静かな夜、静かな月 

 住宅街の間から、時折受ける明るい日差し。
 梅雨に入ってから降り続いている雨は、昨夜の内に止んでいたのだろうか。朝日に晒されている路面は所々乾いている。梅雨とはいえど久し振りに見た晴れ間はすっかり夏を感じさせていた。












「おっはよう、森丘君」
 軽快な呼び声。
 振り向く間もなく弾む足取りでやってきた白河亜美が肩を叩く。
「おーどうした。今日一人で登校か?」
 俺は一瞬足を止めると辺りを見回した。
「こんな天気の日にマドンナ一人で登校させてるようじゃ、あいつら親衛隊の肩書き返上だぞ」
 彼女は自他共に認める学年一の美少女…というよりは高校1年生にして既に女の色気を漂わせてはいるのだが、見た目によらず結構男勝りの性格を俺は気に入 っていたりしている。
「そこまで一緒だったわよ、森丘君見つけたから捨ててきちゃった」
 いいながらさっさと歩き出した。
「冷たい女」
「そう? 大体親衛隊だかなんだか知らないけど、四六時中そばにいられたんじゃたまったもんじゃないわよ。アイドルタレントじゃあるまいし」
 悪びれもせず肩をすくませる。
「白河だったら充分素質有ると思うぜ」
「それを言うなら森丘君だって似たようなものじゃない。本気で声を掛けたら、なびく娘結構いるわよ」
「冗談。女で気安く声掛けてくるのってお前くらいのもんだぜ」
 白河は少し考えるふうに首を捻ってみせ、
「そりゃあ、その仏頂面じゃねー」
 いい終わらないうちに突然の突風。
「うわっ!」
「キャッ」
 周りにいた学生達も一斉に足を止める。
 何気なく見上げた空の流れる雲の速さが、迫り来る嵐を予感させていた。
「こりゃぁ派手に来そうだな、さっさと休校にしちまえばいいのに」
「荒れるのは午後からって言ってたからね、警報さえ出てくれれば途中でも帰れるんだけど…」
 悪戯っぽい笑みを浮かべながらの白河の流し目。
「森丘君が柄にもなく占いなんかしてるから嵐が来たんじゃない?」
 俺は思わず固まってしまった。
 やっぱり見られてたか…
「何占ってもらってたのよー、このこのぉ。抜け駆けは許さないわよ白状しなさい!」
 拳を作って軽く俺の腕にパンチを入れてくる白河に、俺はこの間の日曜日の出来事を聞かせる羽目になった。

.......... * .......... * .......... * .......... * .......... * ..........

 それにしても、毎日毎日良く降るよなぁ…
 この梅雨の長雨で部活が休みになり、久し振りに中学時代の友人宅に遊びに行っていた帰り道のことだった。
 ふと見上げたショーウィンドウ。この曇天の空の下、夏物のカジュアルウェアがスカイブルーの空をバックに陳列されている。俺はその中の端から二番目のパーカーに目をやっていた。
 名前と同じ、こういう色着せると似合うだろうな…。青でもなく緑でもない、その中間を思わすような色。名前というのは人格構成に重要な要因の一つだととこかで聞いたことがあるが、あいつの場合どっちが先だったんだろう。名前にその雰囲気が沿ったのか、初めから名付けた人が それを見抜いていたのか…。

「学生さん、ちょっと寄って行きませんか?」

 知らず立ち止まっていた俺は不意に呼びかけられる。振り向くと予想外の至近距離で、手招きをしている人物が目に入った。このくそ蒸し暑いのにジプシーまがいの黒装束、テーブルには水晶玉。いわゆる街頭占い師というやつだ。
 何故俺を?
 自分の外見の取っ付きにくさには充分自覚はある。不思議には思いつつも関わる気には当然なれず。
 即座に逆方向へと一歩踏み出そうとした時、
「まあまあ逃げずに」
 なんと占い師は身を乗り出すと強引に俺の腕を引いた。
「今日はさっぱり暇なので特別にサービスさせていただきますよ」
「…俺、そういうの信じてないんですけど」
 少し目を細めて睨んでみるが、
「そう言わずに話だけでも、ね」
 やたらと強引なこの占い師は俺の視線にもめげず、無理矢理自分の前の椅子に俺を座らせた。かなりムっとしながらも、机の上に組んで置かれた白く細い指に、つい目を引かれてしまう。もともと色白なのだろうが、全体の黒のせいでその白さがひときわ強調されて見えた。
「恋の悩みですね?」
「は?」
 唐突な発言に視線を占い師へと戻すと、
「いえいえ、言わなくても私にはよぉく分ります。さっきの学生さんの憂い顔はまさしく恋愛の悩みと見ました」
 黒のメッシュ地の奥から上目遣いに俺を見た占い師を、まじまじと見つめ返してしまう。
「図星ですね、学生さん。お兄さん男前だから特別に無料にしておいてあげましょう。 で、その方のお名前と生年月日は?」
 メモと鉛筆をズイと差し出す。
「えっ、っと…」
 俺は一瞬どころか、かなり躊躇して僅かだが上体を引ひた。見た目の線の細さとは裏腹に、態度も言葉もやたらと押しが強いのだ。
「それからあなたのお名前と生年月日もね。…あ、そんなに警戒しなくってもいいんですよ、ここで店構えることって滅多に無いですから。あなたが自主的に来ない限りは二度と会うことも有りませんし、もちろん秘密を漏らすなんてことは絶対に有り得ません」
 ただの覗き見趣味じゃないかと思いながらも、占い師の嬉々とした雰囲気に断るに断れなくなってしまった。
 俺は深く溜め息をつくとメモとペンを取る。
 実際俺は占いなんか信じるほうでもなく、女の子ならまだしも高校生にもなった男が、しかも一人で街頭の占いなんてとんでもない話だと思うのだ。なのについ乗せられてしまったのはこの占い師の強引さと……
 魔が差したんだろうな、多分。






森丘美都 ××××.8.1
佐伯 翠






 書いて差し出した。
 占い師はジッとメモを見つめた後、更に少しの間黙ってメモと俺とを交互に見つめていたが、何か意を決したようズズっと横に除けてあった水晶玉を勢いよく引き寄せ、
「綺麗なお名前ですね、もりおか…」
 ちらっと俺を見る。
「よしとさん。とお読みするのでしょうか?」
 黙っていることが肯定していると解釈したのか、占い師は言葉を続け、
「さえき…」
「あきら、です」
「…あきらさんの生年月日はお分かりにはならないんですね?」
 頷いた俺に占い師はニコッと微笑みかけた、ような気がした。
 口元も黒い布で覆われていて顔全体も良く分らないのだから仕方がない。
「では、佐伯翠さんのことを強く心に想い描いてください」
 言って占い師は水晶を見つめると、テレビで良くやるように水晶の上に両手をかざしてぶつぶつと何か唱え始めた。
 おいおい
 さすがにこれはどうなんだ
 相手が水晶に集中しているのをいいことに、俺はフリだけでろくに水晶も見ずその辺りに視線を漂わせていた。
 まともに付き合ってられるかっていうんだ。



 ――数分後


 占い師は手を水晶の上からテーブルに移すと小さな溜め息をついた。
 そして…
「この方、男性ですね」
 俺は愕然と占い師を見つめてしまう。
「どうりて深刻な顔をされていたはずです」
 占い師は納得といったふうに頷いてみせる。
「あ、引かないでください。こういう仕事しているとまま有ることです」
 信じるつもりは無かったが、名前だけで性別まで分ったとも思えず…。 眉間にしわを寄せ占い師を眺め入ってると、占い師は少し間を置いて口を開いた。
「でも勿体無いですね…、女性には興味がないんですか?」
「有りますよ、当然」
 占い師はおやといったふうに首を傾げた。
「なら、どうしてわざわざ」
 どうして…?
 ってそんなことこっちが訊きたい。
「理由なんているんですか、人を好きになるのに」
「……確かに」
 不機嫌丸出しの俺の言葉に、占い師は若干姿勢を正して見せると突然まじめくさって言葉を返した。
「で、どうなさりたいとお望みなのでしょうか?」
 ?
「…どう、って?」
「お付き合いしたいのか、諦めて別の恋を探したいのか」
 俺は視線を落として考える。実際そこまでは考えたことがなかったからだ。
「告白するつもりは無い、けど…」
 言い澱んでしまった。
 テーブルの上で指を組み直した占い師は、
「相手が男性ということで悩んでおられるんですね?」
 俺は黙って頷いた。誤魔化しようが無い。
「結論から言いますとですね、相性は悪くはないです。と言うより男女間なら結婚まで行ってもいいくらいの相性ですね。思い切って気持ちを伝えてみては如何ですか?」
 は?!
 人が真面目に答えてたら何てこと言いやがるんだ。
「今年の夏、何かあなた方の間で変化があると暗示が出てますから。そうですね、悪い暗示ではないので何かきっかけを作って…意識しなくても自然にきっかけが生まれるかもしれませんけど、折りを見て告白してみるのもいいかも知れませんね」
 あんた、そんな無茶苦茶な…
「相手が同性だということにとらわれすぎないようにすることです。自分に素直になることがあなたの幸運の鍵ですから」
 占い師はすっと手を差し出した。
「頑張って下さいね」

.......... * .......... * .......... * .......... * .......... * ..........

「変わった占い師さんだわ」
 俺の話を最後まで黙って聞き終えた白河が感想を述べる。
「その超シャープな美形に睨まれたら大概の人って一歩引くわよ」
「超シャープな美形ってどんなだよ」
「そんなだよ」
 おどけた声を出すと白河は指で俺の顔を指した。
「森丘君がもうちょっと愛想良く笑ってたら橘君といい勝負すると思うんだけどなぁ」
 橘君とは隣のクラスの『橘 郁』のこと。成績優秀・スポーツ万能・容姿端麗と三拍子兼ね備えた学園屈指のモテモテ男だ。自分の容姿に別段文句はないが、そんな奴と比べるのはやめていただきたい。
 不機嫌丸出しの顔で俺が白河を見る。と、
「そうそう、その目っ。その目が悪いのよ。話してみると普通の高校生なのに森丘君仲間意識強いっていうかさ、親しい友達の前でしか笑わないじゃない。黙ってると非常に近寄りがたい雰囲気持ってるって知ってる?」
「知るかよ」
 俺の憮然とした言葉に白河はふふふと笑う。
「まぁいいんだけどね。で、どうするの?」
「何が」
「佐伯君のこと。占い師さん曰く、当って砕けろってことでしょ?」
 今更尋ねるまでもない質問じゃないか。
「それが出来れば同志協定なんか結んでないだろう」
 白河は少し首を傾げるよう顔にかかる髪を軽く掻き上げて、
「同時に宣戦布告もしたわよ、ひ・ろ・み」
 意味深に視線だけを俺に送って見せた。


 …そう、あれは高校に入学して2ヵ月目に入った頃。
 俺は教室の一番後ろの窓にもたれ掛ってボンヤリとあいつを目で追っていた。
 今日に限ったことじゃない
 気がつくと視線の先にはいつも佐伯がいる。俺自身その想いに自覚は有った…。ただ、
「佐伯君好きなの?」
 ハッキリと言葉にされたのはこれが初めてだったのだ。必死で動揺を隠しながら顔だけで振り向くと、そこに笑顔満面の白河が立っていた。
「佐伯君って美人だもんね」
 彼女はすっかりそうだと肯定して話を続けたが、突然図星を指されて不覚にも二の句が告げない俺。話の展開が読めないでいたというのが正しいか。
「そんなに驚かなくっても大丈夫よ。同志を見抜くのは上手いのよねぇ、私」
 極力悟られないようにはしていたのに、そんなふうに見えたか…。
 しかし
「同志?」
 白河はふふふと笑う。
「そう、私も好きなの。佐伯君のコト」
 言って俺の横に並ぶと窓にもたれた。
「私は中学に入った時からずーっと好きだったから、片想いのキャリアからすれば私の方が先輩ね」
 別段言葉に含みも無く、あっけらかんとした彼女の言葉に俺もあっさり心を開く。
「どうして判った?」
 彼女は佐伯を見つめながら目を細め、
「視線…」
「視線?」
「そう。視線がね、いつも私と同じ方を追ってるの。あれぇ、なんて思ってたんだけど今確信しちゃった」
「女の感はスゴイもんだ」
「恋してるからね」
 俺はつい笑ってしまった。ホントあっさりした女。
「でもらしくないな、白河が片想いなんて」
 彼女は口元だけで笑いながら、
「当ってね…」
 横目でちらっと俺を見る。
「砕けちゃったの」
 ちょっと大袈裟気味に目を見開いてみせた俺は、
「いつ?」
「中1の時」
 つい吹き出した。
「そんなのとっくに時効だろ。昔の白河はどんなか知らないけど、今だったら充分いけるんじゃないか?」
「そういう問題じゃないの。いくら私でも同じ人間に二度も振られる根性、さすがに無いわよ。こう見えても傷つくんだからね」
「それは…、そうだ」
 後ろのガラスに頭を預けた俺に、白河が見上げるように流し目を送ってくる。
「今日から私をお蝶婦人って呼んでね」
 ?
「だから森丘君は岡ひろみなの」
 ??
「ひろみ、あなたでも決して容赦はしなくってよ」
 悪戯っぽく向けられた笑顔に、ようやく言葉の意味が掴めた。
 お前は一体何年生まれだっ!


 今朝の言葉はこのことを指してるんだろうがあれが宣戦布告ねぇ…。
 昔流行ったアニメだから詳しい内容までは知らないが、大筋くらいは俺だって知ってはいる。確か最後はその想い人が死んだとか何とかで、何故俺が女に例えられるのかという以前に設定が悪すぎるような気もする。
 しかし…
 最終的にどっちがくっついたんだろうか。
 などとそんなどうでもいいことに俺は思考を巡らせながら、昇降口扉へと殴りつけている雨を眺めていた。
 天気予報の予想通り3時間目あたりから一気に暗雲がたち込め、昼休みに警報発令。午後からは俺の期待通り休校になるにはなった…
 有り難い有り難い
 と早退を素直に喜べないのは傘が無いからだ。
 親に散々忠告されていたというのに、馬鹿だったんだな俺って。
 一応一緒に帰ろうと誘ってくれた友人はいたが、他に所要があって…仕方なく俺はこうして下駄箱横で一人取り残される羽目になった。
 人影もまばらになってしまった校舎。しかも昼だというのにこの暗さときたら…。
 自然と気持ちも滅入ってくるってものだ。
 その辺の蓋付きごみ箱に軽く腰掛けた俺は、思考を元に戻すと深く溜め息をついた。
 こうやって落ち着いて考えてみると、佐伯とどうこうなんて悩むこと自体が間違っている気もする。
 世間一般の常識からいえばこんな想いは枠から外れてるんだ。告白できないならせめて友達くらいには、という願いも虚しく現実はそれすらも叶いそうには無い。
 占い師はああ言ったが、佐伯との相性は最悪だ。
 何故って、

“何か恨みでもあるわけ?”

 佐伯と交わした最初の言葉がこれなのだから。
 入学して間も無い頃。その日、日直だった俺が休み時間に黒板消しを叩いていた時のことだ。
 ちなみに教室備え付けの黒板消しクリーナーは先週から故障中。
 いつになったら復活するんだと内心ぼやきながら、俺は教室の一番前の窓から身を乗り出していて、二つ隣の窓の側に佐伯が居た。声に振り向いてみると、風下の佐伯は小さく咳をしながら眼鏡を外し目を擦っている。
“あっ、悪い。気がつかなかった”
 誰だっけ?
 などと思いながらシラッと言ってのけた俺へと睨み付けてきたのが佐伯。

 ……

 直ぐには言葉が出なかった。
 俺はその視線、というより瞳そのものに釘付けになってしまっていたから。
“睨むことないだろっ、被害者は僕なんだぞ”
 眼鏡を掛け直しブレザーを叩きながら席へと返って行く後ろ姿から目が離せない。
 見返り美人ってあるんだ…
 振り返って、そしてもう一度見つめ直したいような美人。
 佐伯を目で追うようになったのは確かそれからのこと。
 ずっと気になって何か話すきっかけが無いかと思っている気持ちとは裏腹、その後も水道の水ぶっ掛けるはサッカーボールぶつけるは足引っかけるは…。
 すべて不可抗力とはいえ、この余りのタイミングの悪さに天を呪ったことが何度あったか。
 好き以前に嫌われてしまっているかもしれない。
「あーあ、諦めちまおうかな」
 俺は肩を落として小さく呟いた。
 長年片思いの白河には悪いが、どう考えても俺の前途は今日の天気と一緒で真っ暗 …っと、突然視界が本当に真っく、ら…??
 えっ?!
 驚いて目に覆い被さったものを振り払うように立ち上がった手が、パシという小さな音と共に何か柔らかいものを掠めた。
「いたっ!」
 小さな悲鳴を上げた人物を確認して俺は唖然とする。
 振り返った俺の後ろでは、右手で頬を押さえながら険しい表情の佐伯が、眼鏡の奥から睨みつけているじゃないか。
「さっ、佐伯?」
 慌てて立ち上がる。
 またやってしまった!
「いきなり殴るかなぁ、ふつう」
「悪い、痛かった…よな。ごめん…」
 まだ睨みながらも半ば呆れ気味の佐伯の言葉に、片手で拝むように心底謝罪の意を示した。
 そんな俺を少し見つめた後、
「森丘に係わるといつもひどい目に遭う」
 佐伯は右手を腰に当て溜め息を一つついた。
「まっいいけどね、いきなり目隠しした僕も悪かったんだから」
「目隠し?」
 つまり、子供が良くやる “だーれだ?” ってやつか?
 佐伯は口元に悪戯っぽい笑みを浮かべると、
「薄暗ぁい廊下の向こうにボーっとしてる森丘が見えたから、驚かしてやろうと思ってさ。なのに声掛ける前に殴るんだもん」
「だっ、だから今のは不可抗力だって、殴るつもりなんか無かったよ。本当に悪かったって」
 クスッと小さく笑った佐伯。
「うそうそ、全然気にしてない」
 少し脱色したような細い前髪を掻き上げて、流し目で玄関を見る色っぽい仕草に思わず俺は目を奪われてしまう。
 …こんなに惹かれるのに、諦めるなんて無理だ。
「で、嵐が来てるというのに、森丘はこんな所で何呆けてたのかな?」
 問い掛けと同時にその視線を戻したものだから、俺達は真っ正面で見つめ合う形になった。
 前髪を掻き上げたままの姿勢で黙って俺を見ていた佐伯が微かに首をかしげる仕草に、つい手を伸ばしてその頬に触れたい。
 などという邪な衝動を瞬殺した俺は極力自然に目を逸らすと壁にもたれた。
 ごみ箱挟んでエロスモードなんて洒落にもならない。
「実は傘忘れちまって、途方に暮れてたんだよ。ちょっとこの降りじゃ駅まで走る根性無くって」
「こんな日に傘忘れるなんて馬鹿の極みだね」
 うっ
 それを言ってくれるな。
「高橋とか吉野とかは?  同じ駅方向じゃなかったっけ?」
「ちょっと顧問に用があって先に帰ってもらった…って。佐伯もこんな時間まで何してんだよ」
「運悪く日直だったんだ、最後まで残って教室の戸締まりやってた。家、近い」
 バン!
 突然の物音に佐伯はビクッと肩を竦めて外をを見やる。扉脇に立てかけてあった何かが風で倒れたようだ。
「雑談してる場合じゃないね、早く帰ろう」
 言いながら下駄箱に向かう細身の身体を目で追っていた俺へと、ふいに佐伯は振り向いて、
「何やってんの、一緒に帰ろうっ」
 傘を持つ手を大きく振った。







 外は想像以上の悪天候
 風向きなんてお構い無しに雨が四方八方から降り付けてくる。
 高校生の男二人が一つの傘に納まりきれるはずも無く、冷たいだの寒いだの痛いだの散々喚く佐伯をようやく黙らせたのは、鞄を抱きかかえる佐伯の肩を左腕に抱き込み右手には傘を二人に覆いかぶすよう持ち替えた時だった。
 これってまるで…
 という状況になってはいたのだが、この嵐の中じゃそれを堪能してる余裕は無い。
 やっとの思いで佐伯のマンションへと辿り着いた時には、傘は無かったのかと尋ねられてもおかしくないくらい二人共ずぶ濡れ状態になっていた。
「悪かったな、佐伯まで濡らしちゃって。早くシャワーでもして暖まれよ」
 寒さで小刻みに震える佐伯にじゃあと軽く手を挙げた俺は、
「ちょ、ちょっと待って!」
 慌てて呼び止められた。
「いくらなんでもその格好で電車に乗るのは無謀過ぎるよ」
 言いながら俺は服の袖を引っ張られ、
「部屋、寄ってって」
「え…」
「どうせ独りで住んでるんだ」
 丁度到着したエレベーターに乗り込んだ佐伯の手はまだ俺の服を掴んだまま…、つまりなすがまま同乗してしまった俺。
 弱ったな…
 佐伯は7にランプを点けると直ぐに閉のボタンを押した。
 ゆっくりと扉が閉まりワイヤーが絡まる音。
 ガクンと小さく振動してエレベーターが動き出すと同時に、その細い指は俺の服からさりげなく離れた。
 上手く話題が思いつかず、沈黙を楽しむ余裕もない。
 所在無く彷徨わせていた視線が結局は佐伯で止まった。
 濡れたシャツ1枚に覆われた背中ははっきりと佐伯の身体のラインを映し出していて…。
 まずいとは思いながらも視線が外せない。
 さっき抱いた感触で分かったが、男にしては随分華奢な肩にはまだ幼さが充分残っているってことを再認識してしまう。
 なのに腕を動かすたびに滑らかに動く肩甲骨は妙に艶めかしくて…
 肌にへばりついたシャツを気持ち悪そうにはがしている佐伯は、もちろんそんな俺の想いなど想像すらしていないだろう。
 下げていた佐伯の手が、ふと思い出したようにズボンのポケットの上に行き、次いで抱いていた鞄の横ポケットのファスナーの中をまさぐり、つたう雫が気になったのか軽くその手を振ってもう一度チェック。
「あれ、れ?」
 小さく呟きながら今度は眼鏡を取った腕で額をぬぐった。しばらく鞄の中に手を泳がせていたが、ついに目標物発見。
「無くしたかと思った」
 ジャラジャラと金属のぶつかる音と共にキーホルダーを握り締め、微笑みながら素顔の佐伯は振り返る。
 あどけない少年の笑顔から逃げるよう、苦笑いで閉じた瞼の意味を佐伯はどう理解するだろう…


「じゃ、悪いけど先入ってくるね」
 部屋に着くなり佐伯がシャワーを勧めてくれたが、すっかり色を失ってる佐伯を目の当たりに、とてもじゃないが彼を差し置く気にはなれなかった。
 申し訳なさそうにバスルームに向かった佐伯を見届け、俺はバスタオルをシャツの上から被るように巻きつける。
 即席で入れてくれたカップスープをキッチンカウンターから取るとフローリングの上にあぐらを掻いて座り込み、
「まずいなぁ…」
 誰にとも無く呟いた。
 佐伯の一挙一動に異常過ぎるほど動揺してしまっているのだ。
 告白はしないと心に決めてはいるが、この状態では告白の前に押し倒してしまいそうで。
 と、その時ふいに、

“…意識しなくても自然にきっかけが生まれるかもしれませんが、折りを見て告白してみるのもいいかも知れませんね”

 占い師の言葉が頭をよぎった。

“自分に素直になることがあなたの幸運の鍵ですから”

 ほんの一瞬期待しかけて、そんな自分を戒めるように拳で額を叩く。
 気を紛らわせようと顔を上げ室内へと視線を漂わせてみると…。
 部屋の中は意外なほどすっきりとシンプル…、つまり物があまり無い。
 5人家族3人兄弟の末っ子としては自分の部屋が貰えただけでも万々歳の俺にとって、この余った空間は羨ましい限りだ。何を使おうがどこに物を置こうが文句を言う人間はいやしない。
 見上げた先にある食器棚の食器まで広い空間にゆったりと品良く納まって…っとそこで違和感を感じた。
 棚に並べられている食器のほとんどが二組ずつなのだ。
 ペアで揃えたというには味気無いが、親と二人分というのとも感じが違う。当然佐伯にも友人は居るのだから来客用に揃えたといえばそうかもしれないが…。
「お先」
 俺がマグカップのスープを丁度飲み終えた頃、佐伯がリビングに顔を出した。フローリングに座り込んでいる俺を見止めて、
「ソファー使えって言ったのに」
 頭にタオルをかぶりゴシゴシと髪を拭きながら少し怒り口調で愚痴ってみせたが言葉を無視して立ち上がり、何も返さないまま視線を落とした俺が向かおうとしたのがキッチンだ。と素早く気付いた佐伯は、俺の手からマグカップを取り上げるとすたすた歩き出す。
「着替え、洗面台の所に置いてあるから使って。それから濡れた制服取りに行くから鍵閉めないようにね」
 シンクに置いたマグカップに水を落としながら横目で視線をよこした佐伯の、
「ついでに覗いてやろうかな」
 艶っぽい含み笑いに軽い怒りを覚えてしまった。
 アイボリーの半袖シャツにグレーの半パンから伸びる細く白い腕と脚。加えて洗いざらしの髪と、一目で魅入られたそのメガネ越しではない素の瞳には、学校では見せないような柔らかい色をのせている。
 リビングへと佐伯が戻って来た瞬間、腹…のもう少し下方に溜まろうとする鈍い感覚を必死で逃そうとしている俺の努力を無下にするつもりなのか。と憤りを感じたことはもう許してもらいたい。
 自分の中でグルグルとそんな言い訳をしながら、リビングから素早く退散した。







 シャワーで身体を温めた後ふわふわのバスタオルで全身を拭き終え、僅かに洗剤の匂いが残るTシャツと膝までの綿パンツに身を包むと、さっきまでの混沌とした気持ちも少しは解消された。
「冷蔵庫の中の、好きなの飲んで」
 リビングに入った気配に気付いてか、そう声を掛けてきた佐伯。
 おう、と軽く返してみせ、何気なく視線を向けたテレビ画面の中では荒れ狂う海をバックに身体を傾け必死でリポーターが何やら話していた。
 ご苦労なこった
 なんて余所事だとあしらいつつ開けた冷蔵庫の中身に少し驚いた。
 500mLのペットボトルが林立する中、缶ビールやワインも肩を並べているじゃないか。
「なぁ、このアルコール達はいったい誰が飲むんだ?」
 どれにしようかと選びながら訊いてみる。別段どうこう言うつもりはないのだが…。
「僕しかいないじゃん」
 悪びれもしない返答に半ばあきれ気味に麦茶を取ってソファーに向かうと、
「なーんてね」
 ……?
 俺の疑念を読み取ってかソファーに着いた途端に佐伯が続けた。
「あれは同居人が飲んでたんだ」
「一人暮らしじゃなかったっけ?」
「今はね…。春先までは保護者兼友人と住んでた」
 妙な表現をする佐伯。親じゃない年上の誰かってことか?
「言っとくけど女じゃないからね」
「じゃあパパってことは有り得るわけだ」
 俺の切り返しに一瞬目を丸くした佐伯は次いで派手に吹き出した。
「あはははは、そういう手で来たか」
 考えてみようかな。などと微妙なセリフを言いながら散々笑って、
「後で飲もうよ。森丘大丈夫なんだろ、アルコール?」
 嬉しそうに言う。
 何故そこまでウケたのかは良く分らないが、佐伯の笑顔が見れたのならそれでいいか――とそこまで考えて今のセリフにまたまた疑問符が浮かんだ。
「…後で、って?」
 すっかり家着で寛いでいるにも係わらず、俺は当然自宅に帰るつもりでいるのだ。
「夕飯、酒のアテぐらいなら僕でも作れるから」
「いいよ、それまでには退散するから」
「それが無理なんだな」
「へ?」
「電車、止まってる」
 ―――――
「え゛ええっっ!!!?」
 大声で叫んでしまった。
「マジっ? 嘘、何で…」
「枸橘(からたち)川、危険水域越えてるらしいよ。ついでに橋も水門締めて通行止めになってるみたい」
 テレビに映った交通情報を見ると、見事にこの辺り一帯運休になってやがる。
 なんてこった!
 惚れた男と二人っきりで一晩過ごせってか?
「あぁぁ…」
「そ、んなに落ち込まなくっても…。…もしかして、僕のこと嫌いで早く帰りたいとか」
 俺は抱え込んだ頭を緩慢に横へと振る。
 嫌いじゃないから帰りたいのに。
「どうしても今日家に帰らないといけないとか?」
 そんなことも全然無い。
「んー、凄い遠回りだけどタクシーだったらどうにかなるかも…」
 意を決して俺は頭を上げた。別に同じ布団で寝るわけではないのだから。
「いや、別に構わないんだ。ごめん」
 心の中で気合いを入ると、訝しげに俺を見ていた佐伯へと向き直り、
「お言葉に甘えさせていただきます」
 馬鹿丁寧に頭を下げる俺に佐伯はまた吹き出した。
 もしかして笑い上戸、だったのか…?


「こらこら、明日学校有るんだからそんなに飲ますなって」
 上機嫌でワインを俺のグラスに注ぎ足す佐伯に、へらへら声で言ったって効果なんてあるわけがない。親の目を盗んでこっそり酒を拝借したことは有ったが、こんなふうに大量に飲むのは生まれて初めての経験なのだ。多少…いやかなりテンションが上がってしまうのは当然の成り行きで…
「いーじゃんいーじゃん、機嫌良く飲んでんだから水を差すようなこと言うなよー」
 けらけら笑いながらソファーにもたれて自分のグラスにも佐伯はワインを注いだ。ソファーが有るにもかかわらずラグの上に二人とも座り込んでしまっている辺り、日本人だなぁとつくづく実感してしまう。
 佐伯もかなりハイになっているようで、初めて見る無防備な姿に知らず笑みがもれる。
「あっ、いいねぇその表情」
 ワイングラスをテーブルに置くと、佐伯は両手の親指と人差し指でフレーム(と思われる)を作ってその間から俺を覗き込んだ。
「教室でもそういう顔したら? 女子の人気倍にはなるよ、絶対」
 白河の言葉を思い出す。
「…そんなに仏頂面かなぁ」
「大いに」
 即答に少しむっとして反論。
「そう言うお前だってなんでまたあんなダサいメガネしてんだよ。素顔はこんなに綺麗なのに」
 手を伸ばして額に掛かる佐伯の前髪を掻き上げた。シャワーの後も佐伯はずっと素顔のままだ。
「別に裸眼でも大丈夫そうじゃん」
 とそこまで言ってから佐伯の視線ではっと気付く。
 なんてシチュエーションにしてしまったんだ、俺って奴は!
 真っ直ぐに向けられた視線に俺の左手は途方に暮れてしまい、どうやってこの場をごまかそうかと思ったその時…
「…ぅわっ?!」




 ―――――…




 とっさに引いた右手、のグラスの中でワインが激しく波打っている。
 それが俺の心臓の鼓動そのままの描写で、
「さ…えき?」
 漂うのは心地よいシャンプーの香り。
 テレビから流れる女の高笑いがやけに耳についた。
「………」
 胸に縋りついている佐伯は震えていた。
 その脅えようが普通じゃなくて少し躊躇いながらも左手を佐伯の背に回した。
 何…が、起こったんだ?
 動揺している心臓を静めようと努力しながら、さっきの情景を頭の中でリプレイ。
 …そういえば
「雷?」
 佐伯は腕の中で小さく頷いた。
 確かに凄まじい音だった。
 何の前兆もない雷鳴だったから俺自身も多少驚きはしたが、この反応はちょっと過剰だろう。
「…苦手、なのか?」
 今度は何も返ってはこず。
 一発目を皮切りに堰を切ったよう鳴り出した雷。音が響くたびに身体を小さくビクつかせながら、それでもやっと状況がつかめたのか佐伯は俺の肩を軽く押しやった。
 が実際にはそれは叶わなかった。
 理由は単純で明確だ。
 俺が左腕にもっと力を加えたことが原因。
 更に右手のワイングラスをガラステーブルに置き、両腕で佐伯を抱き込んでしまった俺は、
「いいぞ、このままで」
 静かで穏やかな声。
 俺、こんな話し方ができるんだ…などと感心しながら、ほのかな香りを確かめるよう髪に頬を当てると、佐伯が力を抜いたことが分った。
 かかる重みが全て俺への信頼度。
 勝手な解釈だろうが全身で頼られると湧いてくるのは庇護心だけで性欲なんか湧いてはこない。
 多分一晩中でもこうしていられるだろう。
 ただただ佐伯の呼吸に耳を傾けていると、
「…」
 佐伯がぽつりと何かを呟いたのは雷が随分遠のいてからだった。
 言葉が聞き取れなくて尋ね返した俺へと佐伯は独り言のように話し始める。
「中学に入った最初の年……土砂崩れに遭って、夏休みに親の知り合いの家に預けられてた時なんだけど。 …その年は台風の当たり年でね、切り開いた山の断面に沿うように家が建ってたから…あっと言う間も無く…」
「怪我とか…大丈夫、だったのか?」
「僕達はね…家の一部は土砂の中だったけど。でも家ごと押し流された人も居て、 無残に変わり果てた景色を呆然と眺めてた。……夏なのに震えが止まらなかった」
 その時を思い出すかのように佐伯は小さく身を竦ませた。
「それからなんだ…雷、駄目になったの」
「その時のこと、思い出すんだ?」
「うん…でも正確には雷じゃなくて、音が恐いんだと思う」
「…音?」
「それも突発的な破壊音」
「さっきみたいな?」
 頷く佐伯。
 もう震えは止まっているが、腕の中からは逃れようとしない。
 ひとつ深呼吸した佐伯は、
「家が壊れる時の音、きっと潜在意識に強くインプットされてるんだ。その時の恐怖だけがフラッシュバックしてきて…最近は滅多にこんなひどいこと無かったんだけど」
 どうしてかな…
 そのまま佐伯は言葉を切った。
 最後の言葉は独り言だったのだろうか…
 思いながらも何の違和感もなく佐伯の細い髪を、指で撫ぜている自分の方が不思議だった。今の状態に罪悪感は何一つ感じていない。
 無理に想いを叶えさせたいと願うから、その想いは行き場を無くしてしまうのかもしれない。
 こうやって辛い時に傍で支えてやれるなら、たとえ受け入れてもらえなくてもいいじゃないか。何も佐伯を好きだという想いまで否定してしまうことはないのだ。
 非常識でも不道徳でも、俺は確かに佐伯が好きなのだから…

 そう想い続けることだけは認めてしまおう。

.......... * .......... * .......... * .......... * .......... * ..........

「ぅんんっ…」
 強烈な喉の渇きに目が覚めて…
 …不精不精時計を見上げて飛び起きた。
 が、しかし……信じられないような頭痛と吐き気に速攻枕に頭を埋めてしまう。
 脳みそがぐるぐる、ぐわんぐわん…そう、つまりこれが噂に聞く完璧な二日酔いというやつだ。
 しかしこんなことをしている場合じゃない。
 唸りながらもどうにか布団から這い出して佐伯の部屋を覗いてみると、思った通り佐伯も爆睡状態だった。
 ガタガタガタと騒がしく扉に寄り掛かった音で目が覚めたのか緩慢に寝返りを打った佐伯へと、
「佐伯…、8時回ってる」
 俺の言葉に枕元の時計に手を伸ばした数秒後、案の定佐伯は飛び起きて…俺の二の舞を踏んでいた。
 正確には8時15分を少し回っているのだ。学校まで歩いて15分近くはかかる。
 8時半には校門をくぐってなければいけないのだから…、当然朝飯どころではない。
 取るものも取り敢えず―――歯磨いて顔洗ってその他身繕いを済ませて…リビングのテーブルに並べられた空缶、空き瓶の山を忌々しげに見やりながらフローリングで乾かしていたノートやらを鞄に詰め終わるまで約5分。乾ききってない靴を履いて二人で部屋を飛び出した。
 その後の走ったこと走ったこと…
 倒れ込むよう教室に入った時には心臓が爆発するかと思うくらいバクバク鳴ってて、戸口の傍で二人してロッカーに寄り掛かりながらよれよれとしゃがみ込んでしまった。
 ほんの一足先に教室に入っていた担任が(廊下で後ろ姿を見たから間違いない)何か言ったようだが聴く余裕なんて無い。後ろの席の何人かも声を掛けてきたが、内容も聴き取れないまま片手だけ小さく挙げて見せた。
 運動部の俺でさえこのざまなのだ、佐伯なんて肩で大きく息をするだけでそれ以外は全く反応しない。
「その努力に免じて今日は見逃しておいてやるからな」
 朝のSHRの間中ロッカーに寄り掛かったまま過ごした俺達に職員室へと戻り際、担任が声を掛けていった。
 ロッカーにもたれ薄く瞼を開いて教室を眺めてみると、遠巻きに好奇の視線が向けられている。担任が居なくなったにもかかわらず誰一人寄ってくる奴もいないのは奇妙だ。
 そんなにも物珍しいか…?
 だがその疑念の原因は佐伯を振り返って判明した。
「佐伯、眼鏡…」
 俺の言葉に2回頷いて、
「さっき気がついた…いいよ別に、見えるから」
 大きく大きく息を吐き出す。
 昨夜も思ったことだが、それなら何故眼鏡を掛ける必要があるんだ?
 訊ねてみたかったが如何せんこの状態ではそれも叶わず。
 動悸が治まった後は頭痛と吐き気に襲われながらもようやく立ち上がると、一緒に佐伯を引っ張り上げてやる。
 佐伯は疲労と二日酔いでまだふらふらしていたが、すっかりクラス中の視線を浴びていることに気がついてか軽く俺に視線を向けると自分の席へと向かって行った。
 俺も自分の席に着くなりどっと机に突っ伏してしまう。
 腕の隙間から斜め前の白河が何か言いたげに振り向いたのは判ったのだが後回しにしてしまった。
 そしてそのツケは昼休みに回ってくることになる。


 第2グラウンドの隅に設けられた藤棚の下、俺は白河と小さなテーブルを挟んで座っていた。
 昨日の嵐が嘘のような澄み渡る快晴だ。
「さぁ、全部吐いてもらいましょうか?」
 睨みの利いたこの第一声に始って、俺は白河に昨日から今朝にかけての事情を説明した。隠すつもりは無いにしろ全て話すわけにもいかない。
 つまり、雷の辺りはすっかり省略させてもらっわけだが。
「やっぱり私が岡ひろみになるべきだったかしら…」
 いまだ “エースをねらえ” に拘っている白河が深刻に唸る。
 どうやら死んだ男と両想いになれたのは岡ひろみのようだ。
「偶然の成り行きだよ、成り行き」
「でもラッキーと思ってるでしょ」
「まぁ、ね」
 俺は白河の手前、今にも緩みそうな顔を必死で抑えた。
「ふふっ、正直に言ってくれたから許してあげるわ。それに久し振りに佐伯君の素顔見れたから良しとしときましょう。恵美子なんて大騒ぎしてたわよ」
 それはそうだろうとも。
 あの美形を目の当たりにすると誰だって騒ぎたくな…
「佐伯君に眼鏡を外させた理由は何だっ、て」
 ん?
「何人か勘違いした子がいるわよ」
 俺はまじまじと白河を見た。
「佐伯君の素顔知ってる人ってまだ少ないからね、彼を変えたのは森丘君が原因って思われても仕方ないんじゃない?」
「すごい想像力だ」
「あら、そうでもないわよ。正直なところ今朝二人を見た時に私もそう思ったもの。並んでるとすごくしっくりきててね…だから誰も近寄れなかったのよ」
 そこまで言うと右手を顎に当て、いばらく何か考え込んでいた白河だが不意に視線を上げ、
「もしね…」
 真っ直ぐに俺を見つめる。
「もし、佐伯君と上手くいくようなことになったら…だからもしもだって、もしそうなってもちゃんと私に報告してくれる?」
「そんな約束無意味だよ」
 昨夜一晩泊っただけでどうしてそこまで話が進むんだ、まったく。
「お願い、約束して。絶対隠したりしないでね」
 白河は佐伯のこととなると、やたら持ち前の女の勘を発揮する。というのは後で分った事実。
 この時は雀の涙ほどしかない可能性だと思いながらも、こんな瞳で言われてしまっては頷くしかなかった。
「その代り逆もまた然りだぞ」
 ようやくマシになってきた二日酔い顔で笑ってやった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ――それから約半月
 やっと期末試験も終わったその日の夕方。
 部活帰りに佐伯のマンションの前を通った俺は不意に誰かに呼び止められた。つられて駅方向に向かうブレザー姿の一群も立ち止まる。
 振り向いた先にはコンビニの扉を開けて素顔の佐伯が立っているじゃないか。
「おう」
 さりげなくそう返した俺は集団の輪の中から抜け出た。
 俄かにざわめく外野達。
「おい、あれ誰?」
「すげぇ美人」
「何処の学校のコだ?」
「俺のクラスの佐伯」
 高橋の優越感に浸った声。
「えっ、 あんなコうちの学年にいたっけか?」
「もしかして森丘の彼女?」
「ばーか、良く見ろ。男だ、オトコ」
「えぇぇぇ!!!」
 まったくこいつ等は…。
 そういう会話はもう少し小さな声でしろよ。
 佐伯が引いてるじゃないか。
 と呆れつつ…だがまぁしかし。
 佐伯の素顔を知っているのはクラスの奴らしかいないのだから、突然現れた美少年にこの反応は仕方が無いことではある、かな。
「今帰り?」
 外野の視線に戸惑いながらも尋ねる佐伯に俺は笑って頷いた。
 あれから二人の間には何も無い。
 が、それでも時々は教室で雑談を交わすくらいの仲にはなっていた。
「佐伯こそこんな所で…」
 何をと言い掛けてふとあの嵐の日を思い出す。
 軽い物なら作れると言った佐伯だが冷蔵庫の中に目ぼしい食材は無く結局このマンション下のコンビニで、夕飯一式調達する羽目になったのだ。
「お前またコンビニ弁当で夕飯済まそうとしてるんじゃないだろうな」
 言葉に小さく笑った佐伯は、
「そのつもりでいた…、森丘に会えなかったら」
 意外な言葉を口にする。
「ちょっといいかな」
 途中マンションの上階へと視線を向けた佐伯に俺は二つ返事で頷き、
「待ってろ」
 言って遠巻きで見ていた一群の中央に立つ高橋の元へ駆け寄った。
「悪い、ちょっと急用。今日はパス」
 皆で軽く何か食べに行こうという話になっていたのだ。
「ほほぉ、俺達より佐伯のほうがいいってか?」
 同じクラスの高橋は俺と佐伯との騒動を知っている。
 噂を何処まで鵜呑みにしているかは分らないが、時々微妙な言い回しをしてくる要注意人物だから少し言葉を選びつつ、
「当然の選択だ。このくそ夏の暑いのにお前らみたいな暑苦しいのと一緒にいられっかよ」
「暑苦しくて悪かったね。それにしてもお前の周りは美形揃いだな…羨ましい限りだぜ」
 高橋は自他共に認める白河シンパなのだ。
 軽く毒づいた割にあっさり手を振って見せた高橋がその他大勢を促し歩き出すのを確認すると、俺は直ぐ傍まで歩み寄っていた佐伯に向き直った。
「…約束してたんだ?」
 まだ好奇の視線を向ける部員を横目に見ながら、申し訳なさそうに佐伯は言う。
「いいさ、別に。これから毎日あいつらと一緒なんだから。ところで何か急用?」
「…ってわけじゃ無いんだけど」
 部屋、行こうか。
 告げた佐伯と一緒にマンションに入った。
 今日はあっさりとポケットからキーホルダーを出して扉を開く。
「知り合いからいい肉貰ったんだけどすごい量でね、とても一人じゃ食べきれそうに無かったから森丘誘ってみた」
「えっ? なんで俺?!」
 思わず口をついた率直な疑問に、
「何でと言われても困るんだけど…」
 少し苦笑いで佐伯が答える。
 佐伯は俺以外に友達が居るはずで…
「用意しておくからシャワー先にしておいでよ」
 疑問符を山ほど顔に貼り付けたにも係わらず結局佐伯に言われると断れない。
 ずるずるとまた長居しそうな予感がする。
 有り難いような、有り難く無いような…
 あの日はもちろんあれ以上何も無かったが、今日も自分が抑え切れる自信はない。すっかり佐伯への感情を受け入れた俺の想いは、それまでにも増して募る一方なのだから…。
 さまざまな想いを巡らせながらシャワーを浴びリビングに戻ると、この前と違ってダイニングテーブルの方にすっかり夕飯の支度が出来上がっていた。
 甘辛い匂いが大いに食欲をそそる。
 こんな真夏にすき焼きなんてと思うだろうが、ところがどっこいクーラーがガンガンに利かせてあるのだ。
「この肉くれた人が、室内思いっきり寒くして鍋やらすき焼きやら食べるのが真夏の醍醐味って言っててさ、一度試してみようと思って」
 佐伯は俺が椅子に座るのを確認すると冷蔵庫を開けた。
「ビールでいいよね」
 この前の惨々たる状況を思い出し返答に躊躇した俺に、
「飲み過ぎなかったら大丈夫だよ、なんて…ホントは僕が飲みたいんだけどね。いいかな?」
 言ってふわりと向けられた笑み。
 即、笑顔で反してしまうのはもう、惚れた弱み以外の何物でもない。
 用意された肉は見た目にも高そうな霜降り牛肉。
 一人暮らしの佐伯にこんなにも…
 というくらいこんもりと皿に盛られていたのだが、一日中青春の汗を流していた俺には適量だったのか、ぺろっと平らげてしまった。
「絶対余ると思ったんだけど…」
 佐伯が目を丸くして残り少なくなった鉄鍋を突つく。
「小食じゃないのはこの間経験済みだけど、想像以上だよ」
「育ち盛りだからね、俺んち男兄弟ばっかだから毎日晩飯は壮絶なんだぜ」
「何人兄弟?」
「3人、俺はちょっと年の離れた末っ子」
「ふぅん、でも家族で食べるのって楽しそうだね。羨ましいな」
 それはごくさりげない言いようだった。
「もう何年も親と同じテーブルについたこと無いから、つまり一緒に食事もしたことが無いんだけど」
「…仕事の都合とか?」
 首を横へと振る佐伯。
「母がある日突然蒸発してしまって…、それから父は変わってしまった。僕のことを傍に寄せ付けなくなって挙げ句の果ては別居宣言されちゃった。…僕の顔見ると母を思い出すみたいで、よっぽど似てるんだろうね」
 白河に佐伯の家庭事情があまり良くないらしいとは聞いていたが思った以上に重い内容だった。
 にもかかわらず佐伯は更に淡々とした口調で、
「拒絶されてることは今だって辛いんだけど、人をそこまで恨み続けるって、裏を返せばその人のことがそれだけ好きだったんじゃないかって…そう思うとさ、父のこと恨んじゃいけないのかな、なんて」
 そこで佐伯はふっと笑った。
「やめた、こんな話」
 おもむろに椅子から立ち上がり、
「片付けよっと」
 テーブルの上の食器を集め始める。
「ごめん…」
 本当は俺が何処かで話を遮るべきだったと、佐伯が立ち上がってから気がついてももう遅い。
 何のことだといわんばかりの表情で俺に微笑みかける佐伯だが、俺は黙って見つめ返すしか術が無く…。
「どぉした、らしくないね」
 持っていた菜箸の取っ手の方で佐伯は軽く俺の頭を叩くようにし、
「僕が勝手に話したんだからそれでいいじゃないか」
 言ってそのままキッチンへと向かって行った。
 実際二度しかじっくりと向き合う機会はなかったのだが、会う度、話す度に高速で佐伯との距離が縮まっているような気がしてくる。
 佐伯の後ろ姿を眺めながら、最初の疑問がまた頭を過ぎった。

 どうして今日、俺を誘ったんだ…?







「日本の夏はいいよなぁ…」
 月を眺めながらボンヤリと独り言を呟いた俺。
 佐伯のマンションのベランダでウチワ片手に物思いにふけっていた。
 遠くで聞こえる微かな駅のざわめきと、蚊取り線香の香りがほんのりと心地よい陶酔感を感じさせる。
 そう、昔を思い出す懐かしい感じだ。







 あれはいつの頃だろう…
 遠くのざわめき、微かな香の匂い
 ……神社の夏祭りか
 確かこんな風に一人で夜空を見上げていたことが有った
 手には金魚すくいの金魚と、水の入ったヨーヨー持って
 一人で居たけど一人じゃなかった…
 誰かを待ってたんだ
 でも誰だったんだろう
 親父?
 お袋?
 それとも兄貴達?
 いや違う…、もっと何か…

 遠くから走ってくる下駄の音
 段々と近づいて
 ふっと視界が暗くなる

“よっちゃん、お待たせ”

 女の人だ
 でも、誰?
 慌てて目隠しを取って振り返る

“そんな顔しなくっても何処にも行ったりしないよ。はい、かき氷”

 眩しくて目を細めながら、でも何だかとても嬉しくて微笑む俺

“私、よっちゃんの笑ってる顔が一番好きだなぁ”

 その言葉に小さな胸をときめかせる

“僕も大好き!”










 何の迷いも無く真っ直ぐな瞳で彼女に答えた俺
 恋なんて解っていなかったんだろうけど…
 もう一度こんな俺になれるだろうか
 純粋に、ただひたむきに好きだという想い
 それだけを伝えた俺に

 この想い…伝えてみたい


「まぁたボンヤリしてる」
 声に驚いて振り返り…
 部屋の明かりが眩しくて目を細めるとさっきの記憶とオーバーラップ。
「目隠ししなくて正解だったよ、その様子じゃまた殴られてた」
 茶化すように言って笑いかける佐伯に、俺はまだ残映を残しながら前に向き直った。
 …言えるだろうか
「その目隠しって癖か?」
「さあ、考えたこと無かったけど。言われてみればそうかもね」
 缶酎ハイ片手に俺の横に付くと一緒に月を見上げてみせる。
「綺麗な月だなぁ」
 呟きに視線だけで流し見る佐伯の横顔は、風呂上がりで上気した頬をほんのりと紅く彩っていた。
 額にかかる前髪の雫が月の光をほのかに反す。
 長いまつげの下、澄んだ瞳に映し出されるのは月。
 …佐伯のほうが綺麗だ
 喉まで出掛かった言葉を呑み込んでしまった。けれど…
 伝えたい
「明日も晴れるといいね」
 同意を求めるかのよう向けられた柔らかい視線に、
「そうだな」
 俺は短い言葉を笑顔と一緒に返した。
 次の言葉を待つつもりなのかそんな俺を黙って見つめたままの佐伯。
 静かで澄んだその瞳をもう少し見つめた後ゆっくり視線を外し…
 
 神様
 
「…佐伯」
「ん?」
「俺…」
 佐伯が俺を見上げたのが分った。
 俺は軽く瞼を伏せる。
「何?」

 勇気を…

「好きなんだ、佐伯のこと」
 …………
 しばらく息を詰め、そして細く吐き出した。
 全身で佐伯の視線を感じる。
 その沈黙に居たたまれず思考だけが現実逃避。
 街の灯かりを見下ろしながら、逃げた思考はまたあの夏祭りへと辿り着く。
 青緑色の浴衣をまとって綺麗に微笑むお姉さ…、ん?
 …おねえさん、だって?
 あれ?
 この記憶はいったい何だ?
 あの人は…誰?
 ………
 ……
「……おか」
 声にはっと我に返る。
 佐伯を振り返ると何時の間にか片腕をベランダの手すりから下ろし、腰に手を当て俺を睨んでいるじゃないか。
「…佐伯?」
 俺は困惑気味に佐伯を見つめた。
 もしかして嫌われたんだろうか…
「今の、迷惑だったか?」
 佐伯は瞬きすらしない。
「…ごめん、そうだよな。男からの告白なんて……やっぱ今日、帰」
「ばーか」
 ???
 俺の言葉を遮った暴言は、
「人に告白しといて何勝手にトリップしてんだよ、馬鹿」
 いかにも喧嘩を売っているかのような言いようで、
「馬鹿って…馬鹿はないだろう、人が一大決心して告白したのに」
「馬鹿だから馬鹿なんだよ、馬鹿。傘忘れた時も馬鹿だと思ったけど、成績がいい分どっか別のネジ抜けてんじゃない。ばか」
「お前ね、何もそこまで言うことないだ」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ、ばかっ」
 ここまで言われるとさすがに腹も立つ。少し睨んでみせながら口を開いてはみたが、
「そんなに気に入らないならもっと言ってやるとも。ばーか、森丘の大ばか…っ」
 止まりそうにない佐伯の暴言は唇で塞いでやった。
 手にあった缶がコンクリートにぶつかる音を耳の端で聞く。
 さっきまでの愁傷な気持ちは何処へやらだ。
 一世一代の大告白を馬鹿馬鹿言いやがって!
 ここまで来るとすっかり開き直ってしまった俺は、きつく佐伯を抱き締めたまま好き放題佐伯の唇を貪っていた。
 どうせ最初で最後なんだ。
 抗う佐伯を押え込み、佐伯の息が上がってもそれでもまだ離せない。
 その内佐伯が立っていられなくなってズルズルと座り込む。
 俺はもう一度確かめるように強く抱きしめた後、ゆっくり佐伯を開放してやった。
 ふう、と一つ息をつき、
「ごめん、ひどいことしたな…帰るよ」
 大きく肩で息をしてぐったりと俯いた佐伯だが、
「……って……のに…」
 まだ何か言い足りないらしく喘ぎあえぎ呟いて見せた。
 が、文句ならもう聞くつもりはない。
 黙って立ち上がると佐伯に背を向ける。
 ベランダの硝子戸を開け部屋に戻ろうとした俺の背中に小さな佐伯の叫び声。
「僕も好きだって言ってるだろっ!」
 ………?
 何か…信じられないような言葉が、
「さっきから言ってるのに…」
 スローモーションのように俺が振り返った先ではまだ座り込んだままの佐伯が、それでも真っ直ぐに俺を見据えている。
「…マジ?」
 頷く佐伯に、
「何か、信じられないぞ…」
 言葉で佐伯は大きく息をついた。
「信じられないのは森丘のほうだよ、逆切れしやがって」
「喧嘩ふっかけてきたくせに」
「そっちが人の話を聞いてないからじゃないかっ」
「直ぐに答えてくれなかっただろ」
「森丘みたいに頭の回転が速くないんだ、突然言われたら誰だって驚くよ。おまけに強引に…」
 吐き捨てるように言って、佐伯は天を仰いだ。
「初めてはもっとちゃんとって思ってたのに」
 …え?
 初めて…
 ってことはつまり?
 素早く頭の中を整理しながらも俺はゆっくりと数歩進んで、もう一度佐伯の前に膝を突いて座る。
「にやにや笑ってんじゃない!」
 そう言われても…
「もうっ、頭にくんな。帰るんじゃなかったのか!」
「気が変わった」
 だって、ファーストキスだったってか?
 顔を覗き込むと真っ赤になってそっぽを向いてしまう。

 かわいいっ!

 綺麗だと思ったことはあっても可愛いと思ったことは無かったな、などと考えながら今度はそっと唇を寄せた。
 ……
「ファーストキス、こっちにしとけ」
 短いキスの後、言ってやる。
 一瞬目を丸くした佐伯は、それでも嬉しそうに微笑んで、
「ばーか」
 また憎まれ口を一つ叩くと俺の肩に顔を埋めた。
 もう遠くの駅の雑音も気にならなくなっていた。
 いつまでも月だけがそんな二人を照らし続ける


 …そんな
 そんな静かな夜だった…。

















作:杜水月
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