personal-moon 

「お〜そ〜いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 携帯電話の通話ボタンを押すなりそう叫んだ途端、





 プッ






 それは愛しい待ち人の軽い笑い声。
 なんかではなく、無情にも電話回線が切られてしまった音だった。





 ツーツーツー…






 と、空しく響く機械音を聞きながら、呆然と右手の携帯電話を眺めてしまっ…ていてはいけないと即座に気を取り直すとリダイヤル。
 僅かな間を置いての呼び出し音。
 だが、どうやら直ぐに出るつもりはないらしい。
 電話の傍に居るにも関わらず、だ。
 それでも留守番電話にも切り替わらず、着信を切っても来ないのだから、つまり気が治まるまで待てという意味なんだろう。
 あの一言の何がいけなかったのかは良く分からないが、我が愛すべき恋人は久々に親戚の家へと法事に出向いている。
 と言うところに多分カギがあるはずだ。
 珍しく出発直前まで神経性の体調不良を訴えながら、うだうだとリビングでのたくり紛れに、
“三十路過ぎた結婚の気配もない長髪男なんて、格好の餌食になるに決まってるだろう”
 …嫌がる気持ちは分からなくもなかった。
 実際俺だって親戚と会えば同じような待遇を受けている。
 もちろん俺にはどこに出しても恥ずかしくない最上級の、それはもう素晴らしい恋人がいるから気遣いなど無用だと言ってやりたいが、言えば絶対激怒の余り家出をしてしまうだろうから取りあえずそれを訴えることは差し控えているのだ。
 家出をするのは親戚の誰かではなく恋人の方だから、俺にとっては具合が悪い。
 つまり言いたいことが言えない事がストレスの原因になるからそう言う場を嫌う俺。
 けれど妙に上辺を取り繕いたがる恋人は、結婚をしてない人間には価値を見い出せない、不躾な親父連中にまで気を使って体裁を整える努力をするから疲れるのだ。
 さっきのいきなりな態度は、きっと器用に立ち回った反動が出たに違い無い、
「…」
 とそこで不意に呼び出し音が途切れた。
「……」
 言葉は無いが通話が切れたわけでもない。
 やや持ち直したらしい麗しき恋人に、
「会いたい」
 そう
 一言告げた。
 せっかくの休日、行きたく無い所用にむずかる恋人を笑顔で送り出したと言うのに、マンションを出たっきりこんなに月が煌々と輝く時間まで一切音沙汰無いだったのだ。
 一日中待ちわびてかかって来た電話の第一声があんな言葉になったのは結局そう言う事だから。
 本当は傍に付いていてやりたい。
『…うん』
 小さく返された言葉に、
「会いたい?」
 静かに問いかけると、
『うん』
 少し甘えたような声に自然と頬が緩む。
 プライドが高くて天邪鬼な二つ年上の恋人が、今の素直な言葉をどんな顔で返したのか想像できる分、この距離が本当に腹立たしい限り。
 抱きしめて、慰めて、キスしたい。
 そしてキスの後はやっぱり…
『月』
「ん?」
『見てるか?』
 囁きに薄く目を細めながらの視線を、リビングから窓の外へと向ける。
 夜空に浮かぶのは中秋の名月からは一日遅れた十六夜の月。
 夕べは俺の腕の中にちゃんと居るべき人がいて、月光の下でしっかりとしっとりと愛を確かめ合った…、ことを連鎖的に思い出す。
「結構飲んでる?」
『昼間からずっと』
 だったら、
「わざと言っただろ?」
 返事の代わりに意味深な含み笑い。
「責任とってくれるんだ?」
 未だかつて電話で相手をしてくれたことは無いのに、どうしてこの状況で煽るんだか…。
 と、
『三つ下の従弟が結婚するんだって』
 さりげない言いようだが、大体把握出来てしまった。
「…大丈夫か?」
 本当は同性だとか年上だとか世間体だとか…俺が思う以上に気にしていて、俺のために気にし過ぎて以前破局の危機に陥ったことがあるから。
 とは言ってもまぁ、それがきっかけで指輪の交換と、生涯パートナーの誓いもたてるに至ったわけだから、それはそれで俺たちの乗り越えるべき試練だったのだと今になるとそう思えるが理不尽さは残らなくも無い。
『…別に平気だ』
 二人の時ならいざ知らず、公の場で誓約の印である指輪を付けることは控えている。
『ただ、俺一人で月見ながら悶々とするのって、あまりに報われないと思ってさ。連帯責任で構わないだろう?』
 深刻なのかそうでないのか、誘ってるのかかわしてるのか判断しずらい。
 けれど、良く分からない理屈をこねている恋人がやはり可愛い。
 これ以上は不機嫌だった理由を確認する必要も無く、普通に恋人との時間を満喫するべく気持ちを切り替える。
 それで機嫌は直るはず…
「後で良いから写メ、送って」
『? 何で?』
 連帯責任の一環で、
「月と一緒に、今晩のオカズに使うから」
『 ――…』
 どんな顔をしているのやら。
 そんなことを考えながらも俺はずっと月を眺めていた。
 携帯電話と月だけが今俺たちを繋いでいる大切な物だから…。














“十六夜”でたっちゃんこと杉浦将が月を眺めていた理由を察していただけたらと思います。

サクッとやり過ごしてください。

あとタイトルとか余話の余談に興味がある方は杜のプログの方でどうぞ。


2009.10.9 杜水月



















作:杜水月
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