あ〜ぁ、ついてない…
ついてない ついてない ついてない
頭の中にはその言葉しか思い浮かばず重い身体で寝返りを打ち、
ふぅ・・
っとついた大きな僕のため息はいつもよりきっと3℃は高いだろう。
あ〜ぁ
どうしてあの時、突然あんな物が食べたくなったんだろう。
何もあんな時間に着替えてまでして買いに行く必要なんてなかったのになぁ。
大体マンションの1階にコンビニが入ってる
なんていうのがそもそもの間違い…っていっても日頃あれだけお世話になってるのにいえた義理でもないか。
…でもなぁ
よほど調子の悪い時の外出は控えるべきだ…というか外をふらふら歩いたりしちゃいけない。
本人のためにも他人のためにも僕のためにも。
妙な咳してるのは気になったけどレジで精算中、真後ろに立たれちゃ逃げるにも逃げられず。
それにしたって熱も高そうだったし咳もでてるのなら、マスクぐらいするのが常識、だよね。
おかげで僕はきっちり病気を移されてしまった。
しかもただの風邪なんて生易しい物じゃなく、よりにもよってインフルエンザ。
とにかく強力な奴で4日目の今日になって、ようやくピークが過ぎたかなって感じ。
時期が時期なだけに、出席停止のまま冬休みへと突入してしまったけどそんなことは大した問題じゃない。じゃあなぜ僕が大きく落胆してるかっていえば今日は年に一度のクリスマス・イブだから。
去年は美都と付き合ってから初めてのクリスマスだったというのに大したこともできずじまい。で、今年こそはと気合入れて色々策を練って美都へのプレゼントも1ヵ月も前から用意して心待ちにしてたのに、予定は全て駄目になってしまった。
…っとそこまで考えて突然襲ってきた悪寒に身震いをしながら布団を頭まで引っ張り上げる。
また寒気がしたってことは解熱剤がそろそろ切れる時間だろうか。
だったら起きてお昼ご飯を食べなきゃいけないんだけど…。
僕はもぞもぞっと布団の中で丸まった。
この体調のせいで身体を起こすという行為すらひどく億劫だ。
夕べから泊まりで看病に来てくれていた伸弘さんを、今朝方せっかくのイヴだからって帰したのは失敗だったかもしれない。
食事の時間だけでも様子を見に来るって言ってくれてたのに、それも辞退しちゃったんだよなぁ…。
美都が傍にいてくれると信じてたから。
主将になってから部活が休み難くなってるのは分かってるけど、こんな日のこんな時くらい何とかしてくれるって僕の期待を裏切って、
“部活終わったら速攻で行くから”
そんな一言であっさり美都は通話を切ってしまった。
何を慌ててたのか知らないけど伸弘さんが帰ったことすら話す暇もないくらいの短時間通話で、僕は携帯電話を片手に布団の中で倒れるんじゃないかと思うくらいショックを受けた。
…っていう今朝の出来事を思い出し僕はまた溜め息をつきながら、もしかして熱が振り返したのは美都のせいなんじゃないだろうか。
なんてちょっと美都に八つ当り。
だけどこんな今くらいは許してもらおう。
体調が悪いのは本当だし、こういう時はなんだか心が弱くなってしまうから。
特にひとりきりで寝てるってことがすごく僕を不安な気分にさせる。
目いっぱい布団の中で丸まって心の中でまた呟いた。
あ〜ぁ 本当に今日はついてない。
クリスマスなのにひとりぼっちだなんて…
◇
*
◇
*
◇
伸弘さんが用意してくれていたお昼ご飯を申し訳程度に食べたのが2時過ぎ。
とにかく薬を飲んで…
…また僕は眠りについた。
◇
*
◇
*
◇
そして次に目覚めたのは、何かの気配を感じたから…?
いや、違う。
…何だろう、これ。
寝返りを打った弾みで今左手に何かが触ってる。
パサパサしたような、チクチクするような…。
とにかくさっきベッドに潜りこむまでは僕の周囲になかったような物で、なんだかベッドに乗ってるってことが妙なくらい大きいっていうか、変なもの。
だけど触れてるだけじゃ正確には分からなくて、軽く掴むと何かが指に絡まって、
バサバサバサバサっ
引っ張った拍子にそんな音を立てながら顔の上に乗っかってきたのは真っ赤な…りんご?
じゃなくそれは目の前にぶら下がってるだけの物。
なんと僕の上の降ってきたのはクリスマスツリー。
何が起こったのかよく分からないまま起き上がろうとしたその時、
「せっかく良く見える場所に飾ってやったのに」
…あ、れ?
って思ってる間にツリーはあっさり起き上がり、それとは反対に僕の身体はベッドに押し戻された。
布団の中から美都を見上げて、
「何、これ・・?」
美都がいつの間にか傍にいたことより、溢れかえるほど飾りつけられたツリーの方が遥かに不思議。
なのに、
「クリスマスツリー」
答えた美都を思わず睨んでいた。
そんなことは見れば分かるって
「誰が持って来たのか訊いてるんだけど」
「ここに置いたのは俺」
さらに遠回しで変な答え方をしたのは、僕の質問の意図を察してるってことだ。
だってこのオーナメントの付け方は絶対美都の趣味じゃない。
解熱剤が効いてるのか熱は引いてるようだけど、美都のおふざけに付き合いたい気分でもなく、僕がそれ以上何も言わないままでいるとニコっと笑顔を浮かべた美都はベッドの傍を離れ戸口まで歩いて行く。
そして扉を開き、
「おーい、起きたぞっ」
廊下に向かって誰かに呼び掛けていた。
「? …美都?」
おかしな行動に結局身体を起こした僕がそう呼びかけても、やっぱり美都は笑顔で僕に振り返っただけで、少し戸口から身を引いた。
するとその向こうから何人かの足音が響き…
「メリぃクリスマぁス!」
ヒョッコリ顔を覗かせた白河の声の後、にクラッカーがパパパンっと4発。
ふんわり…
と、肩に舞い降りたクラッカーの小さな紙テープを取ることもせず、目の前の出来事にただ呆然としてしまっているだけの僕。
だって夢にすら思ってなかったことが現実に起こってるんだから…。
だけど僕が放心している間にも、戸口から遠慮もなくドドドと入って来た4人は、
「こんな時にインフルエンザなんて大変だったね」
「ホントっ、心成しかなんだかちょっとやつれて見える気がするもの」
「まぁだが、思ったほど具合が悪そうでもないような…」
「確かに。森丘が悲壮な顔してたから死にかけてるのかと思って来てやったのに」
それぞれが口々に色々言いながらもベッド脇にずらっと並んで、
「だったら病人の前でクラッカーなんて鳴らすなよ」
壁にもたれていた美都の言葉で全員がフフっと笑みを浮かべた。
一番僕の傍にいる優也は、確か今日から橘と日本海の方へ旅行に行くって言ってたはず。
その橘の隣にいる松前も、そして白河も誰と会うのかは知らないけれど予定が入ってて忙しいことを知ってる。
なのにわざわざ僕のために来てくれたんだって思うと、なんだか嬉しいを通り越して感動してしまって…。
みんなの顔を眺めているうちに泣きそうになった自分が恥ずかしくて俯きながら逸らした僕の目の前にさっきのクリスマスツリー。
「これ、みんなが?」
僕が有り難うの言葉すら言えないまま、みんなに背を向けてしまったというのに、
「誰ひとり自己主張を曲げないもんだから、ひどいツリーで申し訳ないんだが」
「そうかなぁ、僕はたくさん乗ってる方が賑やかでいいかなぁって…」
「だから優也が誰よりも多くオーナメント買ってたんだな?」
「ふふっ、それだけ愛情が溢れてるってことなのよ」
なんて僕の態度なんか気にせずいつも通りに会話を続けてくれるみんな。
そんなみんなの顔を順番に眺めた後、ひとり外れて立っている美都に視線を向けると笑顔で二度頷いてくれた。
こうやって僕が笑顔でいるときは必ず美都も笑顔でいてくれる、ってこと。
いつも分かってるつもりなんだけど…。
近頃の僕は駄目だなぁ。
寂しい時だけ健忘症になるみたい
◇
*
◇
お大事に
って、程なくみんなが帰ってしまったのはやっぱり僕の体調を気にしてくれていたから。
レースだけを引いている窓の外に目を向けると、夕飯までにはまだ早い時間だというのに窓の外はすっかり闇。
僕の部屋も薄暗く、みんなの愛情が一杯に乗ったツリーの明かりだけが静かに枕元を照らし出していた。
「ごめんなさい」
枕元のツリーを見上げてそう呟いた僕に、
「ん〜?」
少しダルそうな美都の声。
インフルエンザが移るって言ったんだけど、ウンとかスンとか言いながら僕の隣りに潜り込んでしまった美都はちょっと転寝しかかっている。
僕が何も返さなかったせいか薄目を開けて僕を見ると、
「何か悪いことでもやらかしたのか?」
くぐもった問いかけに僕は小さく頷いた。
「みんなにね、悪いことしたなって」
すると美都は口の端に薄笑みを乗せて、
「そんなに気を使うことはないんじゃないか?」
優しく頬を撫ぜてくれた。
そんな美都の手の上に僕も自分の手を重ね瞼を閉じる。
いつもならゴメンじゃなく、アリガトウで済ませられるんだろうけど、
「僕、昼間ひとりで寝てる時、今年のイヴはなんてついて無いんだろうって思ってた。伸弘さんを帰しちゃったのに美都は部活を休んでくれないし熱が高いのに誰も傍にいてくれないし、外はきっとクリスマスでみんな浮かれてるはずなのに、そんな騒がしさとは僕だけ無関係でひとりぼっちだって思ってたんだ」
だけど
「美都、今日部活行ってないんだろう?」
もし行っていたとすればあんな時間に僕の家には来ないはず。
だったら多分、みんなと会ってたんだと思う。
「一緒にツリー買いに行ってくれてた?」
誰も僕のことを忘れたりなんてしてなかったんだね。
と僕の質問に首を横へと振った美都は、
「部活は元々休みだった。って黙ってたのは翠を驚かそうと思ってたからで、あいつ等と一緒に居たのも事実だが俺は最初から別の目的で朝から出かけてたんだ」
言った口元には何とも悪戯っぽい笑み。
その笑顔の理由をものすごく知りたくなって、
「何?」
って尋ねた僕に少し考えるよう唸って見せた美都は、
「夕飯の後まで待てないか?」
変にもったいぶってる。
何かを企んでるのはバレバレだけど、わざと僕は時間を置いて…そして笑顔で頷いた。
僕が考えてる間、微かに混じった美都の照れたような仕草に何かいいことが待ってるぞって感じたから。
「そんなに期待するようなことじゃないからな」
直ぐに美都がそう言ったのは、きっと僕がよほど嬉しそうな顔をしたからだろう。
「優也が病人食・クリスマスバージョンとか言って飯、置いて行ってくれたから、お楽しみの時間までもう一眠りしておけよ」
なんて短いキスの後、欠伸をかみ殺して僕を抱き込みながら先に瞼を閉じたのは美都の方だった。
朝が早かったのか、さっきからずっと眠そうにしてる。
本当にこんなことしててインフルエンザが移らないのだろうかと心配しながらも、僕は美都の好意に甘えてしまいたくて広い胸に額をこすりつけながら目を閉じた。
そうしていると聞こえてくるのは美都の規則正しい胸の鼓動、それとエアコンが風を吹く暖かい音のふたつだけ。
ただそれだけしか音が無い。
…なんだか今までで一番静かなクリスマス・イヴ
静かだけど満たされてて穏やかで。
「こういうイヴもいいね」
あまりに小さな呟きだったからなのか、それとも先に寝てしまったのか身じろぎひとつしない美都。
それとは正反対にまだ体調の悪い僕が中々寝つけないのは、きっと今日はとても嬉しいことがあったから。
この気持ちを上手く記憶に留めておきたくて、頭の中で何度も今日の出来事を再生しながら、ゴメンナサイはさっき言ったから今度はアリガトウって言ってみようかな、とか考えていた。
そして早く元気になって、みんなに少しずつ感謝の気持ちを返して行こう。
っとちょうどその時、外から澄んだ子供たちの歌声が聞こえてきた。
どこかの教会から子供たちがやって来て、こうやって所々で歌を披露するのは毎年クリスマスの恒例行事。
綺麗な歌声の“聖しこの夜”を静かに聴きながら、あまりの心地良さにいつしかウトウトしていた僕の耳へと届いた次の曲はアップテンポのあの曲だ。
クリスマスと新年をお祝いするあの歌。
繰り返される同じ言葉を僕は頭の中に思い浮かべると、
今僕はこんなに幸せだから、少しづつみんなにその幸せが伝わればいいな
って、そんなことをみんなのために祈りたい気分になってた。
それは、いつも一番傍にいてくれる美都のために
それから、今日来てくれたみんなのために
そして、世界中の誰もがみんな、
せめて今夜だけでも幸せな気持ちでいられますように…
I wish you a Merry Christmas...
作:杜水月
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