東洋医学と太極拳の交差点
@ 「精気」思想について
A 「陰陽」思想について
B 動作(利関)について
C 呼吸について
D 「こころ」について



T 東洋医学と太極拳の交差点 @ 「精気」思想について


 12年前、初めての北京は天壇公園の朝霧の中、広大なリンゴ樹園のあちこちで、たくさんの人が優雅な舞いのように太極拳を行っていました。天壇観光の前から終了までの約2時間近くのあいだ、リンゴの幹に話しかけるかのように片手をかざし、少し腰を落とした姿勢のままでじっと練功していた人の姿などが、中国そのもののイメージとして今だに強く印象に残っています。
 中国、この悠久の大国に育まれた芸術、武術、医学、など様々な文化にはある特徴的な共通の思想が脈々と流れています。一般には「精気思想」と「陰陽思想」として知られているこれらは、もう一つの「天人相関(合一)」の思想とあいまって、中国の みでなく周辺の漢字文化圏の人々の生活の中に、現在まで深く根をおろしています。
 「精気思想」とは、この世界は「精気(気と同義)」から生じ、この気が「陰陽」の法則により様々に変化することで、自然界の様々な出来事が成りたっているとする考え方です。「気」は旧体字「氣」で、米から雲気が立ちのぼっている様子を表しています。つまり穀物など種子に宿り、発芽成長し繁茂結実する、目には見えないが確かに存在する活動力や生命力そのものを表現しています。今風にいえば「エネルギー」が最も近い表現でしょうか。また、天気、気象、雰囲気、活気、気管、血気などの言葉に本来の意味をうかがい知ることができます。しかし何よりも「気」を理解しやすい表現は、日頃なにげなく皆さんが使っている「お元気ですか」という言葉です
 東洋医学では、人間とは父母からは肉体(先天の精気)を授かり、分娩後は自身の力(後天の精気)つまり呼吸や飲食物を摂ることで成長し、この二つの精気によって生きていると考えています。後天の精気とは呼吸による酸素を宗気、飲食による栄養物を栄衛の気といいます。そしてこの宗気と栄衛の気が、臍下「丹田」に宿る先天の気に働きかけることで命の源である「元気」を生じます。この元気が人を成長させ、体力精力を増強し、精神力、集中力や身体の抵抗力を高めています。このように人にあっては元気は生命力そのものを表していますが、自然界では全ての自然変化活動の根元となっている活力を意味します。したがって「気」を意志、精神面と解釈するのは本質のごく一面しか見ていないことになります。
 「丹田」は臍下(へそした)三寸(自分の子指から人差指の指四本分の幅)を中心とした部分で「命門」とも言われ、大切なツボが集まる重要な部分です。古来より気功、ヨガ、座禅の基本的な呼吸法としてまた太極拳などの武術や芸術の分野でも重要視されている理由がよくおわかり願えたと思います。
 太極拳には「発勁」という言葉があります。心技体、三位一体となり「力」が発動される理想型を言いますが、この発勁も丹田からの「元気」の発動なくしてはあり得ません。
 実は太極拳の「太極」とはこの「元気」のことなのです。


U 東洋医学と太極拳の交差点 A 「陰陽」思想について

 韓国の国旗はよくご存じでしょう。「太極旗」と言います。デンデコ太鼓のような模様の太極図の四隅に陰陽をあらわす記号が画かれています。一国の国旗に使用されるほどに漢字文化圏では「陰陽」思想が根づいています。
 この世界はすべて男女、善悪、左右、上下、表裏のように対立するふたつのグループ、「陰」と「陽」に分けることができます。また強弱、剛柔、緩急、攻防、虚実など、あい反する性質や作用を持ちながら、互いに依存し連携したり、昼夜、四季、寒暖のように互いに綱引きをしながら、波のように繰り返し変化していくことで成りたっています。
 「太極」とは自然界の根本の精気(元気)が「陰気」「陽気」のふたつの気からなり、日なたと日かげの関係のように一方が伸びれば片方が引く、綱引きみたいな消長バランス関係と、どちらか上り詰めれば結局逆転して反対に向かう、昼夜や潮の干満のような、循環関係からなっているようすを意味しています。自然の営みは、集約すればこの陰陽の気の運動変化に他ならないというのが「陰陽思想」の考え方で、こうした自然の摂理そのものを「太極」という言葉ひとことで表わしているわけです。
 当然、人にも「陰気」「陽気」があります。陰気は「血」、陽気は単に「気」といわれ合わせて一般には「血気(元気)」といわれています。
 この血気の流れるルートが「経脈」です。経脈とは、現代医学の神経や血管とは異なる情報伝達ルートで、東洋医学独自の生理観に基づいています。大きな経脈は身体に十二対あって、万歳をしたポーズで、手さきや頭から下方に血気が流れるのを陽経脈、足先や身体から上方に流れるのを陰経脈といい、それぞれに五臓六腑の名がつけられ、臓腑の働きと深くかかわっています。経脈には、経穴(ツボ)といわれる血気の状態が表面に現れるところがあります。それぞれ経脈の長さも含まれるツボの数もまちまちですが、身体全体では約700穴もツボがあります。
 この血気が五臓六腑で作られ、各経脈を流れて身体のすみずみまで行きわたり、健康な生命が維持されているのです。しかし、いろいろな原因で血気が充分作られなくなったり、血気の調和が乱れたり、スムーズに流れなくなったりした状態を「病気」といっています。
 病気に対して、漢方薬は臓腑に働きかけ血気の調和を計ります。針灸治療は経穴(ツボ)から直接経脈に働きかけて血気の流れや臓腑をコントロールして、ともに病邪を除こうとします。つまり、東洋医学は陰陽(血気)の調和を病気治療の基本と考えています。
 内家拳の代表である「太極拳」は、臍下丹田の腹式呼吸、経脈のルートを意識した緩、柔、円の動作で内に気力(血気・元気・太極)を蓄え、柔よく剛を制す「発勁」に至る陰陽思想に基づく武術です。外家拳の少林寺拳法に比べるといささか地味には見えますが、心身をパワーアップするには勝るとも劣りません。また、身体の関節部分には重要なツボがたくさん集まっています。したがって太極拳のように関節を柔軟にする動作は、経脈の血気の流れをうながし健康維持増進の効果がさらに大きいのです。。
 「太極拳」とはなんと深奥なネーミングでしょうか。皆さんは自然の精気と一体となり自然の摂理を実践しているのです。


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V 東洋医学と太極拳の交差点  B 動作(利関)について
                       
皆さんの多くは太極拳を純粋な武術としてでなく、健康の維持増進を主目的に日々修練されている方が多いと思われます。「気功」同様なぜ太極拳は健康増進にいいのでしょうか。 
 前回にも触れましたが人の身体には経脈と呼ばれる「気血」の流れる特殊な通路があります。経脈からはそれぞれ多くの支脈が枝葉のように絡んでいますので、ひとまとめに「経絡」と一般には読んでいます。人が健康でいるにはこの経脈を流れる気血がいつもスムーズに流れていることが大切です。ところがこの気血の流れは関節部分で特に流れが悪くなりやすくなっています。結合部分の節目が丁度関所のように閉ざされているから「関節」と名付けられたのでは?と疑いたくもなります。東洋医学では古代から「利関の運動」と呼ばれる関節の動きをのびやかにすることで経絡の中を流れる気血をスムーズにすることを重要視してきました。世界で初めて麻酔薬の「麻沸散」を用いて外科手術を行った中国漢代の名医、華佗は「戸枢は虫喰わず、流水は腐らず(いつも動いている戸の蝶番は虫に喰われる被害に遭わない、流れている水は腐らないことから、いつも関節を利し気血の流れが順調だと病気にならないという意味)」の思想から、筋骨を活動し気血の疎通を計る目的で五禽戯(ごきんぎ)と呼ばれる、虎、鹿、熊、猿、鳥の動きをまねた気功や太極拳の原型とされる医療体操を作りました。
 東洋医学では「労逸の病」という考えがあります。労は労働過多、逸は運動不足でともに病気を引き起こすと考えています。スポーツ選手特にプロ選手は筋力アップや基礎体力の増強と称して激しいトレーニングを行いますが、こうした負担は過度になると気血の消耗が大きくなり、内臓への負担も増し返って寿命を縮めると考えています。意外とプロのスポーツ選手には健康で長生きの方は少ないのがその現れです。逆に長生きの代名詞とされる職種があります。それはお坊さんです。彼らは決してやみくもには働きません。腹式呼吸法による読経や質素な精進料理、自然リズムにあった生活習慣等も影響しますがスポーツとはかけ離れた生活を行っています。(最近ではこの例えも怪しくなりました。坊さんの俗世化が進み、美食、菓子などの供物による糖尿病の増加が深刻になっているようです)したがってイメージ的に言えば、西洋文明の理想の人間像は筋骨逞しい肉体美を持つヘラクレスであり、東洋文明は精神性重視の白髪三千丈の仙人と言うことができます。
 最近の生活習慣は運動不足になりやすくなっています。関節は虫喰われ、気血の流れは滞りがちです。かといってスポーツに過熱するあまり様々な運動器障害を引き起こしたり内臓に負担をかけ過ぎるのは得策ではありません。
 健康の維持増進のためには、関節を利す、つまり急激な動作や反復過負荷をかけず、関節を柔軟で伸びやかにすることで経絡を流れる気血を順調にする事が肝要といえます。太極拳はこの「利関」の面から見ましても最適の健康増進法のひとつと言うことが出来るでしょう。

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W 東洋医学と太極拳の交差点  C 呼吸について


 どんな武術も本来は生死を賭した厳しいものです。勝負を決するのはほんの瞬間です。その刹那にいかに全身全霊の力を発揮できるかに左右されます。太極拳では「発勁」と表現されている気の発動がこれにあたるのではないでしょうか。
 また、私の趣味である弓道にも「息合い」といいますが、古来より心に的を据えた正射必中や弓射における真善美の求道を目的とするには、呼吸が重要な働きをすることを説いています。
 実生活の中でも息を殺したり、息を潜めたり呼吸を計って物事に対処することは多いものです。大きく深呼吸することで気持ちを落ち着かせたり心を集中できることは皆さん体験されていることと思います。特に武術やスポーツなどにおいては呼吸の乱れは致命的です。ここ一番の集中力、瞬発力、判断力は息を詰めた状態、つまり無呼吸状態の中で行われています。従って多くの武術は呼吸法を重要な要素として捕らえています。平素から深く大きくゆっくりした呼吸を鍛錬することで、瞬時の気力発動や動作後の呼吸の調整、つまり呼吸と動作の調和をはかり技の発揮を支えているのです。
 呼吸を整えること(調息)は、そのまま精神と身体を整えること(調気)に連なります。ですから東洋医学では調息は調気と同義と考えています。古来より調気、調息の方法として有名なのが「丹田」呼吸法です。人の根源の元気が宿っているとされる両腎臓の間を「丹田(専門的には命門)」と呼び、ここに宗気(天空の気)を送り込むことで命の火が燃え盛ると考えられています。第一回目にも触れましたが「丹田」とは、一般に臍下三寸と呼ばれている臍の中心から自身の手幅だけ下ったところが中心です。単に腹式呼吸を行うのでなく、「丹田」を意識してこの部に気を送り込むように呼吸を大きくゆっくり深くすることが大切です。このとき両手の掌の中心のツボ「労宮」を、丹田にあるツボ「気海」に重ね合わせるようにして気の出入りを意識した呼吸を行うと更に効果がよいとされています。また、呼吸に呼応した動作は利関の運動とあいまって、全身の気血の廻りを盛んにして健康の維持増進に大きな効果があります。
 ※ 「丹田」には「気海」「関元」の重要なツボがあります。このツボに温灸すれば身   体を温め、元気を増す作用が大きいので、「腎虚」と呼ばれる老化先行の病態(精   神疲弊・精力減退・慢性腰痛・下半身虚弱・健忘・耳目の虚衰など)によく利用さ   れます。
 また、上手に丹田に意識が集中できずに呼吸が乱れる場合には、両乳首の真中で胸部の中心でもある、第2の気海といわれるツボ「|中」を軽く叩くと意外と収まりが良くなります。
 東洋医学は気の保守を中心とした、未病を治す(予防医学)医術です。太極拳は気の錬功を中心とした武術です。ともに敵から身を守ることを目的としています。敵は外からばかり来るとは限りません。丹田呼吸法による調息は、古来より最も手軽な健康維持増進法であり、武術として心身を鍛える基礎でもあります。


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X 東洋医学と太極拳の交差点    D 「こころ」について                 
 武術は、心・技・体の三位一体の完成が要求されます。これは武術のみに関わらずすべて技を必要とする分野には当然のことです。心技体のどれ一つ欠けても満足な成果は成し遂げられません。特に武術において三位一体の未熟は生死に関わる重大事です。技に優れ、壮健な体であっても邪な心や脆弱な心ではとても勝負にはならないでしょう。健康法の一環として太極拳を修練されている方においても同様です。不純な心での修練は直ちに態度に反映され、健康維持どころかかえって怪我や故障を引き起こすのは自明のことです。
 東洋医学では「心身不可分」という考え方が基本にあります。「統一体観」とも表現されます。古来より治療の対象は「病んでいる人」つまり「こころ」を持っている病人でした。心と体の痛苦を治療してきたのです。それだけに「こころ」の変化、状態を体表面で察知する術には優れています。「こころ(志意)」の中枢は現象的に「頭脳」ではなく文字通り、「心臓」にあると考えられてきたのです。精神的なストレスは「七情の乱れ」と称されすべて「こころ・心臓」に負担がかかるとされます。「こころ」に負担がかかると「こころが疼きます」また循環器としての心臓にも影響し、血圧や心拍の変化として現れます。そして最も「こころ」の状態を反映している部分が「目」です。ほかに呼吸や汗の状態にも現れます。
 東洋医学の診察法では患者の「目」が生き生きしており、呼吸が深く安定し、脈拍も呼応し皮膚も潤沢な人は、まだ精気が損耗されていないため重病でも治療により良好な結果を得ると考えています。脈を診たり、お腹や舌、要所のツボを診たりしながら患者の目を見ることによって、その方が語りたくないことを含め、かなり詳しく心と体の状態を伺い知ることができるわけです。古来より「目は心の鏡」といわれる所以です。
 武道の世界でも「目」で互いの力量が計れることは周知のことです。勝負においても相手の「目」から先に逃げたものが必ず敗者になります。それは心の弱さの発露でもあるからです。たとえ技が到らなくとも「心志・心気の安正」があればそう簡単には負けません。
 太極拳の練習でも初心者の多くは気恥ずかしさや焦りの心が先に立ち「心が安定」せず、中堅どころはやや自信過剰で「慢心」し易くなります。心気の安正が正しい呼吸、動作に結びつき技の習得に到るのです。それには羞恥、傲慢、執着、欲望、誘惑などに打ち勝つ克己心や情緒の安定が必要となります。また逆に、正しい呼吸法や動作、目配り、壮健な身体が心気の安正を呼び戻します。まさに「心身一如」なのです。
 



 以上五回にわたり「東洋医学と太極拳の交差点」と題して記してきましたが今回が最終章です。太極拳と東洋医学の多く共通する面を伺い知っていただけたと思います。「太極」と表現される、天地自然との融和、「心気・技(動作)・体(健康体)」の三位一体の境地、これは東洋医学の実践者にとっても同じ目標でもあります。今後もますます皆様と同じように修練に励みたいと思います。一緒に頑張りましょう。

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徳島太極拳協会会長から協会紙に下記タイトルで5回シリーズとして寄稿を依頼された文章です