働ケドモ働ケドモ我ガ暮ラシ楽ニナラズ


 私の周りに起こる色々なことを、つれづれなるままに記録しています。
 そこはかとなくものぐるおしけれ。

9月28日(木)晴れ
 今日の午後から、M場医師は東京に出張である。全国国保地域医療学会に出席のためである。病院と保健福祉支援センターの女性職員7人が同伴である。男性はM場医師だけである。本来、町長も出席するはずであったが所用により欠席となったためである。午後7時、ホテルに着いたM場医師より電話あり。「女性陣の先導がこんなに疲れるとは思いませんでした・・」

9月27日(水)晴れ
 救急車が交通事故の患者さんを連れてきた。これは、緊急事態と判断し、高知市に向かうことになった。4ヶ月ぶりにヘリコプターを呼ぶことになった。患者さんと共に搭乗するのは、未だヘリコプターの経験がないM崎医師である。車で2時間の高知市まで15分で運んでくれる。当院の医師はこれで全員ヘリコプターの経験をしたことになる。統合病院院長就任予定者のS戸山先生には、ヘリに医者が乗っていって地域の医療が手薄になることに対してお叱りを受けたが、我々は現状で一生懸命に患者さんを救うべく努力しているのである。もちろんS戸山先生の真意は、受け入れ側の病院から医師を乗せて患者さんをお迎えに行くべきだという点であるので誤解のないようにお願いしたい。そういうシステムが出来れば、我々が飛んでいく必要はないのであろう。我々としては、今を一生懸命することだけである。

9月25日(月)晴れ
 患者さんが「先生が好物だと聞いたから・・」とミョウガを持ってきてくれた。先週も別の患者さんにミョウガを頂いた。そういえば、先週、頂いたときにお礼を言って、「好物なんです」と付け加えた覚えがある。恐ろしいことだが、患者さんの間に<阿波谷はミョウガ好き>という評判がたってしまった。ミョウガは好きだが、そんなにたくさん食べれるような物ではない。この後、再びミョウガ責めにあうことを、この時点の私はまだ知る由もなかった。

9月24日(日)晴れ
 今日は小学校の運動会に娘を見に行った。疲れた。
 帰ってきてから、プロ野球を見た。9回裏に奇跡が起こり、巨人がいわゆるひとつのミレニアムVを達成した。すごい。ともかく目出度い。
 祝勝会の時に鏡開きをしていた、桑田の表情がすぐれなかった。彼は、このところマウンドに上がる度、火だるまになり、昨日、リリーフに出た彼はまたも3ランを浴びてしまったのである。彼の胸中はいかに・・? 新聞の片隅に報じられた「横浜の駒田選手自由契約に」の記事とともに何かピークを過ぎた男の悲哀を感じる一日だった。(二日続けてN宮S純か?)

9月23日(土)雨
 今日は、サッカー五輪代表チームが惜敗した。残念と言えば残念。しかし、これが現実。先日は、柔道の100kg超級での判定でニュースも大騒ぎ。これも現実。
 しかし、普段柔道の柔の字も知らないような人々が、突然に中途半端なナショナリズムを感じて、あーだこーだというのは、どうかと思うのである。当然、私も柔道など詳しくあろうはずがなく、つい先日まで篠原選手の名前など知る由もないのである。だから、彼がどれほど努力してきたか、どんな気持ちでシドニーへ行ったかなど分かりようがないのである。少なくとも一般人が想像できるレベルを超えているのだろうと思う。だから、そういう一般人は「あれは絶対一本だよなあ、審判どこ見てんだよ」などと言ってはいけないのである。中途半端なナショナリストは彼の名前など、しばらくすれば忘れてしまうのだろう。日本国中がぶーぶー言っている中で、彼は「何も言うことはない、弱いから負けた、ただそれだけだ」と語った。彼は日本のためでなく、自分の為に戦っていたのである。すごい男だ。

9月22日(金)曇り
 夕べは、議会も終わり補正予算も決着したので、保健福祉支援センター幹部で飲み会をした。二次会に流れたら、行った先のスナックでK橋事務長とY本次長も呑んでいた。合流して盛り上がって酒を呑む。気がつくと、Y本次長と一緒に午前2時近くまでやっていた。おかげで、今日はしんどい。

9月21日(木)雨
 某、薬品メーカーK研のセールスマンが来た。久しぶりにあった彼を見て気がついた。あとでこっそり同行した卸に聞いた。「ねえねえ、彼、髪の毛増えていない?」卸はあわてて、「しー、うちの営業所でもみんな気がついているんですけど、誰も言えないんですよ。」やはり、睨んだ通り、私の目は誤魔化されないぞ!

9月19日(火)晴れ
 新薬の説明会があった。H陸製薬のPリフルという過敏大腸症候群の薬である。何でも、高分子吸水体ポリマーを飲み薬にしたものである。水分を適度に保持することにより、下痢と便秘の両方に効いて、形のいい、うんこを作る薬だとか。宣伝用のペンをもらった。これはペンのおしりに、うんこのキャラクターがついたものである。結構うけたりする。

9月18日(月)晴れ
 夜勤に来た、看護婦2人が、騒いでいた。何でも、某メーカーの化粧品を持ってきて、これを今晩使うのだそうである。彼女ら曰く、「先生、明日の朝、びっくりしなよ。叶姉妹みたいになっちゅうきね。」だそうである。朝になって病棟に行って、「お、叶姉妹、どうだった?」て聞いたら、「それが、なんか顔がヒリヒリして・・」、だそうである。ひょっとして、化膿姉妹か?

9月15日(金)雨
 今日は私が当直である。昨日のオーストラリアの女子中学生が、また来た。昨日よりは改善しているが、まだ、かなり辛そうだった。診察しながら、「当然、保険証を持ってないから、10割負担だよなあ・・大丈夫かなあ。」と頭をよぎる。超音波をすることにした。これは、コストフリーにしとくよって話したら、引率の先生がすごく嬉しそうだった。オリンピックも始まったし、日豪親善に貢献しなくてはね。このウルトラソノグラフィーは、5000エンかかるんだが、プレゼントフォーユーですって、話したら、引率の先生さらに喜んだ。ちょっと図に乗ったのか、患者さんである女子中学生に向かって、このドクターはあなたが妊娠していないか調べるつもりだって話した。私が、え?って顔をしていたら、ちょっとしたジョークよと言われてしまった。悪趣味である。

9月14日(木)大雨
 大雨が降っている。名古屋の方では大変なことになっているようだ。病院前の檮原川も水位が上がり、職員駐車場になっている河原の広場まで浸水し始めた。職員の車が緊急避難するが、2台残っている。保健婦さんとヘルパーさんの車だった。二人は機能訓練事業の遠足に出かけていた。入院患者さんも心配していた。寸前の所で車は水没を免れた。
 さて、夕方から時間外の患者さんがたくさん来た。当直のM場医師は災難であった。骨折が二人と、オーストラリアからのホームステイに来ている女子中学生(当然、日本語わかりませーん)が受診した。大変。

9月13日(水)大雨
 夕方、いつものケアカンファレンスに出席していた。終わる直前の午後5時すぎに、N村主監に声をかけられる。「あ、この後、介護保険のサービス事業者の会議がありますから、出席してください。事務長には言ってあります。」って、10分前に言わないでなよぉぉぉ。久々に飲みに行こうかと思ってたのに、断念。

9月12日(火)雨
 鳥取の同級生から二十世紀梨が届いた。病院にもお裾分けである。彼の送ってくれる梨は、「え、梨ってこんなに美味しくて、みずみずしいものなの?」て言葉が出るくらいの梨である。病院の某女子職員曰く、「私くらいみずみずしいわ。」「・・・」
 それはそうと、二十一世紀になったら死語になるものという質問を高校生にしたら、二十世紀梨という答えがあったそうな。(K知新聞に書いてあった)そうかな?

9月11日(月)雨
 ちょっと前の話になるが、J明検査技師がコンピュータを買った。I山電気のカーテンがくるくるの機種である。M崎医師の援助もあり、インターネット接続が可能になったらしい。「私の変なことを書かないか日記をチェックしているからねっ!」と言っていた。

9月10日(日)くもり時々雨
 いささかグロッキー気味で四国地域医学研究会2日目の日程をこなす。帰り道は辛かった。

9月9日(土)くもり時々雨
 今日から、四国地域医学研究会に出席のため、徳島県上勝町に出かける。特別講演を聞き、いろいろ感じることあり。しんみりしていたが、夜は、徳島県恒例、熱闘甲子園が始まる。各県の代表選手による入場行進から始まったが、要は6人ずつの団体戦でビールの早飲みである。だんだん、過酷な勝負になり、口を押さえてトイレに直行する医師も続出。30-50歳のいい大人がなんでこんな事をするんだろう?

9月8日(金)くもり時々雨
 患者さんに診察中に「先生は、どこの出身ぞね?」と聞かれた。なんだろう突然に・・といぶかしんでいたら、「どこの小学校ぞね?」と聞かれた。「僕は、高知のK高坂小学校というところよね。」と答えた。「ああ、やっぱり。」「??」「実はうちの嫁が、先生が4年生の時に受け持ちやったはずながよ。」そういえば、この患者さん、私の4年生のときの担任の先生と名字が一緒である。先生もお元気でご活躍と伺い、懐かしさで一杯になる。しかし、世の中狭いねえ。

9月7日(木)くもり
 Tかさきクリニックの開院式に出かけた。開業は大変ですなあ・・。患者さんをどんどん送ってくれと頼まれた。でも、検診の精検なんかは自分のところでできるし・・まあ、ともかく、ご発展を祈念いたします。一度、ファイリングシステムを見せていただこうと思った。

9月6日(水)晴れ
 今日から、K知医科大学の学生実習である。毎週のように、5年生が地域医療の実習にやって来るのである。なかなか、国のお役所というところは難しいらしく、この実習を引き受けるのに、承諾書と私の履歴書を送らなくてはならない。そちらから頼んでおいて、要求するあたりが何ともいえない。しかも、4月に学生の講義をしたときに、非常勤講師になるために総務課に履歴書送ったんだけどなあ。教務課は無関係なのか? 見事な縦割り行政である。

9月3日(日)曇り
 昨日から、本山町にきている。内部構造が忍者屋敷のようなK知屋旅館に泊めてもらっている。朝、起きて障子を開けると、廊下に人が寝ていた。なぜだ?
 私は、昨晩、熟睡している所をごーぢゃすなN村姉妹に襲撃されたことを聞かされた。足を叩いたけど起きなかったらしい。
 早明浦ダムの見学に行かせてもらった。ダムの内部は涼しかった。
 娘さんが高知市にバスケットの試合に来ているとのことでN越看護婦を途中で降ろしていくことになった。食事をした後、N越看護婦を降ろし、春野町を廻って帰ることになった。「あ、そういえば、元職員のS田先生の新築した家はこの近くだね」という話になり、正確な場所は知らないんだけど、まあ行ってみようということになった。高知南ニュータウンという最近造成された広い団地に入っていった。団地に案内図もなく、適当に入ってみた。「そうか、車を目印にすればいいんだ。」S田先生の車はモスグリーンのスペースギアである。みんなに「どんな車だっけ?」と聞かれて、一番手前の家にスペースギアがあったので、「あ、そうそうこんな車」って指さしたら、表札にS田の名前が・・あ、ここだ。1丁目から8丁目まである団地の中で6丁目の一件を一発で見つけるとは、すごい偶然。ずうずうしい一行は、遠慮せず上がり込み、あちこちをさわりまくって写真を撮って帰った。奥さんは迷惑だったに違いない。

9月2日(土)くもりのち晴れ
 本山町に研修に出かけた。私以外は、K上婦長、N村看護婦、N越看護婦、j明検査技師、N村薬剤長、N村保健婦の女性6人である。N村三姉妹ごーぢゃすである。当然、車の中は賑やかである。研修会でお勉強し、そのあと懇親会に参加。詳しくは語れないが、梼原の名前を轟かせてきたようである。あ、そういえば中学、高校の同級生のY岡先生に16年ぶりに会った。

9月1日(金)くもり時々雨
 いいぞ、巨人。


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