Good-Day,Bad-Day





 今日は出遅れた。いつもの電車に乗り損なってしまったのだ。なんとなくついてない…そんな気がした。


「嵐、この計算、間違ってるぞ」
 同期入社で別の営業部に配属になったのだが三年して僕が異動になり、同じ所属になった嵐は数字が苦手だ。積極性と実行力と説得力は天下逸品、営業成績は全国トップレベル、なのに上司のウケが悪いのはこの数字の弱さだ。
 逆に僕は要領の良さだけで上司の間を上手く渡ってきた…と思う。
「おかしいな?さゆりさんに検算頼んだのに…」
 僕より長くここにいるのに判断力がない、さゆりさんは電卓もまともに使えない機械オンチの上やはり数字が弱いのだ。
「さゆりさんは文章とPOPが得意、検算は香苗さんに頼まなきゃ。」
 香苗さんは他には雑用位しか頼めないけど検算だけは得意だ。
「参太は香苗さんがタイプなのか?」
 突然の質問に僕の心臓が飛び跳ねた。しかし、否定する間も与えずに、
「俺はさゆりさんがタイプ…っていうか、好きなんだよね。なぁ、仲取り持ってよ。」
と、切り出したのだ。
「断る。人の恋路に関わって良いことは一度もないな。」
 ちぇっ…とため息をつき、嵐は電卓を取り出した。
 ――嵐、僕嵐が好きなんだ――言えたらどんなに楽だろう…
 お前が無類の女好きなのは知っている、一緒に風俗へ何度も行っている。
 その度に僕は相手の子に慰められて切なくなり、お前はすっきりと晴れやかな顔で出てくる…。
 それにやはり自分も含めて親のことが気になるのだ。親に男と一生添いとげます…なんて言ったら確実に倒れてしまう。自分の親がそんなんだったら絶対に嵐の親だってそうに決まっている。だから何も言い出せない…。
「参太、これであってるか?」
 嵐は無邪気に笑顔を向けてくる。僕は黙ってその提出書類を受け取ると、電卓を叩き出した。
 その時、嵐が小管部長に呼ばれた。
「なんだろ?」
 小さな声で呟きながら、嵐は部長の机まで歩いていった。
 部長は周囲を見渡すと嵐を手招きし、耳打ちするように嵐に顔を寄せた。僕の耳が熱くなる。
「見合い話、しかも部長の娘だわね。」
 香苗さんがさゆりさんに向かって自信たっぷりに語っている。
「どうするのよ、嵐君小管部長に取られちゃうよ。」
 その会話を聞いて今日二度目の心臓が飛び跳ねた。
 嵐とさゆりさんは両思いなんだ…嵐が告白すれば二人は結ばれる…。いや、それより部長の話はきっとさゆりさんが言うように見合い話に違いない…。
 二人が幸せそうに朝を迎えることを勝手に想像して、僕は絶対に今日告白すると決意した。さっきまでのうじうじした考えは吹っ飛んでしまった。兎に角言うだけ言おう、それで玉砕したら…これを機会に辞めたっていい。
 僕は営業には向いていないから…。
 だけど嵐は誰にも渡したくない、僕だけのものにしたい…


「部長さぁ、今夜開いているかって言うんだよ。何だと思う?なあ、参太」
 昼休み、ラーメン屋で肩を並べて座り…次に来るときは一人きりかそれとも恋人同士か…完全に妄想の世界の住人になってしまった自分が、おかしいことにも気付かず、ただ一点を見つめて麺を口に運ぶ…
「…嵐、酒強いから…」
「そっかそっか、飲み友達か、奢りかな?」
 楽しそうに話す嵐。
「あのさ…」
 タイミングを図りかねてマゴマゴしてしまう。
「なんだ?」
「好き…」
 次の言葉が喉に詰まって出てこない。
「え?」
 怪訝な声で返事が返ってくる。
「…あの…その…あ…だから…えっと…嵐、犬好きだって言ってたじゃないか?だからさ…」
 だからどうするんだ…心の中で自分に突っ込みを入れた。
「ぷ…」
「プレゼントか?まじで?俺、明日誕生日なんだ。」
 ――何?明日?まじで?あ、本当だ!すっかり飛んでいた…これは渡りに船だ。ちょっと高い買い物だし、次にすぐクリスマスプレゼントを買わなきゃならないけど、そんなこと言っていたらいつまでたったって僕らの関係は一歩も進まないじゃないか…――
 これだけのフレーズが一秒掛からずに浮かんだ。
「やる。絶対にやる。」
「いつ買いに行くんだ?早いほうがいい、だったら今日にしようぜ、部長の話が断れる。」
 うれしそうに言う嵐に俺は負けてしまった。
「お前の誕生日には何欲しい?」
 僕の心臓が飛び跳ねた、今日三回目だ。
 欲しい物…それは嵐、お前だ、お前が欲しい…告白する気でいたのに、やっぱり出来ない…


 本当にその日、終業のチャイムと共に事務所から飛び出し、デパートにあるペットショップへ向かった。
 ショーケースの前を行ったり来たりしていたが、ある犬の前でピタリと止まり、「こいつがいい」と嬉しそうに笑ったのだ。
「参太はどう思う?」
「僕は嵐がいいなら…」
「駄目だって。参太は気に入ったか?気に入らないか?」
「可愛いから気に入った。」
「そっか、じゃあこいつがいい。」
 小さな子供のように、そいつの前でじっと僕の行動を窺っている。
 店員に声を掛け、そのまま連れ帰りたい旨伝えた。
 テレビのCMの様だが、僕はじっとその子の目を見た。――こいつ、嵐の腕の中に抱かれるんだ。――そんな事を想像してなんか嫉妬してしまった、犬になりたいなんて馬鹿馬鹿しいこと…。
 会計を終え、犬は嵐の手元にいる。籠の中で少しふるふる震えながら僕等を見上げている。
「…の、覚えてる?」
「え?」
「だから、同期の河東。あいつの妹が参太に惚れてるんだってさ。」
 は?何の話だ?
「お前、俺の話、全然聞いてなかっただろ?」
「ごめん」
 嵐が話していたのは、「何で参太に彼女がいないか」と言う話題が昨日部署内で挙がった時、たまたま営業部に顔を出していた総務部の河東が、自分の入社式の日の写真を見ていた妹が、僕に興味を抱いたという話をしていったと言うのだ。
「会ってもいないのに?」
「女なんてそんなもんだ、一目惚れなんて年中、運命の人は何十人と現れる。」
「なんか…やだな」
「参太は女の子の話になると全然乗ってこないよなぁ…もしかして女嫌いなのか?あっ、まさか…」
 嵐の身体が少し僕から遠ざかった。すぐに「冗談だよ」って笑ったけれど、ちょっと僕には辛い行動だった。
「さゆりさん、嵐のことが好きらしいぞ。」
 ふーん、と興味のなさそうな返事が戻ってきた。
「さゆりさんも香苗さんも参太がこっちに転勤してきてからお前のファンだよ…俺には関係ない。」
「だってさっき、仲を取り持てって…」
 嵐は両手で犬の入った籠を抱き締めて、寂しそうに道路を横断した。
「こいつの名前、クロだから」
 じゃ、ありがとう…そう言って深夜の道に消えて行った。
 クロって…そいつは赤毛の豆柴なのに…。


 今日もいつもの電車に乗り損なってしまった…。昨夜嵐とデートしたのに気分はプルーだった。

 さゆりさんが僕の左斜め後ろの空いている席で、POPを書きながらそっと耳打ちしてきた。
「昨日嵐君、部長の誘いを黙ってすっぽかしたらしいよ。」
 黙って?
「あれ?おかしいな?」
「何か知ってる?」
「クロを買いに行ったんだ。」
「クロ?」
「あいつ、今日誕生日だからプレゼントに犬…欲しがって…」
「又?嵐君の家、犬が5匹もいるのに?」
「嘘…」
 だって僕にはいつだって「茶色い毛の、目がくりくりと可愛い子犬が欲しいんだ」って、飲みに行く度に言ってたじゃないか。
「嵐君、河東さんの妹さんと付き合ってたんだ…それが急に別れて…それからなんか行動が変なんだよね。」
 河東の妹って?写真の僕に一目惚れしたって言う?それ変じゃないか…からかわれたのか、僕…。なんか釈然としない。
 暫くして部長と一緒に外から嵐が戻って来た。二人とも笑顔でなんか友達のようだった。
 「頑張れよ」なんて声を掛けられて僕はかなり嫉妬していた。
「あ、参太おはよう。昨日はありがとうな、クロ、すっげー可愛いんだ。」
「ちょっと来い」
 僕は嵐を駐車場まで引きずった。
「部長に、なんて言ったんだよ。」
 嵐は一瞬、何の事だか分からなかった様で、暫く考えてからやっと思い出したように、
「ん?あぁ、昨日の事ね、あれ嘘。ちょっと用事を頼まれただけなんだ。」
と、はぐらかされてしまった。
「じゃあ…河東の妹と付き合ってたって、本当か?」
 嵐は思いっきり困った顔をした。
「…さゆりさんだろ?あの人おしゃべりだからな…付き合っていたのは事実だけど正確じゃ、ない。河東のとこに遊びにいったらいたんだ、で…付き合わされたんだ、遊びに。」
 ?
「つまり、河東の代わりだよ、俺は。そのうち河東と入社式の写真見ていて、おまえのことが気に入ったって騒いでいた、それだけだよ。」
「恋人じゃ…なかったのか?」
「俺さ、中学二年は守備範囲じゃないんだ。」
 中学二年…なのか?
「河東には妹が三人いて、その子は一番下。皆は一番上の21歳の子と間違えているんだ…」
「で?じゃあ僕に今度はその子の遊び相手になれと?」
 僕は悲しいのと悔しいのと切ないのが一度に襲ってきた。
「そんな…ただ参太って女の子に興味なさそうだから、俺迷惑かけてたらいけないと思って…だけど春美ちゃんはいい子だから女嫌いを治すにはいいんじゃないかなって…」
 もう、限界だ。涙を我慢出来ずに溢れさせてしまった。
「僕は…女嫌いなんじゃない、嵐が好きなだけだ…」
 それだけ言うのが精一杯で慌てて踵を返し、事務所に戻った。

 もう、言わなかった頃には戻れない。

 僕は急いでホワイトボードに行き先を書き込み、得意先回りに出かける準備をした。
「待てよ、今日は俺も同行の日だろーが。」
 ドアの前で嵐に引き留められた。
 違う、今日は別行動の日だ…でも先にそう言われてしまったらみんなの手前どうしようもない…。
 僕は廊下で嵐の支度が出来るのを待っていた…。

 営業車を出したのはいいが、今日行く予定の所はまだ早い。なんとなくドライブするような感じになってしまった。
 お互いにずっと黙ったまま、30分くらい経っただろうか、
「朝の、どういう意味なんだ?」
と、嵐が切り出した。
 僕は黙秘権を行使した。
「言わないなら勝手に解釈するぞ。」
 勝手に?
「今後一切、この件に関しては訂正を認めない、いいな?」
 嵐はどう解釈するんだろう?
 もしも友達としての好きだったらどうしよう…突然不安がよぎった。
「ちょっと待って」
 にやっ
 嵐が笑う。
「申し開きしてみよ」
 僕はまず、車を停められる場所を探した。ちょうど大型専門店街の地下駐車場を見つけて一番奥の死角に陣どった。
「えっと…その…嵐はさゆりさん、どう思う?」
「さゆりさん?別に…ま、仕事が頼みやすいのは確かだな。そんなもんかな?…もしかして昨日の朝、仲を取り持てって言ったの、まだ気にしてる?参太をからかっただけだから…」
 僕は三回首を左右に振った。
「違うよ、じゃあ僕が香苗さんのことに興味があると言ったら?」
 この質問は意外だったらしくちょっと驚いた顔をしていた。
「参太、女に興味あったのか?…いつも…一緒に行っても何もしないで出てくるくせして…なんか酷いや…」
 は?
「俺が知らないと思っていたのか?風俗だよっ。お前は俺に気を使っていたのかもしれないけど、俺は…」
 ぷいっと横を向く。
「参太を…」
 何が言いたいんだ。
「女を相手にお前を抱いている。」
 嵐?…何、言っているんだ?
「好きなんだ…入社式で一目惚れしたのは俺だ、だけど気味悪がられるんじゃないか、もう話もしてくれないんじゃないか、そんなことばかり考えていた。」
「待て、それは僕が…」
「愛してる、参太」
 嵐の唇が僕の唇に触れた。
 僕は頭の中が完全に真っ白になり…ゆっくり、目を閉じた。
 「確信が持てるまで言えないだろう、こんなこと。だから色々カマかけた。風俗に連れて行って女と出来るのか、男に嫉妬するのか…俺のこと気にしてくれているか、我侭聞いてくれるか…とかね。」
 嘘だろ?だって嵐は女の子が好きだとばかり思っていた。なんだか僕はどうしたらいいのか分からなくなっていた。
「兎に角、仕事しよう」
 そう言うのが精一杯だ。
「お前らしい」
 嵐が笑う。僕は嵐の笑顔が好きだ。この笑顔が大好きだ。


「嵐君」
 さゆりさんが帰社早々の嵐に声をかけた。
「誕生日パーティーなんだけどね…」
 そうだ、今日は嵐の誕生日だ、僕に祝わせてくれるだろうか?
 僕はそんなことを考えていて、二人の会話を聞いていなかった。
「じゃ、よろしく」
「わかった、先に行って準備しているよ。」
 先に行って?
「参太、さっきのことはしばらく二人の秘密だぞ。」
 嵐はそれだけ僕に言うと、さっさと日誌を書いて帰ってしまったのだ。
 さっきの愛してるはなんだったんだ?お前の誕生日なのに、僕は何も出来ないのか?…それよりも僕だけ何も知らされないのが切なかった。

 とぼとぼと一人日誌を書いて、普段はやらない営業車の中を掃除して、ついでにデスクまわりも掃除していたら時計は19時を回っていた。
 どうして今、僕は一人なんだろう?告白されて一番幸せな時なはずなのに。
 そういえばあいつ、『犬を買いに行くなら今日がいい』とどうしても誕生日当日をあけようとしなかったからてっきり誰かと約束しているんだと思っていたけど…いるのかもしれない、恋人が。僕はからかわれたのかもしれない。


 夜23時を回った頃、突然の訪問者があった。
「ごめん、遅くに…」
 嵐だった。
「話だったら明日にしてくれ。」
 ドアを閉めようとすると、乱暴に内へ僕の身体を押し込み、痛いほどの力で抱き締められた。
「ごめん、本当にごめん…参太の気持ち、考えていなかった。さゆりさんにこっぴどく叱られた。」
 その台詞に僕は何故かキレ、腕を振り解くと力いっぱい頬を叩いた。
「そうだよな、嵐は何かといえばさゆりさん、さゆりさんだよな。しょっちゅう二人きりで飲みに行くし、こそこそ話をしている、僕のことなんかどうせからかったんだろう?」
「ちょっと待て、参太」
「帰れよ、昼間のことは全部忘れるからさっ」
「待てってば、」
「離せよ」
 暴れる僕の身体を力強く抱き締め、広くて暖かい胸の中に抱き込められた。
「誕生日に失恋するのは嫌だ、せめてその台詞は24時を回るまで言わないで欲しい…」
 耳元で囁かれた言葉は震えていた。
 ほんの少しだけ力を弛めた時だった、軽々と僕を抱き上げると部屋の奥に連れて行かれた。
 リビングのソファーの上に下ろされ、覆い被さる様に嵐の身体が僕を逃げられないよう包囲した。
 あらがう僕を簡単に組敷く、嵐は…男だ。でも僕だって男なのに…力が入らない。
「俺の話を聞かないならこのまま無理矢理抱くぞ。」
 な・なんで僕が。
「今日は…俺達の元同僚…望さんの誕生日でもあるんだ。香苗さんはその人が勤務出来なくなったから代わりに来た。もう二年になる…」
 元?勤務出来なくなった?
「その人は俺に好意を抱いてくれていた、告白もされた。
 だけど俺は、離れていても参太が好きだったから、自分の気持ちを整理するまでは受け入れられないと彼女に告げた。
 彼女とさゆりさんと河東と俺、仲が良かったんだ。だから一昨年の地下鉄事故に巻き込まれた彼女…まだ意識が回復しなくて…放って置けなくて…でも参太を連れて行くのは彼女に悪い気がしたんだ。」
 一昨年の地下鉄事故は大惨事だった。東京に久し振りの大雪が降りダイヤが大幅に乱れた上に信号機が故障してしまい、後続車両と接触事故を起こしてしまったのだ。死者6名、負傷者100数名…その中に彼女がいたのだった。
「彼女が眠っている間、河東とさゆりさんは付き合い始めて、俺は参太に告白してOKもらったなんて…彼女が可哀想だと思ってしまったんだ。」
 本当に辛そうに顔を歪めていた。
「でもさゆりさんは違うって言うんだ。彼女は絶対に俺が参太と上手くいったら喜んでくれるだろうって、彼女はそういう子だって。ちゃんと参太を紹介してやれって。」
 …そっか…
「って、おいっ、さゆりさんは知っているのか?その…俺たちのこと。」
「あぁ。まずかったか?」
「…どんな顔していればいいんだよ…」
「今まで通りでいいんじゃないか?みんな知っているから。」
 みんな?
「俺が参太のこと好きなのなんて皆知っている、部長も河東もさゆりさんも香苗さんも。知らなかったのは参太だけだよ。」
「ちょ…待てっ…おいっ…」
 嵐の手が僕の身体を直接触りに来て…そのままなし崩しだった。
 でも…ま、いいか。


 今日は休日。電車の時間は関係ない。

「嵐、やっぱりあんたに参太さんは勿体無いよ。ねぇ参太さん、あたしと付き合わない?」
 僕たちはさゆりさん、河東、河東の一番下の妹春美ちゃんの五人で病院へ向かっていた。
「うっせーな」
「あたし、こーんな奇麗な男の人、見たこと無いもん、友達に自慢できちゃうもんなぁ〜。嵐だとゴリラつれて歩いているみたいだもん。」
「てめぇ、これ以上減らず口叩くと、しばくぞ。」
「か弱い女子中学生に向かってそんな言葉を言ってはいけないのですよ、嵐君っ」
 二人は漫才師のようにじゃれ合っている。
「ねーねー、参太さん。嵐、参太さんに犬買ってくれって頼んだ?名前は『クロ』じゃない?」
「そうだよ、良く知っているね」
「やっぱりねぇ…あの馬鹿、『参太とクロでサンタクロース』って馬鹿なこと言ってたもん。『誕生日がクリスマスに近いから、参太は絶対に俺のサンタクロースなんだ、幸せをプレゼントしてくれるんだ。』なんて乙女チックな事言っていたんだよ。」
 あぁ、そういうことなのか…って僕は嵐のペットか?
「ハルには絶対クロに会わせてやんねー。超可愛いんだかんな。」
 嵐が心もち、赤い顔をしているのは…気のせいだろうか?
「赤毛の豆柴でしょ?確かに参太さんのイメージだよね。」
 僕はゆっくり、嵐を振り返った。
「お前さ、皆に僕をどんな風に言っていたわけ?」
 その問いに答えたのは言うまでも無く春美ちゃん。
「『ちっちゃくて目がくりくりしてて、俺のこと潤んだ瞳でじっと見詰めるんだ。絶対俺に気があるに違いない。ついでにさ、あそこもちっちゃいんだぜ、研修のとき見たもんな。河東には絶対に見せないように俺がガードしてやっていたから、あいつは知らないぞ。んで、気位が高くて奇麗で頭が良くて…角度によって髪が赤く見えるんだ。もともと茶色っぽいけど、赤くなるんだ…』ってとっても熱っぽく語るんだよ。」
 熱っぽくはいいけど…あそこがちっちゃいって…なんだよっ、まだこの間見せたばっかりじゃないか。しかもその時は…いや、いい。これはどうでもいいことだ。
「嵐…今のところはとりあえず保留にしておくけど…あとで覚えておけよ。」
 大袈裟に嵐が驚いてみせる。
「ハル、いいか?望さんはまだ意識が戻ったばっかりだから、そんなにはしゃいで疲れさせたら駄目だからな。」
 そうなのだ、僕たちが結ばれたその夜、望さんは意識を回復したのだ。早く皆に会いたいと行ってきたので、休みを待ってお見舞いに来た。
 僕が着いて来たのは時期尚早だと思うけど、さゆりさんのたっての願いだった。


「参太…君?」
 望さんが僕達を見て言った最初の言葉は僕の名前だった。
「ずっと、夢の中で会っていました。私より先に嵐君のこと、好きだったんですね。
 私わかったんです、恋って早いもの勝ちなんです。だって不倫している人達だって先に出会っていれば選ばれたって言っているじゃないですか?嵐君と参太君はだから堂々と付き合って下さい。」
 彼女にそう言われて、ずっと悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてきた。
 今はなんでもオープンな時代なのかもしれない、僕らのような恋人たちが一杯溢れているのかも知れない。
「お二人が幸せになったみたいだから、私もいつまでも現実逃避していられないって、神様が言って下さったんです。だから私、こうしてお話しているんですよ。」
 クリスチャンだという彼女は、それは楽しそうに話した。
「ハルちゃんももう参太さんは卒業して現実に目を向けるんだよ。」
 とっても優しい目で、望さんは春美ちゃんに向かって言った。
「うん」
 彼女は不思議な魅力を持った女性だ、彼女が言うことはとっても優しく心に響く。
 帰り道、僕がそのことを嵐に伝えたら、「そうか?」と、問い返された。
「望ちゃんは嵐君のことが好きだったから甘えちゃったの。聖母にはなれなかったのね。」
とはさゆりさん。
 そっか…マリア様も恋をするとただの女の子になってしまうんだ…。
 僕は…何になれるのだろうか?嵐の何になれるのだろうか?
 

 仕事納めが終わってからは、ずっと僕の部屋に嵐がいる。
 今日は大晦日、外では深々と雪が降っている、寒いはずだ。
 朝からバタバタと大掃除をして、簡単なおせち料理の準備をして、もう部屋から一歩も出ない覚悟で僕たちは早々にベッドに潜り込んだ。

「参太」
「ん?」
「参太はクロ、好きか?」
 嵐はいつもクロを連れてやって来る。
「ああ、だって僕が買ってやったんじゃないか、好きじゃなかったら買わないよ。」
「俺が選んだからじゃなくて?」
「それもあるけど、可愛いと思ったからプレゼントしたんだよ。」
 今も僕の腕の中にクロはいる。
「じゃあ、やるよ。ここで飼ってくれ。」
「ちょっと待てっ、なんで僕が?」
「…鈍いな…」
「何でだよ?」
 クロを僕の腕から奪い、そっと籠に入れる。
「…クロと俺はセットなんだよ。」
 そう言って嵐は僕の裸の胸に顔を埋めた。
 …
 …
 …
 …
 …
 …そうか、これは僕の誕生日プレゼントなんだ。
 新年の訪れは、僕の誕生日。

 HAPPY BIRTHDAY & HAPPY NEW YEAR


Author.Sei☆Kazuki

2002.12.31




約束していながら全然遅くなってしまいました。
確かホームページ開設3周年記念…ではなかったでしょうか?でも全然見当違いな時期になってしまいました。
最初に書いていたものは夏休みの話でした…次は秋祭りで…正月になりました。
言い訳ばかりしていて埒が明かないので、勝手に「杜水月さん、復帰催促作品」としました。
クリスマスにアップされていた作品群を再読させていただいて改めて強く思った次第です。
水月さんの作品、聖は大好きです。
その「大好き」を文章にしたかったのですが、全然駄目でした、すみません…
それでは、杜水月さんの早期復帰を首をながーくして待っています。でも無理はしないでくださいね。