・・・俺が高校受験でキューキュー言っていたとき、両親はキャーキャーやっていたようで・・・。
 公立高校の合格発表の日、俺は今までの「ひとりっこ」生活から脱したのだった・・・。
 そしてやっと高校生活も安定してきた7月・・・。
 『結婚記念日』と称して、両親は1日だけ預かってくれる保育所に弟の恵斗<けいと>を預けたまま・・・。

「ったく、何やってんだよっ。
 どーすんだよ、こんなちっこい子供、俺にどうしろってんだよ。」
「ぎゃーぎゃー騒ぐな。田舎のばぁちゃんに・・・」
「頼んだよっ、でもかぁちゃんの方のばぁちゃんは腰が痛くてそれどころじゃないってさ。当然おばちゃんなんか電話を代わってもくれなかったよ。
 とおちゃんの方のばぁちゃんはおばちゃんが駄目って言っているから駄目だってさ。
 とおちゃんもかぁちゃんも実家から嫌われているんじゃないの?」
 ・・・とおちゃんがはしゃぎすぎて、車を電柱に激突させてしまって、二人とも1ヶ月の入院だってさ・・・。その間俺はどうやって過ごしたら良いんだ?
「どっか保育所をあたってみろっ。」
 ・・・って呑気だね、とおちゃん。どこも保育所は一杯で今は待っても入れないんだぜ。
 とおちゃんもかぁちゃんも「由樹<よしき>がいるから大丈夫。」とものすごく呑気な事を言っている。・・・俺に生後4ヶ月の赤ん坊の世話が出来るかってんのっ。
「先生〜どうにかしてくれよ〜」
 学校の職員室に電話して、担任の教師に相談したけど、独身の彼は困り果てるばかりだ。
 そんな時だった、天の思し召しだと思った・・・。


「悪いなぁ、色々・・・」
「いいって、気にすんなよ。」
 中学2年の時から高校に入った今でも同じクラス・・・というのが続いている俺の親友、伊瀬榛南<いせはるな>が来てくれたんだよ。
「榛南んち、弟と妹がいたもんな。」
「あれは居る・・・って数じゃないだろう。」
 はい、確かに。榛南を筆頭に中3と中1と小6、3、2が♂、中2と小1が♀の総勢8人兄弟なんだ。
「下の3人は殆ど僕が面倒見たようなものだからね。」
 手際良くオムツを換えたり服を着替えさせたり。風呂にも入れてくれたんだよ、俺は涙が出ちゃったよ、本当。
「なぁ、由樹・・・僕、ご両親が退院されるまで泊まり込んでやろうか?」
「え?いいの?本当に?でも夏休みつぶれちゃうぜ。」
「・・・構わないよ。」
 そう言いながら、哺乳ビンを温めて粉ミルクを溶かしている。
「だって・・・由樹、ミルクのやり方もオムツの換え方も知らないだろう?」
「まぁ・・・でも教えてもらえれば大丈夫だよ、うん。」
「癇癪起こしたらどうする?」
「大丈夫、恵斗に八つ当たりしても仕方ないしな・・・」
「違うよ、恵斗君が・・・だよ。」
「なんだよ、それ?」
「な?僕ここに居てやるよ。」
 榛南は俺を徹底的に不安のどん底に突き落としてから、優しい言葉を掛けてくれたのだった。

 担任教師の計らいで俺は一学期最後の1週間、特別に学校に行かなくても出席扱いにしてもらった。どっちにしたって期末試験は終ってて、あとはテスト用紙を返してもらう作業と掃除くらいだからね。(たぶん)
 昼過ぎに榛南が帰ってきた。
「由樹は昼飯ちゃんと食べたのか?」
「んー・・・榛南とラーメンでも食おうかと思って・・・さ。」
 俺は出前のメニュー表を差し出す。
「駄目だよ、ご両親が入院しているってことはお金が掛かるってことだからね、由樹が節約しなきゃ。」
 メニュー表を奪われて、代わりに渡されたのはスーパーの買物袋。
「多分、こんな事だろうと思ってさ、材料買ってきた。」
「お前・・・スーパーに寄ってきたのか?恥ずかしくなかったのか?」
 俺には出来ないぞ。男がスーパーに入って買物するなんて・・・ましてや制服のままだぜ。
「恥ずかしい・・・とか言っている場合じゃないだろうが。最低でも1ヶ月はこの生活が続くんだろう?だったら恵斗君のミルクも買い足さなきゃいけないし、紙オムツも買ってこなきゃならないんだぞ。」
 うぇ〜。
「・・・いいよ、そういうことは僕がやってやるから。・・・その代わり、由樹はバイト探して少しでも資金調達してくれよ。」
「いいのか?恵斗おしつけちゃって。」
「いいよ、僕嫌いじゃないからね・・・だけど・・・」
 そう言ってしばらく黙り込んでしまった。
「なんだよ」
 それでも口を開かない。
「榛南?」
「・・・その金で一緒に旅行に連れてってくれないかな?」
 やっと・・・といった雰囲気だった。
「なんだ、そんなことか?いいよ、お礼も兼ねて一緒に旅行行こう。どこが良いかな?沖縄?北海道?それとも・・・海外は無理だな?でも貯金をおろせば・・・」
「違う、そんなんじゃなくて近場で良いんだ。九十九里でも湘南でも・・・そのころはもうくらげが出ちゃってるから、温泉かな?」
 こいつ、はじめっからその気だったんだな?まぁいいや、俺も両親抜きで出掛ける事って今まで殆どなかったからさ、新鮮でいいかもね。
 と、一人で考えていたら恵斗が泣き出した。
「ったく、びーびー泣きやがって。」
 俺が渋々抱き上げようとした時だった、
「抱き癖をつけちゃうと後でお母さんが困ると思うよ。」
 榛南は最初にオムツの中を覗いた。次に時間を見て、
「10時か・・・」
と、呟いた。
 榛南に言われて、恵斗にミルクをあげた時間を戸棚の前に表を作って貼っておいたんだ。それを見て言ったらしい。
「恵斗君もお腹が空いたらしい。昼飯にしようか。」
 榛南がにっこり微笑んだ。


「由樹って・・・意外だな?」
「悪かったな・・・」
 終業式の後、先生が家庭訪問してくれて、期末試験の答案用紙と成績表を持って来てくれた。それを見ていた俺の後ろで榛南が覗き込んで来たのだった。
「だって・・・僕と殆ど同じ成績だったから・・・」
「ったりまえだろっ、だから同じ高校に行っているんだろうが!」
「そりゃあ、そうか。」
 ・・・気のせいだろうか?榛南の顔が赤くなった。
「榛南、お前具合悪いのか?顔が赤いぞ。」
 俺は素直にそのまま伝えただけだったのに・・・
「馬鹿野郎」
って怒鳴られちゃったよ。・・・なんでだ?
「ごめん・・・大丈夫だよ、なんともない・・・」
「そっか?だったらいいんだけどさ。」
「風邪なんて引いたら由樹が困るからさ、体調だけは気を付けているよ。」
「さんきゅ。」
 俺は再び素直な気持ちで、榛南の両手を両手で包む様に握り締めた。そうしたら・・・俯いたまま顔をあげようとしないんだ。
「離・・・」
「ありがとうな、榛南がいてくれなかったら俺、恵斗のこと・・・どうしていたんだろう?
 病院に連れて行けば良いのかもしれないけど看護婦さんだって忙しいだろうし、公立の児童相談所で預かってくれるらしいけどこの間テレビでさぁ、預けた子供が養父母の所で虐待された・・・なんてやっていたからそんな事になったら可哀想だしな・・・今まで俺は両親に我侭放題だったからたまには心配掛けない様にしてやりたいからさ・・・」
 延々と俺は榛南に話しかけていた、その間ずっと俯いたまま榛南は身体を硬くしていた・・・。

 夏休み2週間目。
 恵斗は榛南に懐いちゃって、俺はすっかり蚊帳の外。でも俺は段々この生活に楽しさを覚えてきた。
 だってさぁ・・・俺のかぁちゃんってば確かに俺のこと今までひとりっこだったから可愛がってくれていたけどさ・・・いつでも一番はとおちゃんだったんだ。
 だけど榛南は違う、何時だって俺のこと心配してくれているんだ。
 バイトは本の仕分け作業なんだ。慣れてくると殆ど頭なんて使っていないけど、でもさ、身体は1箇所の筋肉を酷使するらしくて変な「こり」があるんだよなぁ。
 そうすると榛南はすぐに蒸しタオルを持って来てくれてマッサージしてくれる。
 別にそんなことしてくれなんて俺、1回も言っていないけどさ、自分で察知してくれてさ・・・なんか・・・榛南が女の子だったら良かったのに・・・なんて思っちゃったよ。
 こんなに気が利いていたら絶対良いお嫁さんになれるって。
 飯を作らせれば美味いし、赤ん坊の扱いは手馴れているし・・・なんでだ?
 気になったことは素直に聞く。
「なぁ・・・どうして榛南、そんなに家事が出来るんだ?」
「・・・言わなかったっけ?僕のうち、母親が病気になっちゃってさ、ずっと僕が家事をやって来たんだよ。」
「ふーん、そうだったのか・・・全然知らなかったよ・・・ってお前の家、今どうなってんだよっ。」
 俺は慌てたよ。もしかして俺が榛南に甘えているがために、榛南の家族がひもじい思いをしている・・・なんてことになっていたら・・・。
 くくく・・・と頭の上から笑い声が聞こえてきた。
「ありがとう。でもさ・・・自分の家が僕無しで回って行く事くらい知っているよ。」
「?」
「僕がいなくても沙里南<さりな>がいるよ。あの子は家事が好きだからね。
 ・・・それに・・・母親の病気はもう治っているから大丈夫だよ。」
 沙里南ちゃんは榛南の妹で中学一年生だ。
「・・・俺さ・・・榛南のこと、何も知らなかったんだな・・・親友だと思っていたのに。」
 そうなんだ、俺は榛南の家族のことも榛南の好きなことも知らない。
 そう思ったら切なくなってきた。
「・・・由樹、恵斗君を風呂に入れてやってよ。」
 突然言われて俺は焦った。
「無理だって。」
「大丈夫だよ、恵斗君、大人しいから。」
「だけど・・・」
「見ててやるから。」
「うーん・・・」
 結局押しきられて恵斗を風呂に入れることになった。榛南はあの時、俺が暗い顔をしていたから気分転換させてくれたんだろう。・・・しかし思いっきり良すぎるよ。
 湯船に浸かっていたら榛南が扉の前までやって来た。
「ドア、開けてくれるかな?」
「OK」
 俺は全裸のまま、扉を開けた。
「馬鹿、前くらい隠せっ。」
 そう言って榛南は恵斗を放り出す様に俺の腕の中に落して、それ以上何も言わずに洗面所のドアを閉めた。
「なんだよ、おいっ。」
 反対にこっちのほうが恥ずかしいよ・・・っておいっ、どうしたら良いんだよ、こらっ、どこに行ったんだぁ。
「榛南、ごめん、ちゃんと隠したから、な?機嫌直してくれよ。」
 そーっと、ドアが開いた。
「・・・男同士でも恥ずかしいものなのか?」
 こくん・・・と無言で頷く。
 そして何か言いたそうに唇を動かしたけど、直に考え直した様に首を横に振った。
「その・・・思っていたより由樹のが大きかったから・・・びっくりした。」
 今度はこっちが赤面する番だった。
「・・・そんなことないだろ?榛南だって・・・」
 でかいこと、知ってる。
「学校の便所で・・・見ちゃったよ。ごめん。」
 こんなこと、普通だと思っていた。だから謝ったりすると変に背中がもぞもぞする。
「ってごめん、こんな事していると恵斗君が逆上せちゃう。」
「そーだったっ。」
 俺達は慌てて恵斗を風呂に入れ始めた。


 その晩・・・俺は見てしまった。
 この2週間、榛南は俺の部屋で寝ている。(恵斗も一緒だけど)
 はじめの頃はクラスメートや先生の悪口だとか漫画の話しなんかをしながら遅くまで起きていたけど、俺のバイトが結構朝早くて、段々布団にもぐったらすぐに寝てしまう・・・って感じになっていた。
 今夜も俺は、恵斗を風呂に入れた気疲れからか、すぐに寝入ってしまったんだけど、微かな声を聞いて目覚めた。
 本当にいつもだったら絶対聞き逃していた声だった。
「・・・ぃ、・・・っ・・・」
 何を言っているかは分からなかった。でも俺に背を向けて布団の中でもぞもぞと動いている・・・。
「うぅ・・・っ・・・」
 微かにうめいた。
 もしかして・・・榛南?
 そっと寝返りをうって榛南に背を向けた。
 俺が榛南のことずっと拘束しているから、榛南、好きな娘にも逢えないんだよな・・・。
 榛南の好きな娘って・・・誰だろう?俺の知っている娘だろうか?
 物凄く気になる・・・榛南が思いつめて、思いつめて・・・こっそり抜くくらい想っている娘・・・。
 何故か胸が締め付けられた。
 榛南が好きな娘って・・・想像した事もなかった。榛南は何時でも俺と一緒にいた。
 何時でも俺のこと見ていてくれて考えてくれていて・・・なのに俺は全然榛南のこと考えてなかった。
 今回、こうして榛南と向き合ってみて初めて榛南の存在の大きさに気付いた。
 ・・・榛南の恋、俺は絶対応援してやるから。その娘に恋人がいても人妻でも榛南が好きになった人だから、絶対応援してやるからな。頑張れよ。
 そう思ったとたん・・・涙が一滴、零れ落ちた。


 更に十日後。
 かぁちゃんより先にとおちゃんが退院した。しかし!ただ単に『お荷物』が増えただけだった。
 前述した通りかぁちゃんはとおちゃんが一番・・・だったから当然家事なんて手伝った事がない。(ちなみに俺も今まで手伝った事がない)
 なので榛南の家政婦業はまだしばらく続いた。
「おじさん、何が食べたいですか?」
 案の定、俺がバイトから帰ってくるととおちゃんは榛南に頼りっきりででれでれと日を過ごしていた。
「榛南ちゃんは美人だなぁ。」
 とおちゃんは下心丸出しのスケベじじいになっていて、こともあろうか榛南のケツ・・・失礼、尻を撫でまわし始めた。
「とおちゃんっ、榛南はボランティアで手伝ってくれているんだから。それに・・・男だよ。」
 とおちゃんはしらっとした顔をして
「分かってる、由樹が彼女を連れて来るわけないだろう、そんな甲斐性無いからな。そんなこと知っている。それに何度か由樹と一緒に居る所見ているからよ。
 でも、美人は美人だからな、これに性別は関係ないっ。」
 ・・・断言されてしまった。
 ・・・確かに・・・よく見れば・・・美人・・・だけど・・・って違うっ。
「それに榛南ちゃんはボランティアなんかじゃないよな?」
 ニヤリ・・・という感じで笑った。
「なんだよ、意味深だな?」
「おじさんっ、あ・その・・・今夜は素麺にしましょうか?」
「冷奴がいいな・・・」
 とおちゃんは榛南と俺をからかって楽しんでいる様だ・・・。
 ・・・ん?・・・何をからかっているんだ?・・・俺はそうだとしても・・・榛南?・・・まっ、いいか。


 とおちゃんは退院した翌々日から会社に行った。
 そして五日後、やっとかぁちゃんが退院してきた。
「ごめんね、伊瀬君、折角の夏休みめちゃめちゃにしちゃって。」
「いえ、全然。
 楽しかったです。家にいても兄弟が多いから、羨ましいです、昼間静かだから。」
「そうなの?だったらいつでも来て頂戴。なんならずっといてくれても良いのよ。」
 ・・・かぁちゃんは本気で言っている。
「その方が由樹も喜ぶし、ね?」
 思うんだけどさ、うちの両親なんか変だぞ?
「そーだよ、俺も明日でバイト終りだし、一緒に宿題やろーぜ。
 ほら、恵斗もかぁちゃんとこ行くからさ、二人で朝まで・・・」
 ここまで言いかけて、俺は思い出してしまった、いつかの夜のこと。
 その晩、思い切って聞くことにした。
「なぁ・・・榛南の好きな人って・・・誰だ?」
 榛南が本当に飛びあがりそうな勢いで驚いた。
「俺はいつも好きな人が出来たら榛南に教えているじゃないか・・・ケチっ。」
「ケチ・・・っていないものは教えられないよ。」
「いないのか?」
 嘘だろ?いないわけないよな?
「うん・・・こればっかりは。」
 じゃあ、あの晩、どうして?
「それより、由樹の片想いはどうなったんだよ?」
「片想い?って・・・あーっ、あれね・・・興味なくなった。」
「無くなったって・・・」
 確かに、高校入ってすぐに隣りのクラスの女の子に好意を抱いたけど、廊下ですれ違った時に聞こえた笑い声が凄く下品だったんだ。それを聞いたらがっかりしちゃって・・・どうでも良くなった。
「由樹・・・僕明日帰るよ。」
「なんで?」
「だって・・・明日は由樹いないだろう?だから用なしだし・・・」
「馬鹿、遠慮してんのかよ?いいって、榛南は今までずっと手伝ってくれたんだからでかい顔して居座っててくれって。バイト代入ったら旅行行くんだろ?」
 そうだよ、言い出したのは榛南だからな?
「行かない・・・違う、行けない。」
 榛南が俯いた。
「行けない・・・ってなんで?」
 俺・・・すっごく楽しみにしていたのに・・・。
「その・・・1ヶ月も家を空けただろう?母親が機嫌悪くてさ。」
「だったら俺が言ってやる。」
「いいっ。」
 断固とした口調だった。
「いいんだ・・・由樹とは今まで通り友達で、いたい。」
 友達・・・
「なんだよ、友達じゃないのかよ?」
「友達、だよ。」
 榛南の両肩を力一杯握り締め、揺すぶった。
「変だぜ?どうしちゃったんだよ?俺、何かしちゃったのかよ?俺じゃ、役に立たないのかよ?」
 俺じゃ、相談も出来ないのか?俺じゃ・・・榛南の支えにもなれないのか?
「離して・・・痛いよ、由樹・・・」
「榛南・・・」
 気付いたら俺は榛南の身体を力一杯抱き締めていた。
 ドクン、ドクン・・・自分の心臓が大きく鳴っているのが聞こえる。
「よし・・・き・・・」
「榛南・・・俺・・・」
 ドンッ、と突き放された。
「僕・・・そんなつもりじゃないから。」
 くるりっ、と背を向けられてしまった。
 ・・・馬鹿か俺は。なんで抱き締めたりしたんだろう。そうだよ、俺がとおちゃんに言った、『榛南は男だ』って・・・なんでこんなことしちゃったんだろう・・・。
「ごめん・・・俺、どうかしてた。」
 ビクッ、と小さく背中が震えた。
「大丈夫だよ・・・僕、慣れているから。」
 ・・・慣れている?・・・
「どういう、こと?」
「そういうことだよ・・・僕のこと、女と間違えて声掛けてくる人が時々いる。」
 顔がカァーっと熱くなった。
 俺はそういった類の人と一緒か・・・一緒だな?
 榛南を傷つけてしまった。
 俺はすごすごと布団の中に潜り込んだ。そして自分でもあのあとどうするつもりだったのか分からずに、ただ榛南を傷つけてしまった事だけを後悔した。


 翌日、バイトから帰るとやはり榛南はいなかった。


 新学期。
 俺は何事もなかったかのように平常通りに戻って行った。
 しかし、学校の榛南の席には、主がいなかった。

「先生っ、榛南は?」
「お母さんの具合が悪くて入院されたとかで今日は休むって連絡があったけど、龍野知らないのか?」
 のほほん、として担任教師が答える。
 な・・・なんだって?
「俺、帰ります。」
「龍野っ。」
 先生が背後から俺の名前を呼んでいたけど、そんなことに構っていられない、俺は全速力で走った。
 自分が自転車通学だった事も忘れて走った。榛南が心細い思いをしている・・・と決めつけている自分がいた。
 正門を出て、橋を渡り、ひたすらまっすぐ進む。
 まるで榛南のような道だ。あいつは何時でも真っ直ぐに俺を見ていてくれる。
 俺じゃ・・・駄目か?俺じゃ、榛南の支えには、榛南の相手にはふさわしくないか?
 傷つけてごめん・・・でも、好きなんだ、気付いちゃったんだ。
 俺は伊瀬榛南が好きだ、だからあの時抱き締めてしまったんだ。
 お前の気持ちなんて考えもしないで・・・いつでも自分本意な俺でごめん。
 だけどこれからはお前を支えてやるよ、お前が今まで俺にしてくれたように・・・。

 まだまだ、榛南の家は見えない。


「由樹・・・」
 思ったよりも明るい表情で、玄関先に榛南が出てきた。
「大丈夫だよ、またいつもの発作だから。」
「いつものって・・・よく分からないけど発作って何度も起きるとやばいんだろう?」
「うん・・・でも・・・母さんは知ってて手術しようとしないんだからどうしようもない。それに・・・」
 何かを言いかけて、止めた。気になったがそれ以上は追求しなかった。
「部屋行ってて。」
「いいよ、忙しいだろうから帰る。」
 ・・・俺は何をしに来たんだろう?
「由樹ありがとう・・・心配して飛んできてくれただろう?」
「心配しか出来ないからな。」
 そこに丁度すぐ下の弟の海南<かいな>君が帰宅した。俺を見て不服そうな表情を作った。
「何しに来たんですか?」
 俺のことを頭の先からゆっくりとつま先まで見下ろして、再び視線まで戻してきた。
「ふーん・・・」
 そう言って榛南の方を見た。
「変態」
 そう呟いて乱雑に靴を脱ぎ捨てると、部屋へ上がって行った。
「なん・・・」
 なんなんだ?弟ってあんなものなのか?兄に対してあんな態度を取るものなのか?それにどうして『変態』なんだ?俺の榛南に向かって・・・失礼だろうが。
 無性に腹が立ってきた。
「ごめん、海南にはちゃんと言っておく。」
 怒気を含んだ目で後姿を見送っていた俺に、榛南がなだめに入ってくれた。
「榛南・・・お母さんのこと以外に何かあったのか?」
 とたんに顔色が曇った・・・何かあったんだな?
「ここでは・・・話せないから、明日学校で・・・。」
 歯切れの悪い返答が戻ってきたけど、納得した。
「わかった、明日まで待っててやるから。」
 俺は伊瀬家を後にした。
 自転車を忘れてきた事実にここで気付いて、とぼとぼと歩き始めた。
 その途中、今度は妹の沙里南ちゃんと出会ってしまった。
「あ・・・」
 彼女の表情が揺れた。明かに、今回のことに俺が絡んでいるのは確かだな。
「なに?」
「いえ・・・あっ、こんにちは。」
 ぺコリッと頭を下げ、一瞬帰りかけたが、何か思うところがあったのか、足を止め
た。
「龍野さん。」
「ん?」
「榛南兄ちゃんは本当は母にとっても甘えたいんです。でも、母は兄に『長男だから』ってそればっかり言ってて。兄だけに母は過大な期待を抱いているから・・・。
 ・・・私、龍野さんのこと大好きです。だから・・・兄のこと見捨てないで下さいね。」
「沙里南ちゃん、ちょっと・・・」
 言うが早いか、彼女はもう振り返らず走り去ってしまった。
 そうだった、思い出した。
 少し前、榛南に「沙里南ちゃんを紹介しろ」って言ったことがあった。
 その時榛南は「由樹だったら皆賛成してくれるよ」って言ってくれて、「今度言っておく」って・・・でもそれっきり何も言わないからすっかり忘れていた。
 忘れてくれていると、いいな。
 
 その晩、俺は一睡も出来ずに夜明けを迎えた。


「今日ははっきり聞かせてもらうからな。」
 学校からの帰り、俺は榛南を自宅の自分の部屋に連れてきて、閉じ込めた。榛南もそれが一番良い案だと思っているのだろう、黙って着いてきて監禁されている。
「・・・夏休みに入る前、ちょっとしたことで母さんと喧嘩になったんだ。それで僕、丁度良いと思って由樹の家に転がり込んだんだよ、ごめん。」
「そんなことはどうだっていいんだよ、で?何があったんだ?」
「帰ってから僕の進学問題になったんだ。僕は大学に行く気はないって答えた。公務員試験を受けて地元の役所の職員にでもなれれば・・・って思っているんだ。
 そうしたらさ、母さん『榛南はもっと家のこと考えてくれているんだとばっかり思っていた』って言うから売り言葉に買い言葉で『僕は家族のためなんて考えた事無い、いつも犠牲になってきたんだからこれから先の人生は好きにさせて欲しい』って答えたんだ。
 でもこれは本心なんだよ。
 僕は・・・誰かと結婚して家庭を持つ・・・って気持ちも無い。」
 榛南?
「つまり・・・『跡継ぎ』とかを僕に期待するなってことになったんだ。」
「いいんじゃないか?榛南んち、弟が一杯いるから誰がどうしたって。」
「そうしたら母さんが『沙里南を由樹君と結婚させる』なんて言い出したんだ。」
「俺か?」
「前に、由樹が言っていただろう?沙里南を紹介しろって・・・。母さん由樹がお気に入りなんだ。僕にいつだって由樹みたいになれって言っていて・・・」
「ちょっと待った、どうして俺なんだ?」
 ・・・榛南が俯いた。
「それは・・・僕が・・・いつも・・・由樹の話ばっかりしてて・・・母さん、由樹が家に来たときも、ずっと見ていたらしい・・・沙里南のことも何気なく話したら、すっごく乗り気になっちゃって・・・それで・・・」
 突然しどろもどろな話し方になってしまった。
「それで・・・由樹だけは駄目だって・・・言った。」
 俺は、沙里南ちゃんだったら榛南とずっと一緒に居られる・・・ってそう思って紹介して欲しい、って言ったんだ。
 榛南とずっと友達でいたい・・・これは今の方が強い想いかもしれない。
 あの時、俺はぼんやりと『沙里南ちゃんと一緒になったら榛南と一生離れないでいられる』って思った・・・そっか俺はもうずっと榛南の存在を意識していたんだな。
「沙里南じゃなくたって、いいだろう?沙里南じゃなくたって・・・」
「別に、なんて言ったら沙里南ちゃんに失礼か・・・でも本当に俺、彼女に拘っているわけじゃないんだ。ただ・・・」
「ただ?」
 榛南、お前俺に何を言わせたいんだ?
 言葉に詰まって黙っていた。階下から恵斗の泣き声が聞こえる。その間、榛南も黙って俺の次の言葉を待っている様だった。
「前にさぁ・・・」
 先に口を開いたのは榛南だった。
「由樹、僕に好きな人がいるんじゃないか・・・って言っていたよね。」
 なんだよ?好きな人いないって言ったじゃないか、違うのか?
「もうずっと、好きな人がいるんだ。」
 ・・・やっぱり、いたのか・・・
「好きで、好きで・・・どうしていいかわからなくなるくらい、好きで、でも言えなくて。
 だって言えないよ。海南だっておかしいって言っていた・・・母さんも海南も理解してくれなかった。だから、言えない。」
 榛南が何か言っている・・・でも耳に入ってこないんだ。
「由樹・・・何か言ってくれよ。」
 唇を動かしてみた。出てきた言葉は「嘘だろ?」だった。
「何が嘘なんだよ?」
「榛南、好きな人・・・あっ・・・そうだよな・・・大丈夫・・・誰だって・・・俺、応援してやるって、決めてて・・・」
 なんだよ、なんなんだよ、どうして勝手に言葉が出てきて、涙が出てきて・・・。
 なにか生温かい物が俺の唇に触れて、離れた。
「ごめんっ・・・でも、そんな顔で泣かれたら僕・・・好きなんだ、由樹。」
 は?
「好きなのは由樹なんだよ。だから誰にも渡したくなくって由樹が好きになる人全部僕が邪魔してきた。言わないつもりだった、ずっと影で見守ってって、そう思ってて。
 でも駄目だよ、由樹が自分じゃない誰かを抱き締めていたりするのを考えただけで、苦しい。
 だったら僕が幸せにしたいって、願った。片っ端から神って名の付く物全てに祈ったよ、『由樹を僕にください』って。」
 ちょっと、待てってば。
「僕のファースト・キスは由樹に・・・って決めていた。」
「榛南・・・あの・・・」
 ええい、こんなときにどうして気の利いた言葉が浮かばないのだろう。
 榛南を抱き寄せた、今度は俺のほうから榛南にキスをした。
 榛南は瞳をパシパシさせながら、俺を見た。
「そういう・・・こと。」
「だって・・・僕は男だよ。」
「榛南は榛南だから・・・」
 照れくさかったからもう1度キスをした。
「俺のファースト・キスも榛南だしな。」
 二人とも叶わないと思っていた想いが通じたというだけでボロボロに泣いた。こんなんで俺達これから恋人同志になれるのかな?


「そうだったっけ?」
「そうだよ、忘れちゃったのか?」
「なんか違った気がするけど・・・」
 何を揉めているかって?
 榛南が先に俺に声を掛けたってそう言うんだ。
「だって・・・由樹すっごいムカつく嫌な奴だったんだよ、だから絶対僕が注意してやるっ、て意気込んで行ったんだ。でも・・・。」
「惚れちゃったんだ?」
 耳元で小さく囁く。
 コクンと頷く。
「俺は廊下でコケてた一年生に大丈夫かって声掛けただけだったけど・・・」
「☆*@#£※◎!?」
 何故か言葉にならないらしい。
「あれって、あれって・・・由樹だったのか?」
「うん。」
「・・・ほらみろ、やっぱり嫌味な奴だ。」
 仲間内で「面白い奴がいる」って言って一年生の頃、榛南のことで遊んでいた時期がある。別に苛めていたわけじゃない、反応が可愛かったから、何かあるごとにちょっかい出していただけ。
 まさか二年生になって同じクラスになるなんて、親友になるなんて、好きになるなんて、恋人になるなんて、あの時には全然考えていなかった。
「な?やっぱり俺のほうが先だろう?」
 俺達は学校ではあまり一緒にいることが無くなった。こうして昼休みに一緒に弁当を食べるのだって週に一回、金曜日に屋上で・・・って決めている。
 だって・・・照れくさくってさ。
 一緒にいると、知らないうちに榛南の身体に手が伸びてて、気付いたら何処か必ず触ってる。別に変な意味じゃなくって、誰だって好きな人には触れていたい・・・っていうあの心境、わかるかな?
 歩いているとついつい手を繋いじゃう・・・ってことで辛いけど我慢我慢。
「あのさ・・・海南が来年、ここに来るって・・・」
「はぁ?」
「うちの学校受験するって・・・」
「邪魔しに来るのかな?」
「うーん・・・ちょっと違う気がする。」
 知っている、海南君は榛南が大好きなんだ、だから俺なんかとくっ付くのが許せないんだ。伊瀬家の人達は皆榛南が好きなことくらいわからないのかな、榛南。
「でも・・・帰さないもんね。」
 榛南が食べかけていた卵焼きを奪い取る・・・勿論Mouth to mouth。本当に食べかけ。
「あー、僕の卵焼き・・・」
「ん?」
 なんか文句有るのか?って顔を向けようとした時だった。
「げっ、甘い、お前こんなもん食ってんのか?」
「・・・砂糖の量、間違えたんだよ、だから僕のほうに入れたのに。」
「とおちゃんの弁当箱に入れちゃえっ。」
 以上の会話で大体お解り頂けたと思うのですが、榛南は現在木曜日の夜から日曜日の夕方まで家に居ます。半同棲っていうの?
 俺の両親は榛南が大好きで、俺が気付くより前に俺が榛南のこと好きなのも知ってて。
 まだ納得しない榛南の母親は退院してきても口を利かないらしい。
 そう言ったら俺の両親が「だったら榛南ちゃん、家に嫁に来ちゃえ」って・・・榛南は男だってーの。
 だけどいくら半同棲っていっても階下で両親が寝てて、なぁ・・・できねーよっ。せいぜいキス止まり。興奮して声なんか出してみろ、翌日とおちゃんがニヤニヤしながら見るんだ・・・。
 なのでただ今俺達は独立計画立案中、なんだ。

 

「榛南、そういえば旅行の約束、すっかり反故にしちゃってて、ごめんな。」
「いいよ、キャンセルしたのは僕だから。」
「なんで『行けない』なんて言ったんだよ。」
「わかんないの?」
「うん」
「そりゃあ・・・」
 榛南の表情に憂いが帯びた。
「由樹のこと、意識しすぎちゃって襲わない自信が無くなっちゃったからだよ。」
「したい?」
「え?」
「俺と、したい?」
 榛南が俯いた。
「したい・・・けど・・・怖い。」
「なん・・・」
 あっ・・・思い出した。
 俺も榛南も経験が無い。全く、無い。だから知識はあっても技術が無い。
「一回くらい他の奴とやっとけば良かったかな?」
「いやだっ。」
 ギュッと、榛南の腕が俺の背中にまわされて、抱き締められた。
「誰が由樹に触れてもやだ・・・だったら怖いほうを選ぶ。
 大丈夫、僕我慢できる、由樹のこと、ちゃんと受け入れるから。」
「なんだよ、それ?」
 受け入れるって?何を?どうやって?
 ・・・ん?・・・
「由樹?あのさ、今の会話って・・・だよな?違ったのか?」
「そうだけど・・・男同士のセックスってどうやるんだ?」
 ・・・俺は知識もないらしい・・・カッコわるっ。

 土曜日。
 榛南にスポーツキャップを深く被らせて出来るだけ派手目のシャツを着せた。
「OK、可愛いって。」
 ムッとしているのが解る。でも文句が言えないのだ。
 電車を乗り継いで学校関係者が絶対居なさそうな繁華街を選んだ。
 榛南の手を引いて、小さいラブホテルに入った。
 黙って料金を払い、キーを受けとってさっさと部屋に向かう。ドアを開けて榛南を先に入れて
急いでドアを閉める・・・。
「ふぅ・・・」
「疲れた・・・」
 ここに来るだけでぐったりしてしまった。それでも榛南の顔を見たら心臓がドキドキしてきた。
 ここから先は榛南が主導権。
 部屋に入るなり、榛南はまず、帽子を脱いだ。そして俺を抱き締めた。
「由樹、本当にわからないの?」
「うん・・・」
「僕はずっと考えていた、由樹はどんな風にして僕を抱いてくれるのか、どんな風にして・・・君を抱こうかって。」
 身長差は殆ど無い、二人とも170cm前後。
 どちらからとも無く、唇を合わせる。俺はきつく榛南を抱き締める。榛南は・・・俺のジーンズの釦を外しにきた。
「あっ・・・」
 重ねたままの唇の端から、声を漏らしてしまった。
 それでも榛南は構わず、ファスナーを下ろす。ジジジジジジ・・・って怪しげな音。
 たった一枚の布越しに感じる、榛南の掌の感触・・・。
 榛南の舌が俺の歯の隙間をぬって入り込んできて、暴れまわる。
 暫く舌で犯されながら掌はじっと俺の形を確かめるような感じでじっとしていたが、不意にもう一方の空いている手が、下着の中に侵入してきたのだった。
「なっ・・・」
 慌てて俺は唇を離して抗議を申し立てる。
 しかし容赦無く榛南の指が・・・渕を辿っている。
「ここに、入れるんだ。いや別にここじゃなくってもいいけど・・・」
 そう言って今蠢いていた指が榛南の口の中でくちゃくちゃと音を立てている。そうして湿らせておいて、突然ズブッと、・・・入れられた。
「あぅ・・・っ」
「痛い?」
 首を振る。痛いというか、気持ち悪い。
「この辺がね、気持ち良いらしいよ。」
「あぁ・・・ちょ・・・っ、・・・ま、待ってっ。」
 確かに・・・だ・・・。

 そうして俺達は時間一杯目一杯、お互いの気持ちを確認しあった。

 行きと帰りでは榛南の表情が全く違う。満足気に微笑んで、俺にもたれかかって電車の中で眠っている。
 俺はと言えば・・・『こんなにハードなのか?』ってちょっと参っていたところ。
 榛南は大丈夫だったのだろうか?俺、めちゃくちゃ興奮してて、突っ走っちゃったから痛かったんじゃないだろうか?榛南は随分優しかったから・・・。
 だけど・・・こんな可愛い顔して、やる時はやるんだなぁ・・・なんて感心しちゃった。
 男臭い顔もするんだなって新しい発見。
 ・・・しかし・・・やっぱり家では出来ないな、俺の声がでかすぎる・・・するなら榛南のほうかな?っておいおい、駄目だってこんなところで考えちゃ、折角大人しくなったモノがぁ〜。
 パタッ
・・・ゲッ・・・何で?どうして?榛南、その手、どけてくれ、こんなとこで・・・あぁぁ・・・。

「ごめんごめん、全然気付かなかった。」
 くくくっ・・・ってまだ笑っている。笑い過ぎだぞ。
「僕は自信が無かったからね、だから寝てた。」
「・・・教えてくれよ。」
「そんなことわからないもん。」
「ケチッ」
 あ〜下着が気持ち悪いぃ・・・。
「由樹・・・」
 帽子のつばをちょっとだけ上げて、そっと唇を触れ合わせる。
「もう、僕のモンだ。」
 そして指に指を絡めてくる。でも次に発した言葉が
「・・・由樹のせいだからね。」
 なんなんだ?

 その答えは夜、部屋でわかった。
「ちょっ、待てって・・・昼間やったばっか・・・」
 説得力の無い、俺の身体・・・。
「今までは知らなかったから我慢できたのに、由樹の身体、知ってしまったからにはもう我慢できない・・・。」
 そうして夜は更けて行く・・・。

 案の定、朝のとおちゃんはニヤニヤだった・・・。

 

5

 俺も榛南も日曜日から水曜日の、十七時から二十一時までコンビニでバイトしている。
 少しでも早く独立したい。
「貯金がこれだけで、バイト代がこれだけだろう・・・アパート代はどれくらいになる?」
「月々の支払いを考えたら五万以内じゃないか?」
「木曜日から土曜日もバイト入れなきゃ駄目かな?」
「えっ・・・」
 榛南が抗議の視線を投げかける。
「これ以上は・・・我慢できない・・・」
 は、榛南ぁ〜。
「ち、違うって、だから、その・・・バイト先じゃ友達・・・って態度で接しなきゃいけないから、その・・・」
「なぁ、榛南・・・駄目なのかな?」
 俺、最近不自然に思ってきたんだ。
 俺の両親は別に俺達のこと、変な目で見ていないぞ。榛南のとおちゃんだって、榛南がいいならって言っていたぞ。ただ・・・かぁちゃんだけはな・・・。
「誰かに隠れて付き合ってても仕方ないじゃないか。」
「仕方なくなんか無いじゃないか、僕は由樹と一緒に・・・」
「学校で一緒にいられなくなった。」
「だけど、こうして今いられるのは付き合い始めたからだろ?」
「別にだれかれ構わず公表して歩くわけじゃないよ、普通にしていよう・・・ってことだよ。」
 コクン・・・
「いいのか?」
 コクン
「それが僕の夢だった・・・だけど母さんが反対してて・・・」
「なぁ、榛南。家に帰ろう。」
 本当は帰したくなんか無い。今だって週の初め、イライラソワソワしながら週末を待っている。
「誰からも理解して欲しいなんて思わないけど、榛南のかぁちゃんが反対したままだったら、可哀想だ・・・言っておくけど、榛南じゃない、榛南のかぁちゃんだぞ。」
 コクン
 今夜の榛南はやけに素直だ。
「由樹の言うことは聞くことにしたんだ。」
 頬を染めて言う。
「僕だって母さんにわかって欲しいから、ちゃんと話すよ。」
「話すのは、俺の仕事だ。」
「由樹?」
「榛南のかぁちゃんにはちゃんと俺が話してやる。明るい恋愛、しようよ。」
「由樹ぃっ。」
 榛南が甘えた声で俺に懐く。
「好きだよ、愛してる。」
 はぁ?あ、愛してる!?
「なんだよ、目を丸くして。」
「だっ、その・・・」
 愛してる・・・なんて・・・その・・・。
 でも、冷静に考えれば俺達は恋人同志で、えっちもしてて、半同棲状態だし、いずれ二人で暮らそうと計画中だし・・・。
「俺も、愛してる。」
 ・・・そう、愛してる。
 世界でたったひとり、俺の愛する人。

 次の日曜日に榛南の家に二人で手を繋いで行った。
 当然榛南のかぁちゃんは仏頂顔だったけど、それでも俺達の話しは聞いてくれた。
「榛南が大学に行かないといったのはこの町に留まりたかったからなんです。
 家族の側にいたかったからなんです。」
 そう、榛南はいつだって家族のことを考えていた。自分の感情を抑えて、家族のためにこの町に
留まろうとしていた、安定した場所で。
「榛南をたぶらかしたのは、俺です。榛南を責めないで下さい。」
「由樹、たぶらかしたなんて変だ。僕は君に惑わされたんじゃない、ちゃんと好きになったんだ。君と言う人間に出会って、恋をしたんだ・・・。」
 榛南・・・
「わかったから、もういいから・・・好きにすれば良いわ。幸い家には男の子がまだいるし、榛南なんかいなくても平気・・・」
「おかあさんがそんなこと言ったら、榛南はどうしたらいいんですか?」
「恥さらしな子供はいらないから。」
「人が人を好きになったら恥知らずなんですか?ジャア、あなた達だってそうじゃないですか、俺の両親だってそうだ。
 違うと思いませんか?誰が誰を好きになるかなんて、神様だって知らない・・・自分自身だけです。
だから大事にしていきたいんです。
 いつか後悔する日が来るかもしれない。でもやらないで後悔するより、良いと思いませんか?」
「由樹、もういい、これ以上は・・・」
 椅子から立ちあがって榛南が制した。
「これ以上、母を苦しめないで・・・」
「じゃあ、終わりにするのか?」
 長い沈黙だった・・・。
 榛南のかぁちゃんも、俺も、榛南が何か言うのをじっと待った。

「ごめん・・・」
 榛南は、そう、言った。


「僕の方が誕生日が早いんだから、僕が先。」
「俺のほうが3cm背が高いから俺だっ。」
「そんなこと言ったらこの間の期末テスト、僕のほうが成績が上だったぞ。」
「う・・・」
 年末。
 俺達は、一緒にいる。

『母さん、僕は今、母さんより父さんより、誰よりも由樹が大事なんだ。
 もしも同じ日の同じ時間に別々の場所で母さんと由樹が事故に遭ったら、迷わず由樹をとる。
 人を愛することを教えてくれたのは母さんなのに・・・。
 さようなら・・・もう、戻れない・・・』
 そして榛南は俺の手をとり、「帰ろう」って言った。
『あなたの息子で僕は幸せでした。』
 俺でさえ見たことの無い、穏やかな表情で、榛南はかぁちゃんに微笑んだ。
『解ったわよ、努力するから。だから・・・さよならなんて言わないで。』
 あの榛南がかぁちゃんを泣かしてまで、俺との仲をとったんだ。
 ・・・って言ったら当然の顔をして、更に
『あの場合あぁいうのが母さんには一番利くんだよ。』
ってしれっとして言った。
 ・・・本当に親子か?こいつ。

 二人の貯金とバイト代を足してなんとかアパートが借りられるようになったので、俺達は二人の『城』を作り始めた。
『ここからはじめような、そして少しづつ夢を叶えて行こう。』
 榛南がそう言うから、そうする。
 いつかお互いがお互いの意見を持って対立する日が来ても、俺達は乗り越えるために今を一生懸命頑張る。
 ・・・でも、最初の衝突が『表札の名前の順番』だもんな・・・。
 最終的には俺が折れた。
「・・・伊瀬榛南・・・いい名前だよなぁ・・・俺は好きだな。」
「龍野由樹だって素敵な名前だよ。」
「あったり前だよ。だって・・・」
「『俺の名前だもん』だろ?」
 ・・・畜生。先に言われた。

 最近、思う。
 俺は絶対、榛南のケツに敷かれるなって・・・。
 だって普段の生活もなにもかも、主導権はあいつだもん。
 だけど世界で一番、俺の事解っていてくれる人だから気にしない。
「由樹ぃ、ぼーっとしてると置いて行くぞー。」
「はいはい・・・」
 よっこいしょ・・・と掛け声をかけて立ちあがる。
「榛南」
「ん?」
「愛してる」
 その照れた顔も好きだよ。

 

 

おわり

 


Dear my best friend 春眠

I present this story to your sweet baby.

by Sei☆Kazuki