜索している佐々岡を目線だけで追った。
 任務だ何だと言って見せたことを考えれば、当初の目的は忘れていないのだろうが…。
「手をつけるなってのは、こっちの部屋も含めてなのか?」
 備え付けの自販機の中身ををジッと眺めながらの佐々岡の質問に、
「…ええ、まぁ。もし早めに事が済めば使ってないとか何とか言えば、安くしてもらえるかなぁなんて」
「この期に及んでまだセコイこと考えてんだ」
 返答に笑ってそう言うと、黒のレザージャケットを脱ぎ自販機から離れた。
 大きな歩幅で足を進めた先、
「だが、これくらいの利用は問題無しだろう?」
 辿り着いたソファーへと優雅に腰を掛け、手にしていたジャケットを背もたれに置くと塚原に向かって薄笑みで手招き。
「……」
 深読みすべきか判断に迷うが、ずっとそこで突っ立ってるのも不自然だ。
 意を決して扉から背中を剥がした塚原もブルゾンを脱ぎ、
「失礼します」
 形式的に頭を下げると、そのど真ん中で居座り避ける仕草も見せない佐々岡の隣へと窮屈気味に腰を落ちつけた。
 すると、
「部屋の中まで防犯カメラで監視されてるんですか?」
 当然のように肩を抱かれて思わず口をついて出た質問に、
「松前とはどういう関係なんだ?」
 笑顔の片鱗も残さず、鋭い視線で間近から質問を返した佐々岡。
「…尋問?」
 そう取られても仕方がない強者の表情を崩す素ぶりすら見せず、
「強硬手段に出て欲しいか?」
 言い終わるより早く、
 ガバっ
 っと乗りあげるよう乱暴にソファーに押し倒された塚原は、
「ただの友人です」
 近接格闘術では管内でトップクラスの強さを誇る佐々岡に抵抗する意欲などわかない。
 完全な脅迫状態に素早く塚原は答えを出して見せたのだが、
「この間、夜に呼び出されて出掛けて行っただろう? ほぼ半日帰って来なかった理由は?」
「…良くご存じ っ!」
 ぐっと首を腕で押さえつけられてしまい、
「さっ…きの中学生、小見島雪之って言うんですけどね。あの晩、尾崎主催のパーティで覚せい剤を飲まされたんです。本人に摂取した自覚は無かったようですが彼、すっかりハイになってしまってて家に連れて帰るわけにもいかず。で、最初は別のトラブルに巻き込まれた和臣君の同級生を送り届けるために呼ばれたんですけど、尾崎と調整付けるために倉庫に残ったままの和臣君が心配で迎えに戻ったら、今度はそんな状態の小見島君を拾ってて、そこそこ事情が分かってる俺が薬が抜けるまで面倒みてた…と言う事です」
 事細かく正確に答えていると言うのに、佐々岡はその表情を緩めるどころか更に鋭利な瞳を吊り上げてしまい、
「お前は現役の警察官だろうがっ。薬物が横行してるようなパーティを黙認していたことも、薬物使用の人間を見逃してしまったことも問題あるんじゃないのか? しかも今のこの状況自体バレれば首が飛ぶ事だって有りうるんだ。ただの友達にそこまでしてやる義理があるとは思えない」
 怒りを含んだ言葉にふ、と塚原は口の端を上げた。
「何が」
「義理がないわけじゃない…、もともと辞めるつもりでいたんです。2年前、和臣君に出会わなかったら」
 表情を固めたのは佐々岡だ。
「父親がそうだったから何となく警察官になってはみたんですけどね、思った以上に縦社会がキツくて理不尽なことも多くて。俺には向いてないんだなぁ…って自分に言い訳しながら勤務中の交番でコッソリ辞表書いてる時だったんです、和臣君が自首して来たのって。結局あの時は事件にはなりませんでしたが、どう言うわけかそれ以来ちょくちょく和臣君が俺のところに遊びに来るようになって、人の為ばかりにいつも奔走してる姿を見てたら俺も手を貸してやらなきゃ…と言うか、警察官って職業意識に目覚めたと言うべきか…」
「で、松前に惚れたって事か」
 やはりその勘違いかと思いつつ、
「そう言う事じゃありません。子供には欲情しませんよ、俺」
 静かに言い切った塚原を、上からじっと見つめる佐々岡に、
「質問、しても良いですか?」
 少し怒りを治めたものと読み取っての言葉。だったのだが…

 ……

 しっとりと唇を重ね合わせた後、
「訊きたいのはこう言うことだろう?」
 ごく傍から向けられる眼差しが、言わずとも本気だと告げている。
「抵抗しないなら、構わないな?」
 脳内性感帯をくすぐるような低い甘美な囁きに、つい呑まれてしまいそうな理性をどうにか奮い立たせた塚原は、
「佐々岡さん。今日の目的、覚えてます?」
 再度寄せて来た唇を危うい所でどうにか止めて、
「そもそも抵抗しないんじゃなくて出来ない状況になってます。立場的にも体型的にも俺に選択する余地は与えられてません」
 極力事務的に聞こえるよう訴えた。
 けれど、端から塚原の常識など眼中にはないようで、
「俺の何が不満だ」
「…性別が」
「女っ気は無いはずだろう」
「奥手なだけです」
 ふん、と鼻で笑った佐々岡。
「開発して下さいって聞こえるが」
「遊んでやる、って受け取りますよ」
「冗談で男に迫る趣味は無い」
「少なくとも三人は寮内で泣いた男を知ってます」
「誰の話かは知らないが、職場の人間に手を出した事も無い」
「この状況でそれを信用しろとでも?」
 綺麗な二重の目を細め、睨み上げながらの反論をじっくりと噛み砕くだけ時間を置いた佐々岡は、最終的にため息をつき身体を起こすとようやく塚原を開放した。
「…お前は唯一の例外だ。本来の目的があるからこそ性急に迫ったが、別に上司の権限でどうこうなんて腹もない。中途半端にかわしてないで嫌なら嫌とはっきり言え」
 佐々岡らしい潔い言いよう。
 話に集中しながらも、ゆっくりと体勢を立て直した塚原はひとつ深呼吸をして、
「この際だから俺も正直に話します。俺、男は知ってますけどやったことしかなくて。総合して判断すれば佐々岡さんも同類だと思うんです。だから好き嫌い以前にその部分の折り合いをつけないと、結局は悲劇になると思いませんか?」
 明らかに自分より強靭な肉体の持ち主を抱く気分にはなれない。
 ならば逆に自分が受け入れたい、と思えるほどの気持ちがあるかと言えば…
「鼻っ柱が強いだけなら折ってしまえば済むと思ってたが、そうじゃないな。悪かった、無理に押し倒して…。頭で納得出来ないから、させたくないんだろう? 悲劇を回避してやるから俺にちゃんと口説かせろ。大丈夫だ、悪くはならない」
 どう言う解釈だとばかりに途中口を開いた塚原を左手で制した佐々岡は一度視線を外すと腕時計に目をやり、
「時間が無いのが痛いなぁ…」
 ひとり言のように呟いて浅くソファーへ座り直すと軽く身を乗り出した。
「…中三の時、大学生だった姉貴の友達を抱いた。それが俺の初体験で、女を抱いた最後になった」
 見るでも無く傍のガラステーブルを眺めつつ、佐々岡は記憶の糸を手繰り寄せながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「上手く誘導されてやる事はやったが、軟弱で柔らか過ぎる女の身体がどうもしっくり来なくてな。その理由が分かったのは、まだ先の事なんだが…」
 少しおどけた笑みを浮かべ、塚原の正面から再度視線を惑うその瞳へと置いた。
「高校に入学してすぐ、やたら気の合う同級生が出来た。部活も同じだったから目指す物も同じで、話題も合ったし考え方も好みもとにかく近かった。それこそ兄弟みたいな感覚で、不思議なほど傍に居る事が自然で、当たり前すぎたから気付かなかったんだと思う、三年間ずっと。お互いに」
「両想い、だった…?」
 佐々岡は頷いて、
「身体より気持ちが繋がってる事で満足出来てた…って信じてたのに卒業する間際。全く別の進路を選んだ俺たちは、別れなければならない現実に何かを焦ったんだろうな。1度だけ…もちろん合意で関係を持ったんだが、一緒に生きて行くと言う未来図をどちらも描く事が出来なくて、結局それっきりになった」
 終わってから気付いた初恋は、全然甘くなかったな。
 自嘲気味にそう付け足すと、
「三年間ずっと傍にいた大切な人間がいなくなる。って喪失感は想像以上に大きくて、大学に進学してからは心より身体を優先させる割り切った付き合いしか出来なくなってた。だから惚れても無いのに煩わしくされるのも面倒で、就職してからは社会的リスクも含めて尚更そう思った。実際、署内で言い寄ってくる奴も居るにはいたが全く誰も眼中にも入れず…俺はこのまま生涯本気で誰も好きにはなれないんだろうって諦めてた。って言うのに、どう言うわけだかな」
 塚原をジッと見据えた。
「何度も理由を考えてはみたんだが、しっくり来る答えはまだ出てない。誰かに似てるわけでもなく、取り立てて印象深い何かがあったわけでもないのに気付けばいつも塚原を探してた」
 それは心当たりのある懐かしい感情で…
「あの時以来なんだ、誰かをこれ程愛おしいと思ったのは」
 真っ直ぐにその瞳を捉え、
「泣いたり笑ったり怒ったり…そんな塚原の全てを受け止めてやりたい、塚原自身が知らない顔を俺が引き出してみたい。お前の心も身体も全てを愛してみたいんだ」
 ……
 視線と言葉に圧倒される。
 えも言えない感情が自分では処理できず、発作的にこの場を放棄したい気分になったが、ここまで言わせて逃げるわけにもいかない。
 その鋭い瞳に釘付けにされたまま、
「愛してる」
 駄目押しの甘い一言で、ついに理性が蜜に溶けた。
「…」
 一度口を開いた塚原だが瞬時に乾ききった口内に眉をしかめた後、どうにか絞り出した唾液でゴクリと喉を鳴らすと舌で唇を濡らす。
 瞬きもせず
 と言ったふう、ずっと注視したまま答えを待っている眼前の佐々岡に、
「…俺、も」
 にこりとして見せたものの、
「佐々岡さん、が」
 多分失敗作の笑顔だろうと思いつつ、
「好き…」
 だった、ずっと。
 この深みのある笑みも。
「… っ」
 煙草の匂いがするキスは…さっき、好きになった。
「…塚原」
 キスの合間に伝わる低音が心地よく、もっと近くで呼んで欲しくて…。
 伸ばした指が柔らかいシャツを掴んで強く佐々岡を求めているのに、唇を甘く噛んで吸うばかりのキスはそれより奥へは入ってこない。
 …自分とは違うキス。
 主導権を握るのは誰なのかが分かってはいても中途半端な刺激がもどかしく、思わず開いた唇から舌を差し入れ掛けた瞬間、



 パ〜ォ〜 パ〜ォ〜 パ〜ォ〜 パ〜ォ〜 !!



 塚原の欲求を戒めるかのようなタイミングで大きく響いた音に二人して目を見合わせた。
 一瞬だが本来の目的を忘れきってしまった塚原は、満足げに艶を残した佐々岡の視線から逃げるよう顔を伏せると唇をぬぐいつつ、まだ鳴り響く音源へと手を伸ばし、
「はい。ああ、ゴメン。そう…だな。うん、うん。了解」
「…丸山?」
 通話を切って頷いた塚原は、
「そろそろ行きましょうか」
 ブルゾンを取り身繕いを済ませて戸口へと向かう。
“入室して三十分連絡がなければ五分廊下で待機して、後のことは適当に。突入も有りうるので、誰もがひと目で怯むような強面の人材でよろしく”
 そう和臣に頼まれていたのだ。
 剣道錬士五段で同期の丸山と、あとはやはり同期か後輩の中から見るからに屈強な格闘系とで人材を確保するつもりだったが、丸山推薦でやって来たのは何故だか彼の直属の上司である佐々岡。
 思い返せば今日の部屋割りを決めたのは彼で、しかも妙に塚原の私生活を知っていた事も考慮すれば辿り着く結論はひとつだ。
 身支度を整えゆったりと傍に付いた佐々岡を軽く見上げた塚原は、
「…もしかして丸山もグルですか?」
 にやり、と口の端に浮かべた笑みがそれを肯定した。
 ものの見事に嵌められた事実につい、漏れた舌打ちに、
「拗ねるな」
 言葉と共に、
 チュッ
 っと頬にキスを落としたその位置で、
「また来ような、ここ」
 下半身直結の低い声。
 うっ、っと言葉を詰まらせた塚原の反応に満足したよう抱き込むと、
「お前の全て、喰わせろよ」

++++++++++ ++++++++++ ++++++++++

「おい」
「うわぁ!!! びびびびっくりしたっ! 暗がりから何なんです、いきなりっ!」
「やかましいっ。上司で恋人の俺を、松前より先に下ろして放置するとは一体どう言う了見だ?」
「は? ホウチ? なんてしたつもりはありませんが寮が進行方向一番近くにありましたし…大体、同じ独身寮に住んでるのに丸山一人さようなら、って言うのも不自然かと思って」
「丸山が分かってた事は知ってるだろう?」
「ですが後の二人は」
「と・に・か・く、だ」
「…はい」
「俺の怒りは今、頂点に達してる」
「…見れば分かります。すみま」
「その場しのぎで謝るな。これは上司と部下の問題じゃ無いんだ」
「と言われても…。だったらどう」
「恋人としての誠意を見せろ」
「? …それは」
「難しい事じゃない」
「そう…なんです、か?」
「お前の身体ひとつで解決出来ることだ」
「ん? っと、え?」
「死ぬまで後悔させてやる」
「なっ…? 何をっ」
「野蛮人なんてホテルに連れて行ったことを」
「って、ぇええ!!!?  ままま待って待って」
「誰が待つかっ。良いから来いっ!」
「いいいいいいい、やだやだやだっ」


いぃやぁだぁぁぁ〜〜〜!!!
































作:杜水月
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サブタイトルを付けるとすれば“魚心あれば水心”。
似たような終わり方をしたお話しがありましたが、あちらは未遂でこちらは決行です。

立志を作っている時に、ラブホテルに男3人がどうやって入るのか。
カップルの振りして2人。後から連れが来ると言う名目で1人…と考えたのに立志では活用できず、せっかくラブホテルなんて良いアイテムについても色々調べたので活かしたい。
と言う経緯で作りました。

18歳未満利用禁止の表示は風営法、防犯カメラ設置は警察からの指導。なのでそれらが合法的なラブホテルの基準につながるかと言えば、違うんでしょうしもっと色々規約があるわけですが、まぁそれはそれ。
興味がある方は調べてみて下さい。
フロントの存在も実は微妙…。


それからあと、1か所。
塚原成也が語った尾崎がどうとかのくだり。分かり難いかなと思いますので補足として、薬は身体にとって異物であって、使い方によっては毒になりうる物。
薬学を勉強されているHP運営様のサイトではこれらしい文章を幾つか見かけたので、それを受けての表現で“百害あって一利なし”を遠回しに説明したつもり。


と言う事で、最後まで読んでいただき有り難うございます。
…気に入っていただけたなら幸いです<(_ _)>


2010.3.3 杜水月   






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